4 最初のハードルが高すぎる
「…………はぁ」
ごろんと天蓋付きのベッドに横になり、オルタンシアは大きくため息をついた。
新たな公爵令嬢のために完璧に整えられた部屋は、孤児院で過ごしていた頃に比べると卒倒しそうになるくらいに広い。
「本当に、何もかもが同じなのね……」
公爵家にやって来てから、一度目の人生とまったく同じことが起こっている。
少し違うのは、一度公爵令嬢としての経験を積んでいるから、変なところで怒られなかったっということくらいだろうか。
「……本当に、いったいどういうことなんだろう」
オルタンシアはおそるおそる自分の首筋に触れてみたが、当然切断されたような形跡はない。
滑らかな肌の感触に、ついつい安堵のため息が漏れた。
(私は妃候補として王宮に上がって、冤罪で処刑されて……死んだはずなのに。あれは……長い長い、夢だったの?)
……いいや、そんなわけがない。
公爵家に引き取られてからの十年ほどの記憶も、夢というには鮮明過ぎるほど残っているのだ。
慣れない場所で一人ぼっちの辛さも、すべてに見捨てられ処刑される絶望も……はっきりと、心に刻まれている。
「なんでかはわからないけど、時間が巻き戻ったって考えた方がいいよね」
だとしたら、少し希望があるかもしれない。
公爵令嬢としてのマナーを最初から身に着けていたおかげで、一度目とは違いアナベルの叱責を受けずに済んだ。
つまり、やり方次第では一度目とは別の未来に進むかもしれないのだ。
もちろん、オルタンシアの目的はただ一つ。
(冤罪で処刑されるなんてまっぴらごめん! 今度は絶対に生き残ってやるんだから!)
がばりと起き上がり、オルタンシアはふむ……と思案した。
このままぼやぼやしていれば、一度目の人生の二の舞になってしまう。
なんとしてでも、生き残る方法を探さなければ。
(妃候補の打診を断る? でも、年頃の公爵令嬢の私が行かないのは不自然だし……その前に誰かと婚約する? でも、誰と?)
駄目だ、考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる。
一度目の人生で、オルタンシアは何もかもが不器用過ぎた。
いきなり公爵令嬢になったことに戸惑い、怯え……誰かに助けを求めることもできず、簡単に陰謀に嵌められてしまった。
だから今度は、できるだけ今の内から生存フラグを立てるだけ立てておかなければ。
まず、今できそうなのは……。
「……お兄様と、仲良くならなきゃ」
最悪一度目と同じような未来に進んで冤罪を吹っ掛けられても、公爵であるジェラールがオルタンシアの身の潔白を主張すれば、あそこまでやられっぱなしにはならないはずだ。
きちんと捜査してもらえれば、無罪を証明できる……と信じたい。
(そのためには何とかお兄様と良好な関係を築いて、味方になってもらいたいけど……)
オルタンシアの脳裏にジェラールの絶対零度の視線が蘇る。
あの冷たい眼差しに射抜かれただけで、凍り付いたように動けなくなってしまうのに……。
「最初っから、ハードル高すぎない……!?」
高すぎる壁を前に、オルタンシアは頭を抱えゴロゴロとベッドの上を転がるのだった。