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21 突然のハードモード

 本日は、招待状を頂いた子爵家でのお茶会だ。

 父は所用があるとのことで不在であり、オルタンシア一人での出席である。

 少々の心細さはあるが、何人か見知った者もおりオルタンシアはのんびりお茶やお菓子を摘まんでいた。


「ヴェリテ公爵家のご令嬢がいらっしゃるなんて、鼻が高いわ!」

「オルタンシア様は本当にお可愛らしいですのね……」

「そういえばオルタンシア様は王子殿下とも年が近くていらっしゃいますわね。もうお会いになられましたの?」

「いいえ、王子殿下にお目にかかったことはございません。とても聡明な方だとお伺いはしておりますが……」


 あたりさわりのない返答にも、だいぶ慣れてきたところだ。

 ひとまず話題がオルタンシアから王子に移ったところで、こっそりと安堵の息を吐く。

 まわりの貴婦人たちはぺちゃくちゃと王家の噂話に熱中している。

 今のうちに……と、手元のケーキにフォークを入れたところで、オルタンシアは異変に気が付いた。


(なに、このにおい……)


 何かが焦げたような、妙なにおいが鼻をつく。

 くんくんとケーキの匂いを嗅いでみたが、オルタンシアの大好きな甘くとろける香りだった。

 どうやらケーキの不備ではないようだ。だとすると……。


「ねぇ、何かしらこのにおい……」

「あら、わたくしの気のせいではなかったのね……」


 周囲も異変に気づいたようで、不安げに顔を見合わせている。

 すると、ノックもなしに勢いよく部屋の扉が開き、慌てた様子の使用人が転がり込んでくる。


「大変です、奥様! 屋敷内で火事が――」

「火事ですって!?」 


 扉が開いたことで、よりいっそう異臭が鼻を刺激する。

 途端に、お茶会の招待客はパニックに陥った。


「火事ですって!?」

「早く逃げなくては!」

「怖いわ!」


 恐慌状態の貴婦人たちは、いっせいに立ち上がると走り出した。

 オルタンシアも慌てて立ち上がったが、小さな体が災いしてすぐに弾き飛ばされ床に倒れてしまう。


(そんな、早く逃げなきゃいけないのに……!)


 立ち上がろうとすると蹴飛ばされ、踏みつけられそうになってしまう。

 煙が入って来たのか、だんだんと視界が白く濁っていく。


(まずい、このまま出口がわからなくなっちゃう……!)


 慌てて立ち上がったオルタンシアは、不意に背後から体を持ち上げられた。


「きゃあ!?」

「失礼いたします、お嬢様。安全な場所へお連れしますのでこちらへどうぞ」


 反射的に暴れそうになったが、聞こえてきた声にぴたりと抵抗をやめる。


(よかった……このお屋敷の人かな? 助かった……)


 オルタンシアを抱きかかえた男は、煙が広がり人々が逃げまどう屋敷を迷うことなく進んでいく。

 やがてたどり着いたのは、裏口と思わしき扉だった。

 扉を開けると、やっと新鮮な空気を吸うことができた。


「あの、ありがとうございます……」


 オルタンシアは礼を言ったが、オルタンシアを抱きかかえる男はなおもずんずんと進んでいく。


(どこへ行くんだろう。屋敷の入り口はあっちのはずだけど……)


 やがて行く手に、この屋敷の使用人と思われる別の男が立っているのが見えた。

 何故かその男は、手に大きな麻袋を抱えている。


「あの……?」


 他の皆さまと合流した方が……と言おうとしたが、言葉にならなかった。

 まるで猫や犬を扱うかのように、オルタンシアは乱暴に麻袋に押し込まれたのだ。


「ひゃっ!? な、何をするんですか! 出してください!!」


 必死に叫んだが、介する様子もなく荷物のように持ち上げられる。

 少し歩いたかと思うと荷物のように床に投げられ、したたかに体を打ち付けたオルタンシアは痛みに呻いた。


(なに……何が起こってるの……?)


 麻袋の入り口はしっかりと閉じられており、逃げ出すことはできない。

 やがてがたごとと車輪が回転する音が聞こえて、オルタンシアは蒼白になった。


(馬車に乗せられた……? もしかして、私――)


 ――「お前はまだこの屋敷に来たばかりだろう。……あまり、無理はするな」

 少し前に聞いた、義兄の言葉が蘇る。

 あぁ、あの時にもっと謙虚になって、今回の招待も断るべきだった……。

 だが、今になって後悔しても後の祭りだ。


(まさか、誘拐されるなんて……!)


 間違いなく、オルタンシアは誘拐されている。

 一度目の人生ではずっと引きこもっていたおかげで遭遇しなかったイベントだ。

 おかげで、これから何が起こるのか、どうすればいいのかまったくわからない。


(こんなハードモードだなんて、聞いてませんよ女神様!)


 なんとか麻袋から抜け出そうと四苦八苦しながら、オルタンシアは説明不足な女神に憤りをぶつけずにはいられなかった。


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