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33 可愛いお友達ができました


 その言葉に、最初に反応したのはユキヒョウの子どもだった。


『心配するな、シア!』


 ぴょん、と飛びかかって来たユキヒョウを、慌ててオルタンシアは抱き留める。

 ユキヒョウの子どもは顔を近づけると、オルタンシアの頬をぺろりと舐めた。


『僕がお前を守ってやる。お前の大切な奴もな!』

「えっ、そんなに安請け合いしちゃって大丈夫なんですか!? もしも私が悪者だったらどうするんですか!?」


 あまりの即決っぷりに、一周場の状況も忘れオルタンシアはユキヒョウの子どもを心配してしまった。もしもオルタンシアが悪者――例えば密猟人だったらどうするつもりなのだろう。

 うっかりついてきたら最後、気が付いたら毛皮になっているかもしれないというのに!

 だがそんなオルタンシアに、ユキヒョウの親はくすりと笑う。


『悪しき者はここへは来られません。我々は代々信頼できる者に鍵を託し、その者の許しを得た者以外はここに足を踏み入れることすら叶いませんので』

「でも……」


 真実を告げるかどうか、オルタンシアは迷った。

 だがきらきらと輝く瞳でこちらを見つめるユキヒョウの子どもを見ていると、黙っていることなどできなかった。


「私……本当は、ヴェリテ公爵家の血筋かどうかわからないんです!!」


 彼らがここまでオルタンシアを受け入れてくれるのは、オルタンシアがヴェリテ公爵家の人間だと思っているからだ。

 だがそれが違うとわかったら、手のひらを返し冷遇されるかもしれない。


(……ううん。たとえそうなったとしても、嘘をつき続けるよりはずっとマシだよ)


 ぷるぷると小刻みに震えるオルタンシアを眺め、ユキヒョウの親はすっと目を細めたかと思うと……そっと口を開いた。


『構いませんよ、オルタンシア。我々は信頼の置ける者に鍵を託し、その者があなたをここに寄越した。それだけで、信頼に値するのは確かです』


 のっそりと起き上がったユキヒョウの親が、そっとオルタンシアへと近づいてくる。

 そして、オルタンシアの腕に抱かれたユキヒョウの子どもへそっと頬を摺り寄せた。


『どうか、この子――チロルをよろしくお願いいたします。やんちゃですが、根はやさしい子です。きっと、あなたの良き友となるでしょう』


 オルタンシアは再び、チロルと呼ばれたユキヒョウの子と視線を合わせた。

 チロルは安心させるようにオルタンシアの頬に鼻先を摺り寄せた。


「ふふ、よろしね。チロル」

『任せろ、シア!』


 じゃれあう一人と一匹を見て、オルタンシアをここへ連れてきた小鳥がゆっくりと飛び上がった。


『そうと決まったらほら行った行った! ここでちんたらしてたら、あっという間に人間の世界で百年とか経ってるわよ!』

「えぇっ!? それはマズいです!」

『帰り道は作ってあげるから、寄り道せずに帰るのよ』


 小鳥が円を描くように飛ぶ。するとその内側に、来た時と同じように扉が現れた。

 ただ扉の向こうは深い霧に包まれており、どこへ繋がっているのかはわからない。


『まっすぐ進めば来たところに戻れるわ。うっかり道を外さないように気を付けるのよ』

「はい、何から何までありがとうございます」


 オルタンシアが頭を下げると、小鳥は満足げに羽を膨らませた。


『ふん、ヴェリテ家の人間にしては珍しく素直ね。もうちょっと小賢しく生きた方がいいわよ』

「あはは……」


 小鳥とユキヒョウの親に頭を下げて、オルタンシアはチロルを抱いたまま扉の中へと足を踏み入れた。


「わぁ、何も見えない……」


 一寸先も見えない霧の中を、おそるおそる一歩ずつ進んでいく。

 このまま進めばヴェリテ公爵家に着くはずだが、一体どのくらい歩けば……。


『おっ、あそこに何かあるぞ!』

「チロル、待って!」


 だがその時、急にチロルがオルタンシアの腕を抜け出していずこへと走り出してしまった。

 ユキヒョウの親にチロルを託されてから、まだ五分も経ってない。

 ここで彼が行方不明になったら、精霊たちは大激怒だろう。代々彼らと懇意にしてきたであろうヴェリテ家の名に泥を塗ってしまう。

 一瞬で真っ青になったオルタンシアは、慌ててチロルを追いかけた。

 霧の中に見え隠れするチロルの尻尾を追って、オルタンシアは必死に走った。

 もはや自分がどの方向からきて、どちらへ向かっていたのかすらもわからない。

 とにかくここでチロルを見失ってしまうことが何よりも恐ろしかった。

 だが、不意に悲鳴と共にチロルの姿が掻き消えてしまう。


『うわっ!?』

「チロル!? どうし――きゃあ!」


 慌ててオルタンシアは足を踏み出したが、なぜか踏みしめるべき地面が消えていた。

 当然、オルタンシアの体は重力に引かれて……下へ下へと真っ逆さまだ。


(ぎゃあぁぁぁ! どうなってるの!!?)


 深い霧の中をオルタンシアは落ちていく。

 そして、急に周囲が明るくなったかと思うと――。


「ぎゃん!」


 お尻に衝撃を感じて、オルタンシアは潰れた猫のような悲鳴を上げてしまった。

 長い距離を落ちたような気がするが、幸いにも体が潰れてぐちゃぐちゃになるようなことはなかった。

 自分が生きていることを確認したオルタンシアは、慌てて周囲を見回す。


「チロル!?」


 幸いにも、オルタンシアのすぐ傍でチロルは仰向けに倒れていた。

 抱き起こすと、チロルは喉をグルグル鳴らしてオルタンシアにすり寄ってくる。


『頭がぐるぐるするんだぞ……』

「私もよ。でも無事でよかった……。よかった、けど――」


 チロルのふわふわの体を抱きしめて、ようやく気持ちも落ち着いてきた。

 だがあらためて周囲を見回し、オルタンシアは途方に暮れてしまう。


「ここ、どこ……?」


 オルタンシアとチロルが落っこちてきたのは、まったく知らない場所だったのだ。

 森の中……のようにも見えるが、よく見れば木々の向こうに何かの建物らしき姿も見える。


(あそこに行けば、何かわかるかな……)


 オルタンシアがそう考え、チロルを抱いたまま立ち上がった時だった。


「誰かいるの?」


 急に背後から声が聞こえ、オルタンシアはびくりと身を竦ませる。

 おそるおそる背後を振り返ると、そこにいたのは――。


「君は誰? ここで何をしてるの?」


 オルタンシアの同じくらいの年頃の、整った身なりの少年が、目を丸くしてこちらを見つめていたのだ。



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