12 真剣に、お兄様の様子がおかしいのですが
オルタンシアの助力のおかげでパメラは公爵邸で働き続けることとなり、真犯人は治安隊に引き渡された。
マスターキーの不正使用などの余罪もあり、単に解雇だけでは済まなかったようだ。
鼻歌を歌いながらお菓子の準備をするパメラを眺めながら、オルタンシアはふぅ、と嘆息する。
(それにしても……まさか、お兄様が助けてくれるなんてね)
あれからオルタンシアは何度も何度も……あの時のジェラールの行動の意味を考え続けている。
――「……使用人の分際で、ヴィリテ公爵家の人間に口答えとはどういう了見だ」
考えようによっては、あの言葉はオルタンシアを公爵家の人間として認めてくれたようにも聞こえるが――。
(いや、ないない。だって「一度もお前を妹だと思ったことはない」って言われたし)
単に使用人が生意気な口を利いたのが気に入らなかったのかもしれない。それでも結果的に、彼はオルタンシアを救ってくれたのだ。
パメラは公爵家に残ることになり、少しだけ未来は変わった。
(なんとかこの流れで、お兄様を懐柔できればいいんだけど……)
しかし、どうすればあの鉄面皮と仲良くできるというのだろうか。
うーん、と唸っていたオルタンシアは、何の気はなしにパメラに声をかけてみた。
「ねぇ、パメラ」
「どうかしましたか、お嬢様?」
「あのね、私……仲良くなりたい人がいるんだけど、なかなかうまく話せなくて……どうすれば、仲良くなれると思う?」
「そんなの……お嬢様が笑顔で話しかけてくだされば、すぐに解決ですよ! 可愛らしいお嬢様に笑いかけられて、嫌な気持ちになる人なんているわけがないんですから!」
満面の笑みでパメラが出した回答に、オルタンシアは思わず脱力してしまった。
(そんなわけなーい! はぁ、そんな手が通じるのはあなたみたいに純朴な相手だけよ……)
パメラに礼を言いながら、オルタンシアはぎこちない笑みを浮かべた。
◇◇◇
パメラのアドバイスがあまり役に立たなかったので、オルタンシアは散歩しているうちにアイディアも湧くだろうと屋敷内をやみくもにうろうろしていた。
すると、曲がり角を曲がった途端に誰かと鉢合わせてしまう。
「あっ、ごめんなさい……っ!」
とりあえず謝罪をして、顔をあげた途端……オルタンシアは凍り付いた。
まさにオルタンシアの頭を悩ませる元凶――ジェラールが、氷のように冷たい視線をこちらに注いでいたのだから。
「お、兄様……」
うっかり前からの癖でそう口にしてしまい、オルタンシアは焦る。
(しまったぁぁぁ! 馴れ馴れしくしすぎないように気を付けてたのに! なんで「お兄様」なんて呼んじゃうかなぁ!!)
もはや泣きだしそうな気分で、視線を外すこともできず、オルタンシアはただじっと義兄の顔を見つめ続けた。ジェラールも相変わらず感情の読めない冷たい視線をこちらに注いでいたが……ふと、彼は口を開いた。
「お前が庇ったあのメイド、屋敷に残ることが決まったそうだな」
「ふぇ……? はっ、はい!!」
(お、お兄様が私に話しかけてるー!!? なにこれ、天変地異の前触れかな!?)
あり得ない事態に、オルタンシアの頭はパニック状態だ。
思考がごちゃ混ぜになって……浮かんできたのは、つい先ほどパメラに聞いた言葉だ。
――「可愛らしいお嬢様に笑いかけられて、嫌な気持ちになる人なんているわけがないんですから!」
(うぇーん! もうどうにでもな~れ!!)
混乱したオルタンシアは、思考を放棄した。
そして、精一杯愛らしい笑みを浮かべてジェラールへと話しかける。
「お兄様が助けてくださったおかげです! あの時のお兄様、とっても頼もしかったです! えへへ、ありがとうございます!!」
自分でも何を言っているのかわからずに、オルタンシアはひたすらに「お兄様すごーい!」と笑顔でジェラールを称賛し続けた。
いつ、「今すぐ黙らないと首を斬り落とすぞ」と凄まれるかと怯えていたが……なぜか、ジェラールはじっとオルタンシアの話に耳を傾けているようだった。
(なんで!? 今日すっごく機嫌がいいのかな!?)
何もかもがオルタンシアの想像の範囲外で、頭の中は「?」でいっぱいだ。
しかしもう後には引けない。この「可愛い妹モード」を貫き通すしかないのだ。
そうしているうちに、ジェラールはふと窓の外に視線をやり、嘆息した。
ついに怒りが限界を超え、裁きの雷が下るのかとオルタンシアは怯えたが……。
「悪いがそろそろ時間だ。また何か困ったことがあったら俺に言え」
そう言い残し、ぎこちない手つきでオルタンシアの頭に触れると……ジェラールはさっと去っていく。
残されたオルタンシアは、呆然とその場に立ち尽くしていた。
(……夢かな? そうだよね。お兄様が私の話を黙って聞いてくれて、困ったことがあったら言えなんて、言うわけないもんね……)
とりあえず夢から覚めようと頬をつねってみたが、感じるのは確かな痛みだ。
心配したパメラが探しに来るまで、オルタンシアは実に半刻ほど、その場で頬をつねったり目を白黒させたりと奇行を繰り返すのだった。