54 家族の贈り物
あっという間に冬の気配は色濃くなり、冬至祭を迎える頃には屋敷の庭もうっすらとミルク色に染まるほどだった。
冬至祭のごちそうは思い出すだけでよだれが出そうになるほどおいしかったし、父もジェラールもオルタンシアに贈り物をくれた。
父がくれたのはオルタンシアが好みそうな様々なジャンルの書物だ。
どうやら書庫の管理人にリサーチをして、オルタンシアが好む本をチェックしてくれていたようだ。
ジェラールは、チロルにそっくりな可愛らしい猫のぬいぐるみ、それにオルタンシアが頭からすっぽりかぶれそうな防寒マントをくれた。
チロルはぬいぐるみを気に入ったようで一緒に寝ており、防寒マントはオルタンシアが庭を散歩する時に大活躍している。
もちろん、オルタンシアも二人の贈り物をした。
父には健康祈願のお守り、兄には特注の万年筆だ。
父は上機嫌で喜んでくれたし、ジェラールも心なしかいつもより長くオルタンシアの頭を撫でてくれた。
……公爵家に引き取られてから、こんな風に、暖かな家族のように冬至祭を過ごせたのは初めてだった。
そのせいか、その夜オルタンシアはベッドに入り毛布にくるまって目を閉じても、中々眠れなかった。
(こんなに楽しい冬至祭は久しぶりだな……)
母が生きていた頃以来かもしれない。
オルタンシアは父とジェラールにとって、家族になれたのだろうか。
(ずっと、こんな日が続けばいいのに……)
そう願っても、時間は止まってはくれない。
いずれ来たるであろう凶事を避けるために、精一杯あがいてみせなければ。
「よし、頑張らなきゃ!」
今一度決意を新たにし、オルタンシアはぎゅっと目を閉じた。
◇◇◇
冬至祭が過ぎ新年を迎えると、この国の貴族にとってはなくてはならない行事がある。
国内の貴族が一斉に王都に集まり、順々に国王へ謁見し新年を祝う挨拶を述べるのだ。
社交シーズンの幕開けでもあり、地方の貴族などはこの機会に人脈を広げようと奮闘するのだという。
(ということは、私の婚活の下見くらいにはなるかも……)
父や兄は「無理をしなくていい」と何でも言ってくれたが、オルタンシアは反対を押し切って新年の謁見に参加することを決めた。
「だってお父様、私が行かないと、公爵家の一員だって国王陛下に認めてもらえないような気がして……」
しおらしくそう口にすると、父は困ったように笑う。
「そんなことを気にしなくても、君が私の娘であることに変わりはないよ」
「でも、行きたいんです!」
「君がそういうのなら止めはしないが……怖くはないのかい?」
父が何を危惧しているのか、オルタンシアにはもちろんわかっている。
誘拐され、あと一歩で死ぬような恐ろしい思いをしたのは記憶に新しい。
もちろん、怖くないわけがない。だが……。
(それでも前に進まなきゃ、きっと未来は変えられないもの)
そう決意し、オルタンシアはにっこりと笑ってみせた。
「だって、今度はお父様もお兄様も一緒にいてくださるのでしょう? だったら、何も怖くありません!」
そう言うと、父はやれやれと言うように肩をすくめた。
「まったく、君には敵わないな……。聞いたかい、ジェラール?」
「えっ!?」
おそるおそる背後を振り返ると、無表情で兄がこちらを見下ろしていた。
(お兄様! いつの間に!?)
まったく彼が近づいてきていることに気づかなかったオルタンシアは狼狽した。
そんなオルタンシアと、相変わらず無表情のジェラールを交互に見つめ、父はにやにやと笑っている。
「我らのお姫様は果敢にも戦場に向かうようだよ」
「いえ、これはその……」
反射的に弁解しようとしたオルタンシアの方へ、ジェラールはぬっと手を伸ばしてくる。
とっさに目を瞑ると……ぽん、と頭に優しく手が乗せられた。
「……絶対に俺から離れないと約束しろ。でないと連れては行かない」
「え……?」
顔を上げると、ジェラールは変わらずに無表情でこちらを見下ろしていた。
だが、澄んだその瞳に……わずかながらも、オルタンシアを心配するような光が宿っている。
前の彼だったら、何が何でもオルタンシアの動向を阻止しようとしただろう。
だが、今は……。
(私のことを、信用してくれてるんだよね……)
そう思うと嬉しくなって、オルタンシアはぎゅっとジェラールに抱き着いた。
「はい! お兄様から離れません!」
ジェラールは少し困ったようにオルタンシアから視線を逸らしたが、それでもしがみつく妹を無理に引きはがそうとはしなかった。