60 親愛なる妹!?
領主館の使用人たちは、驚くほどオルタンシアによくしてくれた。
かくしてオルタンシアは思ったより早くここでの生活に慣れることができ、少し余裕も生まれた頃……。
「お嬢様! 大変です!!」
「パメラ!? どうしたの!?」
のんびりと自室で読書に勤しんでいると、急にパメラがものすごい勢いで扉を開けてやってきたのでオルタンシアは驚いてしまった。
「まさか、何か良くないことが……!?」
「いえ、そうではなくて……こちらを!」
息を切らせたパメラがオルタンシアに何かを差し出す。
「手紙……?」
それは、一通の手紙だった。見るからに上質な紙が用いられたその手紙は、見るからに高貴な者が出した者に思えるが……。
「いったい誰かしら……?」
不思議に思ったオルタンシアは、封蝋印を見た途端にはっと息を飲んだ。
(これは、ヴェリテ公爵家の印……!)
となると、これは父からの手紙だろうか。
まさか父に何かあったのでは……と焦りかけたオルタンシアだが、更にパメラはとんでもないことを言ってのけた。
「お嬢様、これは……ジェラール様からのお手紙です!」
「え……ええぇぇぇぇ!!?」
まさかの差出人に、オルタンシアは素っ頓狂な声をあげてしまった。
(お兄様!? お兄様が私の手紙を!? そんな、返事が来ることなんて期待も想定もしていなかったのに……)
「たくさん手紙を書きますね!」とは言ったものの、オルタンシアはジェラールから返事が来るだなんて思ってはいなかった。
せいぜい彼が「義妹から手紙が来た」という事実だけを認識して手紙を放置するか、よくて中身を見てくれるだけだと思っていたのだ。
(お兄様が私に手紙を!? どんな顔して書いたんだろう……想像できない……)
オルタンシアはおそるおそる、目の前の手紙を見つめた。
中身を読むのが、少し怖くもある。
そのままうろうろと手紙を持ったまま部屋の中を歩き回り、再びソファに腰掛け、うんうんと唸った末……オルタンシアはやっと勇気を絞り出して手紙を開封することにした。
震える手で、そっと封を開け手紙を取り出す。
『親愛なる妹、オルタンシアへ』
その文字を見た途端、オルタンシアは動揺のあまりソファから床へと転がり落ちてしまった。
「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ……たぶん……」
慌てたように駆け寄ってきたパメラの手を借りて、オルタンシアはなんとか体勢を立て直す。
(たった一行だけでこの破壊力……お兄様、なんて恐ろしいの……!)
まだ心臓がバクバクと鼓動を打っている。
ただの決まりきった書き方だとわかっていても……『親愛なる妹』などと書かれては、心穏やかではいられないのだ。
何度も何度も深呼吸を繰り返し、オルタンシアは手紙の続きに視線を向ける。
……手紙の内容は、いたって普通の近況報告だった。
(それもそうか。お兄様だって、公爵家のお仕事でお手紙を書くことなんてたくさんあるだろうし……)
少なくとも相手の心を打ち砕くような過激な文章ではない。
少しだけ安堵して、オルタンシアは心持ち穏やかな気分で詳細を読み込んでいく。
どうやらこの手紙はジェラールが学院に到着してすぐに書かれたようで、これから荷ほどきを行うことや自分たちよりも先にオルタンシアの手紙が届いていたことなどが手短に記されていた。
こんなに早く返事が来るとは、きっとオルタンシアを待たせてはいけないと思い、忙しい合間を縫って書いてくれたのだろう。
その様子を想像し、オルタンシアの胸はほっこりした。
(私は傍にいられないけど……こうやって手紙を送り続けることで、少しでもお兄様が私の存在を身近に感じてくれたら……)
……手紙を送って良かった。
オルタンシアは何度も何度も短い文面を読み直し、大切に仕舞う。
「うふふ、またお返事を書かなきゃ」
「よかったですね、お嬢様」
パメラと顔を見合わせ、にっこりと笑う。
(お兄様にいい報告ができるように、気は抜けないよね)
いつまでも進歩の無い妹だとは思われたくない。
ジェラールに誇りに思われるような存在でいたい。
オルタンシアは気を引き締め、再びペンを手に取った。