13 そんな高等テクニック無理だよママぁ!
……おかしい。どう考えてもジェラールの態度はおかしいとしか思えない。
――「黙れ、公爵家の恥さらしめ。……俺は一度たりとも、お前を妹などと思ったことはない」
今でも、はっきりと覚えている。
処刑寸前で必死に助けを求めたオルタンシアを、ジェラールははっきりそう言って拒絶したのだ。
つまり、ジェラールはオルタンシアのことを嫌っている。それは間違いない。
間違いない、はずなのに……。
「おはようございます、お兄様」
朝、公爵邸の廊下で偶然すれ違ったジェラールにおそるおそる挨拶すると、彼はわざわざ足を止めてじっとオルタンシアを見つめた。
その冷たい視線に、「声をかけるべきではなかったか!?」とオルタンシアが竦みあがると――。
「…………あぁ」
(何が『あぁ』なの!? これは挨拶を返してくれたってことでいいの!? ていうかなんでまだ立ち止まってるの!!?)
引きつった笑みを浮かべながら混乱するオルタンシアの視線の先、ジェラールは何故かその場から動かずにじっとこちらを見つめ続けている。
(もしかして何か言った方がいいの? でも何を言えばいいの!? えっと、こういう時は……)
テンパったオルタンシアは、必死に亡き母の言葉を思い出そうとした。
――「いーい? オルタンシア。お客様を楽しませるように話すには……そうね、まずは天気とか、当たり障りのない話題から入って相手の反応をさぐるべきかしら」
「お、お兄様……! 今日は、いい天気ですね!」
「…………そうだな」
ジェラールは相変わらず、何を考えているのかわからない冷たい視線をこちらに注いでいた。
(ひいぃぃぃ! この反応はどうなの!? いいの!? 悪いの!?)
彼が何を考えているのかわからず、オルタンシアは混乱した。
しかし、立ち去らないところを見ると……オルタンシアの次の言葉を待っているのだろうか。
「こっ、こんな天気のいい日は、お庭をお散歩すると気持ちよさそうですね!」
「…………そうか」
「この前庭園をお散歩していたら、とっても綺麗な花を見つけたんです! 庭師さんに聞いたらシャングリラっていう、とても珍しい花だって……そ、そんな稀少な花まで揃っているなんて、さすがはヴェリテ公爵家ですね!」
(ひぃーん! 私の話になってどうするの! そんなのお兄様が興味あるわけないじゃん!)
――「いいこと、オルタンシア。とにかく自分が話すんじゃなくて、相手に話させるように誘導するのよ。こっちはただ笑って相槌を打てばいいんだから」
(そんな高等テクニック無理だよママぁ!)
亡き母の助言とは正反対の方向に進んでしまい、オルタンシアはもはや泣きだしたい気分だった。
申し訳程度に最後に公爵家を持ち上げておいたが、ジェラールがオルタンシアのつまらない日常の話などに関心を示すはずがないのだ。不快に思うに決まっている。
「…………わかった」
処刑を待つ罪人のように震えながら俯くオルタンシアに降って来たのは、そんな義兄の言葉だった。
それと同時に、ぽん、と不器用な手つきで頭に手が触れたかと思うと、ジェラールはさっとその場から去っていく。
取り残されたオルタンシアは、息を止めてただひたすらに足音が離れていくのを待っていた。
(……「わかった」って何!? 私のつまらない話は分かったから永遠に口を閉じていろってこと!? そうだよね? そうとしか考えられないよね!?)
今度こそジェラールの地雷を踏んでしまったに違いない……!
恐ろしさのあまりその場に崩れ落ちたオルタンシアは、その数日後……意外な義兄の真意を知ることになるのである。