43 うまくいってる…?
(確かに……私は、ちょっと焦りすぎてたのかな……)
何が何でも生き残ろうと、背伸びをしすぎていたのだ。
そのせいで、前の人生では味わうことのなかったつらい体験もした。
でも……そのおかげで得られたものもあるのだ。
「ありがとうございます、お兄様」
にっこりと微笑むと、ジェラールは満足そうに表情を緩めた。
色々あったが、こんな風にジェラールとの距離を縮めることができた。
これは、何よりもの収穫だろう。
(でも、どうして今のお兄様はこんなに私に優しくしてくれるんだろう)
前世ではあんなに嫌われていたというのに、いったいどんな風の吹き回しなのか。
思い当る節があるとすれば……。
(……私からお兄様に近づこうとしたから?)
一度目の人生では、オルタンシアは恐ろしさのあまりろくにジェラールと会話をしたこともなかった。
だが今回は、女神のお告げやパメラのアドバイスなどもあり、公爵家に引き取られて早々に(かわい子ぶりながら)ジェラールに特攻していった。
……それが、功を奏したのかもしれない。
(お兄様って意外と……自分を慕う相手には優しかったり? 怖いけど、理不尽ではないもんね……)
彼は厳格で恐ろしい。だが教師や使用人からは敬われており、父もジェラールを信頼し、次期公爵として様々なことを任せている。
彼は話のわからない暴君などではないのだ。
それどころか、懐に入れた相手には甘いのかもしれない。
(今はお父様より、お兄様の方がよっぽど過保護だもんね……)
父はある程度オルタンシアの自主性に任せようとしてくれるが、ジェラールはオルタンシアをとにかく危険から遠ざけようとする。
それが少し重くもあり、嬉しくもあった。
(もし、一度目の人生でも私からお兄様に歩み寄っていたら……ぜんぜん違う結末になってたのかな)
もしかしたら前世の彼も、いきなり現れた異母妹との距離感を測りかねていたのかもしれない。
オルタンシアと彼の間には、大きな溝があった。
だから、ジェラールはオルタンシアが冤罪で拘束された時に、オルタンシアではなく周囲の声を信じたのだろう。
(でも、今度はそうならないよね)
今の彼は、オルタンシアのことを見てくれている。気にかけてくれている。
だから、きっと大丈夫だと思えるのだ。
(私も、しっかりお兄様を支えないと!)
「そういえばお兄様、あれから睡眠不足は解消されましたか?」
そう問いかけると、ジェラールはわずかに視線を逸らした。
……これは、後ろめたいことがあるのかもしれない。
「お兄様! また無理をされてるんじゃないでしょうね!?」
もっとよく彼の状態を確認しようと顔を近づけると、ジェラールは驚いたように身を引いた。
「お兄様?」
首をかしげるオルタンシアに、ジェラールは静かに告げる。
「……大丈夫だ、問題ない」
「そういう時はだいたい問題があるんですよ!」
オルタンシアはもっと追求したかったが、ジェラールは全力で「踏み込んでほしくない」というオーラを醸し出している。
(やっぱり、そこまでは信頼されてないか……)
一度目の人生に比べてかなり距離は縮まったが……まだまだ、オルタンシアが彼の信頼を得るには至っていない。
(私って頼りない? ……うん、お兄様から見たらものすごく頼りないよね……)
しゅんと落ち込んだオルタンシアの頭に、優しい手が触れた。
「お前は、まずは自分のことだけを考えろ。俺は大丈夫だ」
そのまま頭を撫でられる。初めの頃の不器用な手つきに比べると、だいぶ自然に頭を撫でてくれるようになったものだ。
オルタンシアは嬉しさと同時に歯がゆい思いを味わっていた。
(そうだよね。私が中途半端なままでお兄様を助けようとしても、お兄様も困るだろうし……もっとしっかりしなきゃ!)
そう決意を固めるオルタンシアを、ジェラールは不思議そうに眺めていた。