63 お兄様との再会
「お嬢様、見えてきましたよ!」
パメラの弾んだ声に、うつらうつらと微睡んでいたオルタンシアはぱっと目を覚ます。
慌てて馬車の窓に視線を向ければ……懐かしい王都の公爵邸が満ちの向こうに見え始めていた。
(帰ってきたんだ……!)
感慨深い思いで、オルタンシアは懐かしき公爵邸を眺めた。
こうして帰ってくるのは実に数年ぶりだ。
兄や父とは頻繁に手紙のやり取りをしていたが、やはり久方ぶりに会うとなると緊張してしまう。
(初めてここに来た日を思い出すな……)
一度目の人生で初めて公爵邸に足を踏み入れた日、オルタンシアは緊張のあまり息を吸うのも忘れるほどだった。
当然たくさん失敗したし、義兄ジェラールを始めとした公爵家の者たちとうまく関係を築けなかった結果、散々な末路を迎えることとなってしまった。
やり直しの機会を得た二度目の人生では、一度目と同じ過ちを繰り返さないようにととにかく必死に足掻いた。
その結果、ジェラールはちょっと心配になるくらいオルタンシアに対して過保護になり、屋敷の使用人たちもオルタンシアに優しくなった。
一度目の人生よりは、よほどうまくいっていると言えるだろう。
だが……本当に頑張らなくてはならないのはきっとこれからだ。
(女神様はお義兄様やお父様に危険が迫っているとおっしゃられた……。私が、二人を守らないと!)
とにかくジェラールと仲良くならなければ! という道しるべがあった時とは違う。
ここからは、オルタンシアが手探りで進んでいかなければならないだろう。
「……よし!」
足元でだらしなくお腹を上にして眠るチロルに目をやりながら、オルタンシアはあらためて気合を入れなおすのだった。
◇◇◇
懐かしの公爵邸の前には、あの日と同じように使用人がずらりと勢ぞろいしていた。
馬車の扉が開いた途端、目の前に現れたのは懐かしの父の姿だった。
「よく戻ってきたね、オルタンシア……」
「お父様……!」
彼の顔を見た途端、胸の奥がじぃんと熱くなる。
父に手を引かれ、馬車を降り……地面に足がついた途端、オルタンシアはぎゅっと父に抱き着いた。
「お父様、ただいま帰りました!」
父も優しくオルタンシアを抱きしめ返してくれる。
(よかった、ここに帰ってきて……)
ここに到着するまでは不安が胸に渦巻いていたが、今は「帰ってきてよかった」という思いでいっぱいだった。
「おっと、私ばかりオルタンシアを独占していては怒られてしまうな。ジェラールも君の帰りを待ちわびていたのだからね」
父に背中を押され、オルタンシアは居並ぶ使用人たちの中央へと視線を向ける。
そこには、初めて公爵邸に足を踏み入れた日と同じように……無表情のジェラールが立っていた。
初めて会った時から既に大人びたジェラールだったが、今の彼はもう青年から大人の男性へと変わりつつある年齢だ。
怜悧さを感じさせる美貌は相変わらず、しなやかに、そしてたくましく成長した彼にオルタンシアは思わず息を飲んでしまう。
(大人になったお兄様、一度目の人生で知っていたけど……こうしてみると、威圧感がすごい……!)
彼とオルタンシアに間には、確かに積み上げた時間と絆がある。
離れている間も、頻繁に手紙のやり取りをしていたのだ。
そうわかっていても……オルタンシアは恐れずにはいられなかった。
目の前のジェラールはオルタンシアのことなど忘れてしまっており、一度目の人生のように冷たい態度を取られるのではないかと……。
ジェラールがコツコツと靴音を鳴らしながら近付いてくる。
オルタンシアはなんて言っていいのわからずに、微かに震えながら彼を見つめることしかできなかった。
すぐ目の前までやってきたジェラールが、じっと蒼氷色の感情の読めない瞳でオルタンシアを見下ろしてくる。
やがて彼の手がぬっと伸びてきて、オルタンシアは思わずびくりと身を竦ませてしまった。
直後に感じたのは、ぽん、と優しく頭に置かれた手のひらの感覚だ。
「……なんだ。思ったよりも小さいままだな」
「ふぎゃ!?」
揶揄するような言葉に顔をあげると、ジェラールは相変わらず無表情で……いや、微かにからかうような笑みを浮かべているのがオルタンシアにはわかった。
そう気づいた途端に、体中が温度を取り戻したような気がした。
(あぁ、やっぱり……私がお兄様と過ごした時間は夢じゃなかったんだ!)
勇気づけられたオルタンシアは、笑い出したくなるのをなんとか堪え、むぅ、と頬を膨らませてみせる。
「そんなことないです! しっかり大きくなったんですから!」
「そうか? 俺には誤差にしか見えない」
「お兄様が大きくなりすぎなんですよ! 私だって……あっ、そんなに頭を押さえたらますます身長が縮んじゃうかも!」
「そうか」
「もう! そうやってぎゅむぎゅむするのは禁止です!」
上機嫌でぎゅむぎゅむとオルタンシアの頭を撫でる……というよりも押すジェラールに、オルタンシアはぷんぷんと憤慨した。
そんな微笑ましい義兄妹の姿に、その場に居合わせた者は皆頬を緩めるのだった。