17 そろそろ現実逃避したい
「お嬢様! 空き部屋をお嬢様専用の衣裳部屋に改装することが決まったそうです!」
「えぇ……?」
ウキウキとやってきたパメラの言葉に、オルタンシアは頭を抱えたくなってしまった。
オルタンシアの自室のクローゼットは、決して小さいわけではない。
いや、むしろクローゼットだけでも孤児院で暮らしていた時の部屋の何倍も広いくらいなのだ。
それなのに、更に広いオルタンシア専用の衣裳部屋とは……。
(なにこれ、どういう方向に進んでるの……!?)
「失礼いたします。こちら、お嬢様へのお届け物です」
「はーい!」
部屋の扉が叩かれ、上機嫌のパメラが応対する。
戻ってきたパメラは、大きな箱をいくつも抱えていた。
「お嬢様へのプレゼントですよ! わぁ、中身はなんでしょう?」
「……開けてもらえるかしら」
「えっ、いいんですか!? えっと……見てください! 可愛いぬいぐるみ! こっちはアクセサリーですよ!」
テーブルの上に、小さな女の子が好みそうなぬいぐるみや人形、アクセサリーなどが並べられていく。
オルタンシアは戦々恐々と、その様子を眺めることしかできなかった。
「……ちなみに、これらの品はどなたから――」
「もちろん、すべてジェラール様です!」
(うわああぁぁぁ! 本当にどういうこと!?)
ついにオルタンシアは頭を抱えてしまった。
「お、お兄様はどうしてこんなことを……」
思わずそう呟くと、満面の笑みでパメラが答えてくれる。
「そんなの、オルタンシアお嬢様に喜んで欲しいからに決まってるじゃないですか!」
(そんなわけあるかーい! でも、傍から見ればそう見えるってことなのよね……?)
オルタンシアは大きく深呼吸し、心を落ち着かせるようにプレゼントの一つであるくまのぬいぐるみを抱きしめた。
ふわふわの愛らしいくまを抱きしめていると、少しだけ心が落ち着いてくる。
(えっとつまり、お兄様は私の機嫌を取ろうとしている……?)
オルタンシアが好きだと言った花を集め、オルタンシアのためのドレスを大量発注し、オルタンシアくらいの幼い少女が好みそうなプレゼントを贈ってくる。
さすがに、オルタンシアが喜ぶことを期待しての行動だということはわかってきた。
だが……。
(私を喜ばせてどうするの!? その先に何があるというの!!?)
肝心の動機が分からないからこそ恐ろしい。
現実逃避にぎゅぎゅっとくまを抱きしめ、オルタンシアは思案した。
(とにかく……目的はわからないけど、お兄様は私の機嫌を取ろうとしている)
母の教えによれば、こういうときはとにかく大げさに喜んでおけばいいらしい。
ということで、さっそく廊下でジェラールとエンカウントしたオルタンシアは……踊り出しそうなほど軽やかに、その場でくるりと一回転してみせた。
「見てください、お兄様! お兄様がマダム・ソランジュにお願いして仕立てていただいたソルシエールのドレス、とっても素敵なんです!」
まるでおとぎ話に出て来るかのような可愛らしいドレスは、確かにオルタンシアによく似合っていた。
オルタンシアの動きに合わせて、スカートの裾がふわりと広がる。
アナベルが見たら「はしたない!」と眉を吊り上げるだろうが、おおよそ「プレゼントに大喜びする7才の少女像」からは外れていないはずだ。
(こ、これでいいのよね……?)
「くまのぬいぐるみもとっても可愛いんです! えへへ。私、毎日一緒に寝てるんですよ!」
可愛らしいポーズと共にこてんと首を傾け、オルタンシアは最大限に愛らしい笑みを浮かべてみせる。
ジェラールはそんな義妹の様子を、絶対零度の視線で見つめていた。
(ひぇっ! 怖っ! さすがにやりすぎた!?)
「…………わかった」
ジェラールはそっけなくそれだけ言うと、かわいこぶったポーズのまま固まるオルタンシアの頭に軽く触れ、その場を立ち去った。
(……だから、なにが「わかった」なの!?)
その数日後、今度は多種多様なくまのぬいぐるみが届き、オルタンシアは更に頭を抱える羽目になるのだった。