20 いっそ、兄妹じゃなく他人としてなら
一度お茶会に出席してみると、次から次へとオルタンシアのもとに招待状が届くようになった。
お茶会だの音楽会だのサロンだの……山のように積み重なる招待状の束に、オルタンシアは遠い目になってしまう。
(まったく、七歳の女の子相手によくやるわ……)
彼らはオルタンシアに何らかの利用価値を見出しているのだろう。
少なくとも、嘲笑の的でしかなかった一度目の人生に比べれば、進歩している……はずだ。
(まぁいいわ。こうやって人脈を広げていけば、味方が増えるかもしれないし……)
あまり乗り気はしないが、オルタンシアはできる限り出席するようにしていた。
幸い、今のところ大きな失敗はしていない。
しかし大勢の貴族の前に出て、値踏みするような、探るような視線を浴びるのはなかなかに疲れるものだ。
今日もお茶会への出席という大仕事を終え、ふらふらと公爵邸の廊下を歩いていると……。
「……おい」
急に背後から声をかけられ、オルタンシアはその場で飛び上がってしまった。
(まさか、この声は……!)
弾かれたように振り返ると、そこには……ずんずんと早足でこちらに近づいてくる、義兄ジェラールの姿が!
(ぎゃあ! お兄様! な、なんか怒ってる……!?)
まっすぐにこちらを見据えるジェラールの顔は、そこはかとなくいつもより険しく感じられた。
オルタンシアは焦りに焦り……条件反射で愛らしい笑みを浮かべていた。
「まぁ、お兄様! 今日は屋敷にいらしたんですね! お兄様に会えてシア嬉しい!」
ここ最近彼からのプレゼントラッシュで、条件反射的に「ジェラールに会ったらとりあえずかわいこぶっておけ」と頭にインプットされていたのである。
しかし、オルタンシアのぶりっこは彼の神経を逆なでしてしまったようだった。
にこにこと笑うオルタンシアとは対照的に、ジェラールの周囲にはブリザードが吹き荒れそうなほど冷たい空気が漂っているのだから。
(怖っ! 何をそんなに怒ってるの!? 私がお茶会に出席してるから? 妾の子の分際で調子に乗るなってお怒りですか!?)
ずんずんとオルタンシアの目の前までやって来たジェラールは、氷の瞳で義妹を見下ろしている。
オルタンシアの浮かべた愛らしい笑みなど、一瞬で凍り付いてしまった。
「……近頃、よく他の貴族の所に顔を出しているそうだな」
「は、はい……」
あぁ、やはり彼はオルタンシアが調子に乗っていることにお怒りなのだ。
頭上から感じる威圧のオーラに、オルタンシアは俯きガタガタと震えた。
今度こそ「公爵家の面汚しめ」と裁きの雷が落ちるに違いない……!
だが……。
「お前はまだこの屋敷に来たばかりだろう。……あまり、無理はするな」
そんな言葉と共に、ぽん、と頭に手が置かれる。
オルタンシアが固まっていると、そのままジェラールは手を離し去っていく。
彼の足音がすっかり聞こえなくなっても、オルタンシアはその場から動けなかった。
(えっと……今のは、なに?)
言葉だけを聞けば、まるでオルタンシアの身を気遣うようにも聞こえるが……。
(いや、きっと遠回しな牽制ね。「よく他の貴族の所に顔を出しているそうだな。妾の子の癖に厚かましい」と言いたかったのよ)
あぶないあぶない、本当に調子に乗ってしまう所だった。
まるで、義兄が本当にオルタンシアのことを心配しているなんて、馬鹿な勘違いをしそうになってしまう。
「そんなこと、あるわけないのにね……」
――「黙れ、公爵家の恥さらしめ。……俺は一度たりとも、お前を妹などと思ったことはない」
死の直前に聞いた言葉が、呪いのように耳にこびりついて離れない。
彼はオルタンシアのことを嫌っている、疎ましく思っている。
決して、その事実を忘れてはいけないのだ。
だが、オルタンシアは……死ぬ前も今も、決して義兄ジェラールのことが嫌いなわけではなかった。
確かに彼は恐ろしい。あの冷たい瞳に見据えられると、がくがくと体が震えてしまう。
だが、それと同時にオルタンシアは彼が背負う重圧についても理解している。
(すぐに逃げ出していた私と違って、お兄様は堂々と自らの運命に立ち向かっている)
一度目の人生で父が急逝した時でさえ、彼は涙を見せず、うろたえることもなかった。
公爵家を守るために、若き公爵として堂々たる姿を見せつけたのだ。
オルタンシアはそんな彼の強さに憧れていた。少しでも、彼の役に立ちたいと願っていた。
……結果は、散々なものだったが。
(いっそ、兄妹じゃなく他人としてなら、もっとちゃんとお兄様と向かい合えたかな……)
そんなありえない想像をしながら、オルタンシアは嘆息した。
なんにせよ、義兄からの警告を受け取ったのだ。
今はとにかくあちこちに顔を出しているが、今度からはもう少し控えた方がいいのかもしれない。
(今返事しちゃった分はしょうがないから出席するとして、次からはちゃんと招待状を選別しよう……)
そう心を決めて、オルタンシアは固まっていた体を解きほぐし、足を踏み出した。