28 強くなりたいのです
(とは言っても……)
具体的に、どうすれば強くなれるのだろう。
自室のベッドの上で、ぎゅっとクッションを抱きしめながらオルタンシアは考えていた。
(強い、強いと言えば……)
まず頭に思い浮かぶのは、勇ましく剣を佩いた騎士のイメージだ。
(私だって鍛えれば……凄腕の騎士になれるかな?)
そう考えると途端にわくわくしてきた。
たとえ敵が向かってきたとしても、バッサバッサとなぎ倒してやるのだ。
かっこよく相手を倒す自分の姿を想像し、オルタンシアは目を輝かせて立ち上がる。
そんなオルタンシアを見て、控えていたパメラが目を丸くした。
「お嬢様、どちらへ?」
「騎士団よ」
「騎士団!? どうしてそんなところに……」
「私、強い騎士になりたいの!」
「えぇぇ!?」
目を白黒させるパメラに、オルタンシアは頼み込んだ。
「ねぇパメラ。案内してもらえる?」
「駄目です! お嬢様には危険です!!」
基本的にオルタンシアの意志を最優先してくれるパメラだが、この時ばかりは強固に反対されてしまった。
「お嬢様は騎士団が何をするところか知っているのですか!? 危険な武器を扱ったりもするのですよ? お嬢様にもしものことがあったら……あぁ恐ろしい」
「ねぇパメラ、お願い……」
こうなったら奥の手だ。オルタンシアは精一杯甘えた声を出し、パメラのエプロンにしがみついた。
「お願い、こんなこと頼めるのはパメラだけなの。パメラはシアのこときらい……?」
うるうると目を潤ませて、オルタンシアはぶりっこ攻撃を炸裂させた。
もちろん、パメラに効果抜群なことは研究済みである。
今回も、パメラは数秒持たずに陥落した。
「うっ……仕方ありませんね! ただし、絶対に危険なことはしないでくださいね? ただの見学ですからね!」
「わぁい! パメラだいすき!!」
ぎゅっと抱き着きながら、オルタンシアはパメラに見えないようにニヤリとあくどい笑みを浮かべるのだった。
「わぁ、ここが騎士団の訓練場なのね!」
そうして、オルタンシアとパメラは騎士団の訓練場へと足を踏み入れた。
ヴェリテ公爵家はそれなりの規模の私設騎士団を抱えている。
一度目の人生でもオルタンシアはその存在は知っていたが、わざわざ訓練場まで見に行ったことはなかった。
妾腹(かどうかも怪しい)自分の出自にコンプレックスを抱いていたのだ。
(うぅん……使用人の人たちだって最初は冷たかったし、ものすごい蔑んだ眼で見られたらどうしよう……)
勢い勇んで来たはいいもの、オルタンシアはここにきて自信を喪失しかけていた。
だが「やっぱり帰る」などというわけにもいかない。
のっそりと足を進めていると……近くで休憩していた騎士の一人がこちらに気が付いたのか声をかけてくる。
「おや、どうなさいましたか?」
「こちらは公爵閣下の御息女のオルタンシア様でございます。オルタンシア様が騎士団副団長へお会いしたいと希望されております」
「公爵令嬢!? 失礼いたしました、今副団長を呼んでまいります!!」
(ヒェッ! 思ったよりおおごとになっちゃったかも……)
オルタンシアはのこのこと軽率にやってきてしまったことを少し後悔した。
(公爵令嬢って、大変な立場なんだなぁ……)
今更ながらにそう思ってしまう。そわそわしながら待っていると、やがて先ほどの騎士と共に大柄の男性がこちらへやって来るのが見える。
(この人が、副団長……)
オルタンシアはこわごわと目の前の男性を見上げた。
年の頃は四十代ほどだろうか。衣服越しにも鍛えられた筋肉が見て取れるほどだ。
――獰猛で大きな熊。
それが、オルタンシアが目の前の人物に抱いた第一印象だった。
正直に言って、かなり怖い。
(そうだよね、騎士団を統率してるんだもの。このくらいの威厳がなくっちゃ……)
騎士団の長はオルタンシアの父、ヴェリテ公爵となっている。
だが父はあくまで名目上の団長であり、実質的に騎士団をまとめるのは目の前の男性なのだ。
「お初にお目にかかります、オルタンシアお嬢様」
彼はすっとオルタンシアの前に跪き、視線を合わせた。
「ヴェリテ騎士団副団長を務めております、アンベール・テリエと申します」
「お初にお目にかかります、テリエ卿。この度ヴェリテ公爵家の一員となりました、オルタンシアと申します。どうぞよしなに」
アナベルのレッスンを思い出しながら最大限優雅に礼をして見せると、テリエ卿はすっと目を細めた。
「ほぉ、これはこれは……」
(うっ、何かまずかった……!?)
内心びくびくするオルタンシアを、テリエ卿はじっと見つめている。
「失礼ですが、あまりお父上や兄上には似ていらっしゃらないようですな」
その言葉を聞いた途端、オルタンシアは心臓が凍り付いたかのような心地を味わった。