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62 オルタンシアの決意


 季節は冬から春、春から夏、夏から秋へと移り変わり……再び冬がやって来る。

 オルタンシアとジェラールの手紙のやり取りは途切れることなく続き、ジェラールからの手紙を大切にしまっておく箱もどんどんと数を増していった。

 そして今、新たに届いた手紙にオルタンシアは頬を緩めた。


「聞いて、パメラ! お兄様、宮廷騎士団の一つの、黒鷲団に所属することが決まったんですって!」

「黒鷲団といえば……白鷹団にも並ぶ超々エリート部隊ですよ!? その活動内容は謎に包まれていながらも、好成績で貴族学院を卒業した者しか入団を許されない幻の騎士団……」

「へぇ……そんなにすごいんだ」


 興奮気味にぺらぺらとまくしたてるパメラの勢いに驚きつつも、オルタンシアは誇らしい気持ちでいっぱいだった。


(やっぱりお兄様はすごい……)


 一度目の人生では、彼は宮廷で仕事に就いているということしか知らなかった。

 今回と同じ仕事をしていたのかはわからないが、やはりジェラールはオルタンシアが驚くほどの天才で努力家なのだろう。


「お兄様が、屋敷に帰って来られるのね……」


 オルタンシアはジェラールの手紙を置き、ゆっくりと立ち上がる。

 テーブルに乗せられたジェラールの手紙とすぐ傍にはもう一通……父からの手紙もあった。


『どうした、シア。表情が硬いぞ』


 二回りほど大きくなったチロルが足元にじゃれついてくる。

 よいしょ、とそんなチロルを抱き上げ、オルタンシアは傍らのパメラに告げた。


「少し、庭を外を散歩してくるわ」

「では私も一緒に……」

「庭先だから大丈夫よ。それより、帰ってきたらティータイムにしたいの、準備をしておいてくれる?」

「承知しました!」


 元気よく準備を始めたパメラにくすりと笑い、オルタンシアはチロルと共に庭へと繰り出した。

 日の光を受けて地面に落ちるオルタンシアの影は、幼い頃よりずいぶんと大きくなっている。

 それもそのはずだ。次の誕生日で、オルタンシアは14歳を迎えるのだから。


(一度目の人生で、私が死んだ日がどんどんと近づいてきている……)


 そう思うたびに、怖くなってしまう。

 ……ずっとここにいれば、もう怖い目には遭わずに済むかもしれない。

 甘い誘惑のように、そんな思いが心の片隅に居座っている。

 あのやり手の父と天才肌の兄のことだ。オルタンシアがいなくともうまくやっていける……むしろ、オルタンシアの存在が彼らの足手まといになってしまうのではないか。

 そんな風に、考えてしまうのだ。


(どうすれば、いいのかな……)


 そんなことを考えながら、昔、兄に抱っこされながら渡った橋に差し掛かった時だった。

 急にあたりが眩く光り、オルタンシアは思わず手で目を覆った。


「なにっ……!?」

『シア、大丈夫か!?』


 慌てたようにチロルがやって来て、グルグルと唸り声をあげる。

 オルタンシアも懸命に目を開け、身構える。

 やがて、眩い光の中から姿を現したのは……。


『……こうして会うのはいつぶりでしょうか、オルタンシア』

「まさか……女神様!?」


 そこにいたのは、オルタンシアが逆行してほどないころに出会った女神――アウリエラだったのだ。


『なんだこいつは!』

「待ってチロル! この人……いや、神様なのかな……? とにかく、噛みついちゃだめだよ!!」


 うっかり女神に攻撃などしたら、神罰が下るかもしれない。

 オルタンシアは慌てて足元のチロルを抱えあげた。

 その様子を見て、女神アウリエラはくすりと笑う。


「……大きく成長しましたね、オルタンシア。私としてはもう少し私が与えた加護も活用してほしいところではありますが」

「うぐっ」


 痛いところを突かれ、オルタンシアは気まずげに視線を逸らした。


(だって女神様のくれた加護……使いどころが難しいんだよ!)


 遠くの会話を盗み聞きする「聞き耳」はかなり役に立っているが、他の加護については現状使いこなせているとはいいがたい。


「いえ、あのですね……私もなんとか使いこなそうとはしているのですが……」


 最近では存在自体を忘れてました……などとは言えず、オルタンシアはしどろもどろになりながらそう言い訳した。

 女神は怒るでもなく、慈悲深い表情でオルタンシアを見つめている。


『……オルタンシア、今日あなたに会いに来たのは、迷えるあなたに助言を授けるためです』

「助言、ですか……?」

『えぇ。……オルタンシア、あなたの家族に危険が迫っています。魔神の魔の手は、既に迫りつつあるのです』

「えっ!?」


 女神アウリエラはかつて、オルタンシアに託宣をした。

 一度目の人生でオルタンシア亡き後、義兄ジェラールがおかしくなり更には魔神が復活して世界が大変なことになってしまったと。

 確かにオルタンシアが魔神崇拝集団に誘拐されたりは下が、あの場にいた者はすべてジェラールが始末したはずだ。

 あれ以来、少なくともオルタンシアの耳に魔神や魔神崇拝集団の動きは入ってきてないが……。


『魔神はあなたの兄を狙っています。彼を乗っ取り、再び世界を闇に落とそうと企んでいるのです』

「そんな……」

『……オルタンシア。あなたには酷なことだとはわかっていますが……ジェラールを救えるのは、あなただけなのです。どうか、賢明なる判断を』

「あ、待ってください!」


 またもや唐突に女神は消えてしまった。

 オルタンシアは彼女が消えた後を、ただ呆然と眺めていた。


(私の家族……お兄様や、もしかしたらお父様にも危険が……?)


 ざわざわと嫌な予感が胸を支配する。

 オルタンシアは大きく息を吸いこみ、ぎゅっとチロルを抱きしめる。


(ここにいれば私は助かるかもしれない。でも……)


 大切な家族を、見捨てることなんてできるわけがなかった。


「チロル、私決めたよ。王都に戻るって!」


 兄を、父を救うために。

 オルタンシアは死地ともいえる王都へ戻ることを決めたのだ。


(ヴィクトル王子はもう私のことを忘れたかな……。他にもいろいろ心配はあるけど……大丈夫、やってみせる!)

『頑張れ、シア! 僕がついてるからな!』

「うん!」


 チロルがぷにっとした肉球が愛らしい前足をあげる。

 彼とハイタッチをかわし、覚悟を決めたオルタンシアは屋敷へ向かって走り出した。

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