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22 夢も希望もありません

 冤罪により、すべてに見捨てられ悲運にも処刑されてしまった公爵令嬢オルタンシア。

 気が付けばなぜか時間が巻き戻っていたので、一度目の人生と同じ轍を踏まないようにとオルタンシアは決意する。

 処刑回避の鍵を握るのは、オルタンシアの義兄ジェラール。

 彼を味方に付けることが出来れば、悲惨な運命を変えられるかもしれない。

 ジェラールと仲良くなろうとオルタンシアは努力し、気が付けば少し……ほんの少しだけ、義兄はオルタンシアのことを気遣ってくれるようになった……気がする。

 それと同時に、屋敷の使用人や他の貴族の面々のオルタンシアに対する扱いも良い方向に変化してきた。

 そう、きっとこのままいけば悲惨な運命を回避できる……!


 ……と、思っていたのだが――。



(……うん。全力で最悪なルートに足突っ込んでるよね、私)


 暗い牢の片隅で身を縮こませながら、オルタンシアは泣きたくなるのをなんとか我慢していた。

 前の人生では、ずっと屋敷に引きこもっていたので社交界での味方ができず、あっさり冤罪を着せられ処刑されてしまった。

 そのことを反省し、積極的に味方を作ろうと社交界に顔を出したはいいものの、なんと誘拐イベントという一度目の人生では遭遇しなかったイベントが起こってしまったのである。

 麻袋に詰め込まれ、馬車に乗せられ……今閉じ込められているのは、石造りの薄暗い牢獄のような場所だ。


 冷たい鉄格子の向こうから、一日二回、怪しげなローブを身に纏う者によって簡素な食事が差し込まれる。

 最初は警戒していたが、ついには空腹に耐えきれずオルタンシアは食事を口にしてしまった。

 とても美味しいとはいえないものだったが、少なくとも毒は入っていないようだ。


 窓も時計もないこの場所での時間経過は曖昧だが、おそらくオルタンシアがここに閉じ込められて三日ほどが経過しただろうか。

 最初は、身代金目当ての誘拐かと思っていた。

 だがじきに、オルタンシアはそうでないことを悟り始めていた。

 遠くから絹を裂くような悲鳴が聞こえ、オルタンシアはびくりと身を竦ませる。

 断続的に響く恐怖と苦痛を凝縮したような悲鳴に、ついに耐え切れずにオルタンシアは耳を塞いでしまった。


(ごめんなさい。助けられなくてごめんなさい……!)


 がくがくと体が震え、かちかちと歯が鳴る。この音を聞きつけられたら誰かが来てしまうような気がして、オルタンシアはぎゅっと奥歯を噛みしめる。

 狭い牢獄の中で更に身を小さくし、ぼろぼろと涙を流しながら嗚咽を堪えていた。


 時折、こうしてオルタンシアの耳に届く悲痛な絶叫。

 そして、それと同時に漂ってくるのは……濃厚な血の匂いだ。

 それだけで、向こうで何が起こっているのか察せずにはいられなかった。


(きっと、順番が来れば私も……)


 おそるおそる目を開けると、涙で滲んだ視界の向こう――鉄格子の先の壁に、奇妙な紋様が描かれているのが目に入る。

 目にしたことのない紋様だが、今のオルタンシアはその意味を悟っていた。


(やっぱりここは、魔神崇拝教団のアジトなんだ……!)


 この国では「星神教」が国教となっており、オルタンシアやヴェリテ公爵を始めとしたほとんどの国民が星神教を信仰している。

 オルタンシアの加護を授けた女神アウリエラも、星神教の主要な神の一柱なのである。

 星神教以外の信仰が一切認められていないわけではないが、ただ一つ、明確に禁止されている信仰がある。


 それが、魔神崇拝だ。


 古くから星神教の神々と対立する魔神を崇拝する教団が存在しており、彼らは異教徒狩りや人身御供などの残酷な行為を繰り返し、ついには国として信仰を禁ずるに至った。

 だが教団は地下に潜み、今も異端審問官との戦いを続けているという……。


 異端の教団は恐ろしいが、オルタンシアにとっては遠い世界の話のはずだった。

 はずだった、のに……。


 ジェラールの冷たい視線やアナベルのお小言に怯えていたのが遠い日のようだ。

 今やオルタンシアは、彼らに会いたくて仕方がなかった。


(パメラの淹れてくれたちょっと渋めの紅茶が飲みたいな……。アナベルが呼びに来たら丁寧に礼をして、「いつの間にそんなに上達されたのです?」って驚かせるの。お父様と一緒にお庭を散歩して、シャングリラの花を眺めるのもいいかも。それに、お兄様と――)


 一度目の人生とは違い、ジェラールはなぜかオルタンシアのことを気にかけているようだ。

 どうして彼がそうしたのか、オルタンシアにはわからない。

 ここで殺されれば、わからずじまいになってしまうのだ。


(お兄様と……もっとちゃんと、お話しすればよかったな……)


 思えば、一度目の人生の時からオルタンシアは過剰にジェラールを恐れていたのかもしれない。

 オルタンシアは彼に歩み寄ろうとはしなかった。

 だから、彼が何を考えているかもわからないのだ。

 もしもここから出ることが出来たら、今度はちゃんと逃げずにジェラールと向かい合おう。

 家族として、公爵家の一員としては認められないかもしれない。

 それでも、オルタンシアは兄として、一人の人間としてジェラールを尊敬しているということを伝えたい。


 奇跡的に殺されずにここから出られたら……の話だが。

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