44 大事な役目を任されました
だが、ジェラールの不調はなかなか改善の兆しを見せなかった。
そしてついに、オルタンシアはそのことについて父から重要な役目を任されることとなるのである。
「失礼します、お父様」
その日、オルタンシアは珍しく父から呼ばれ執務室を訪れていた。
父はいつものように、朗らかな笑みでオルタンシアを迎えてくれる。
「よく来てくれたね、オルタンシア。今ホットミルクを用意させよう。お菓子も食べるかい?」
「お父様、この時間にお菓子を食べたらアナベルに怒られるのよ」
「それじゃあ……アナベルには秘密にしておこう。いいかい、これはオルタンシアとお父様だけの秘密だからね」
(悪い男!)
にやりと笑った父に、オルタンシアは呆れてしまった。
だが夜更けのお菓子はなんとも魅力的だ。
結局オルタンシアは誘惑に負け、父の甘言に乗りお菓子を食べてしまった。
もぐもぐと美味しそうにお菓子を頬張るオルタンシアを、父は目を細めて眺めていた。
「オルタンシア、今日君をここに呼んだのは他でもない。君に重要な役目を任せたいんだ」
不意に父がそう告げて、オルタンシアは驚きのあまりお菓子を喉に詰まらせそうになってしまった。
「けほっ……わ、私に重要な役目ですか……!?」
父にこんなことを言われるのは初めてだ。一度目の人生では発生しなかったイベントが、またしても起こってしまったのである。
どきどきと次の言葉を待つオルタンシアの前で、父はどこか憂いを含んだ表情で告げた。
「……最近、少しジェラールが疲れ気味のようでね」
どうやら、彼もジェラールの異変には気づいていたようだ。
オルタンシアが驚いていないのを見て、父はふっと笑う。
「どうやら、君も気づいていたようだね」
「はい……以前尋ねた時は、忙しくて少し睡眠不足なだけだとおっしゃっていたのですが……」
「ジェラールはそう言っていたのか……。確かに、私は少しあの子にいろいろと任せすぎなのかもしれないな。あの子は優秀だから、ついつい頼ってしまうんだ」
演技なのか本心なのかはわからないが、父は少しだけ後悔を含んだ声でそう言った。
「あの子は私の前では弱みを見せようとしない。だから、君に頼みたいんだ」
「わ、私に何を……」
「これからしばらくの間、ジェラールを休養を兼ねて領地に行かせようと思う。来年には学院に入り忙しくなるだろうから、その前にリフレッシュ休暇を与えたくてね」
「ヴェリテ公爵領へ……ですか?」
「あぁ、そこでオルタンシア。君に頼みたいのは……君には領地へ同行してもらい、ジェラールを監視してもらいたい」
「えぇぇっ!? 私がお兄様を監視ですか!?」
いったい何を言っているんだこの人は!
そんな風に素っ頓狂な声を出したオルタンシアに、父はくすりと笑う。
「あぁ、監視だ。ジェラールがあまり仕事をしすぎないように、ゆっくりと休めるように、監視をしてほしい」
「あ…………」
父の意図を察し、オルタンシアはぱちくりと目を瞬かせた。
(そっか、きっとただ領地に送っただけだと、お兄様は休まず働くだろうから……)
それで、オルタンシアが監視役に選ばれたということらしい。
そのくらい、オルタンシアは父に信頼されているのだ。
そう思うと胸がじんわりと熱くなる。だが……。
「私が、ヴェリテ公爵領の……お館に足を踏み入れても大丈夫でしょうか……」
一度目の人生で、オルタンシアは一度も公爵領を訪れたことがなかった。
オルタンシアはヴェリテ公爵家の血を引いているかどうかも怪しい庶民の娘。
領地の人間に、歓迎されていないのは明らかだからだ。
ジェラールの母親――ヴェリテ公爵夫人は、数年前に亡くなったと聞いている。
だが、存命時から夫である公爵との仲は冷めきっていて、王都で過ごす夫とは離れてずっと領地で過ごしていたとも聞いていた。
そんな場所に、のこのことオルタンシアが踏み込んでいけば……反感を買うのではないだろうか。
そんな風に考え表情を曇らせたオルタンシアに、父は優しく笑った。
「……君は聡い子だね、オルタンシア。君の心配もよくわかる。だが、君はもう私の娘……ヴェリテ公爵家の一員なんだ。我が領内であれば、どこであろうと君の庭も同然だ。何も問題はないよ」
(ほんとかなぁ……)
兄の過保護っぷりに比べると、父はどうにもオルタンシアを試すような傾向がある。
今の言葉も、何か裏があるのでは……と勘ぐってしまうのだ。
(まぁ、お父様にそう言われたら行くしかないんだけどね……)
なんにせよ、オルタンシアはジェラールの休暇のために重要な役目を任されたのだ。
これは、きっと未来が良い方向に進んでいるという兆候だ。
そう自分に言い聞かせ、オルタンシアはにっこりと笑顔を浮かべた。
「わかりました、お父様。私がきっちり、お兄様に休暇を満喫していただくよう見張ります!」
「あぁ、頼んだよ、オルタンシア。ジェラールは気難しく彼に進言できる者は少ないが……きっと、君が可愛く頼めば言うことを聞かざるを得ないだろうからね」
父のお墨付きを得て、オルタンシアは少し不安を抱えながらも頷いた。
(ヴェリテ公爵領かあぁ……。話を聞いたことしかなかったから、ちょっと楽しみかも)
わくわくと目を輝かせるオルタンシアを、父は目を細めて見つめていた。
【お知らせ】
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