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42 お兄様が過保護です

「うわぁ……」


 目の前に山のように積み重なった招待状を前に、オルタンシアは途方に暮れていた。

 例の誘拐事件の後、オルタンシアは一度も社交界に顔を出していない。

 だがオルタンシアの目に触れないようにしてくれていただけで、相変わらず招待状の嵐は収まっていないようだ。

 談話室でのんびりお茶を飲みながら


「そういえば、最近ぜんぜん招待状が来ないね」


 と何気なく口にした途端、パメラがおずおずと引っ張り出してきたのがこの招待状の山だった。


「旦那様からは、お嬢様がその気になるまで決して目に触れないようにしろとの命が出ておりまして……」

「そっか、私に気を使ってくれたんだよね……」


 オルタンシアが嫌な記憶を思い出さないように存在自体を隠して、だがもしもオルタンシアがもう一度前を向けるようになったら、その歩みを止めないように。

 そんな父の心遣いが嬉しかった。

 だが……いまだにオルタンシアは、社交界に戻る勇気が出ないのだ。

 気が進まないままに、一番上に乗っていた招待状に手を伸ばしかけたその時――。


「何をしている」


 不意に空気を切り裂くような声が耳に届き、オルタンシアはぱっと顔を上げた。

 そこにいたのは義兄ジェラールだった。

 彼はいつものように、温度を感じさせない冷たい視線でこちらを見据えている。

 だが、以前のようにオルタンシアが彼を恐れることはない。


「お兄様!」


 オルタンシアがぱっと笑顔を浮かべると、心なしかジェラールの纏う鋭い空気が和らいだような気がした。


(前は私のことを嫌ってたんだと思ってたけど……たぶん、これがお兄様の普通なんだよね……)


 常に氷のように冷たい表情をしている彼は、一見すれば「何かしましたか!?」と怯てしまうほど恐ろしい。だが、落ち着いてよくよく観察すれば……そうでないことがわかる。

 最近、オルタンシアは表情に乏しい彼の喜怒哀楽を何となく察することができるようになった……ような気がする。

 彼はオルタンシアを見て少しだけ柔らかな表情になったが、オルタンシアが今まさに手を伸ばそうとしていた招待状の山を見た途端、不快そうに眉根を寄せた。


「……なんだこれは」

「私に届いていた招待状です。私が寝込んでいた間にも、たくさん届いていたみたいで――」


 オルタンシアが苦笑しながらそう言うと、ジェラールは招待状の山へ手を伸ばし、いくつかをつかみ取った。

 かと思うと、躊躇することなく暖炉の中で燃え盛る炎の中へと放り込んだのだ。


「はひゃ!?」


 すぐに、手紙の束は灰と化した。

 狼狽するオルタンシアとは対照的に、ジェラールは心なしかすっきりしたような顔をしていた。


「ここにある手紙は問答無用で燃やせ。差出人や用件を気にする必要はない。わかったな」

「ししし、承知いたしました……!」


 ジェラール直々にそう命じられたパメラは、震えながら何度も何度も頭を下げている。


「ち、ちょっと待ってお兄様! もしも大事な用件だったり偉い人を怒らせちゃったら……」

「お前が気にする必要はない。ヴェリテ公爵家はそんなに方々に頭を垂れなければならないほど弱くはないからな」

(いやいや、私が生き残るためには必要なんだって!)


 慌てるオルタンシアに、ジェラールは強い口調で告げた。


「……お前は病で療養中だと発表済みだ、見舞いも断っている。それにも関わらず接触を図ってこようとする輩など、相手をする価値もない羽虫だと思え」

「は、はい……」


 ジェラールの剣幕に押され、オルタンシアはつい頷いてしまう。


 「今後も相手をする必要はない。そもそも、お前はまだ幼い子どもだ。宮廷雀共に付き合うのはもっと成長してからにしろ」


 ぎゅぎゅっとこちらの頭を押さえるような手に、オルタンシアは静かに頷いた。

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