15 お兄様のお心は複雑怪奇です
(そういえば、前にお兄様に会った時に――)
――「この前庭園をお散歩していたら、とっても綺麗な花を見つけたんです! 庭師さんに聞いたらシャングリラっていう、とても珍しい花だって……そ、そんな稀少な花まで揃っているなんて、さすがはヴェリテ公爵家ですね!」
確かに彼の前で、うっかりシャングリラの花の話をしたことがあった。
だがまさか、たったそれだけで、あの冷血な義兄が!
オルタンシアのために稀少な花を揃えるように命じるだなんて……。
「これはすべてお前のものだ」
ジェラールは至極真面目な表情で、そう告げた。
その言葉に、オルタンシアはくらくらしてしまう。
(もしかして……本当に、私がシャングリラの花の話をしたから!?)
たどり着いてしまった答えに、さっと全身から血の気が引いた。
(どういうこと!? いったいなんの目的が!?)
ジェラールは相変わらず氷の視線を真っ青になるオルタンシアに注いでいる。
彼はオルタンシアの反応を待っているようだった。
(何か、言わなきゃ。何か……あーん、助けてママ!)
混乱したオルタンシアは、いつものように心の中で亡き母に助けを求めた。
そうだ。母はよく酒場の客からプレゼントを貰っていた。そんな時は――。
――『見て、オルタンシア。綺麗なお花でしょう? お客様から頂いたのよ。あなたももう少し大きくなったら、きっと多くの殿方に抱えきれないほどのお花を頂くでしょうね。なんていっても、私の娘ですもの!』
(抱えきれないどころか花壇丸ごとだよママ!)
――『誰かから贈り物を頂いたら、とにかく大げさに喜んでおきなさい。それが純粋な好意なら相手も嬉しいでしょうし、何か打算があったとしても相手の油断を誘うことができるわ』
オルタンシアは俯き、落ち着きを取り戻そうと深く息を吸った。
そして……精一杯の笑顔を浮かべてぱっと顔をあげる。
「とっても嬉しいです! ありがとうお兄様!」
(とにかく大げさに喜ばないと……もうこうなったらやけくそよ!)
「えへへ、こういう綺麗なお花大好きなんです! シアとっても嬉しい!」
(うぅ、今すぐ消えてなくなりたい……)
盛大にかわい子ぶりながら、オルタンシアは内心で羞恥心と戦っていた。
「お兄様はすごいですね! 尊敬しちゃいます!」
「…………」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ(振りをする)オルタンシアを、ジェラールは相も変わらず絶対零度の視線で見下ろしていた。
……さすがにやりすぎただろうか。
「こんなにうるさい生き物は不要だ」と、即座に切り捨てられるかもしれない。
無理に浮かべた笑みがひきつりそうになるが――。
「……他には」
「ふぇ?」
「他には、何を望む」
質問というよりは、もはや尋問だ。
ジェラールは至極真面目な表情で、じっとオルタンシアを見つめている。
許されるのなら全力ダッシュでここから逃げ出したい。
だがそんな逃走は許されないオルタンシアは、笑みをひきつらせて必死に頭を回転させた。
(「何を望む」ってどういうこと!? ここから逃げられるのなら他には何もいりません!)
果たして、何と答えるのが正解なのだろうか。
オルタンシアは黙り込み、だんだんとその場の空気が凍り付いていくような錯覚すら覚えていた。
そんな場の空気をどう思ったのか、件の庭師が慌ててフォローを入れてくれる。
「おぉ、オルタンシアお嬢様は謙虚でいらっしゃる! 若様、この年頃のお嬢様であれば――」
庭師が何かを耳打ちし、ジェラールが何かに納得したかのように頷いた。
「わかった」
それだけ言い残すと、彼はさっとその場を後にした。
残されたオルタンシアはわけもわからないまま、ただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
(解放、された……のよね? いったいなんだったのかしら……)
気が抜けたオルタンシアは思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
顔をあげれば、幻想的なシャングリラの花が目に入る。
……いったい彼は何故、大金を費やしてこんなに珍しい花を集めさせたのだろうか。
(私がシャングリラの花の話をしたから……。でも、何で? 何か公爵家の利益になると考えたのかしら……)
わけがわからず考え込むオルタンシアを、庭師とお付きのメイドのパメラが、微笑ましげに見守っていた。