11 おや、お兄様の様子が……
ホールに集められた使用人たちは、不安と好奇心の入り混じった表情でお互いに顔を見合わせている。どうやらまだ詳細は知らされていないようだ。
ひとりひとり、そんな彼らを眺めながらオルタンシアはパメラを陥れた真犯人を探す。
(いたっ……!)
果たしてその女性は、律義にやって来ていた。まさか自分が犯人だとバレるわけがないと思っているのだろう。口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
(ふん、そうしていられるのも今のうちよ!)
オルタンシアは堂々と父の隣に立ち、精一杯舐められないように背筋を伸ばして胸を張った。
「こうして皆に集まってもらったのは、他でもない。例の盗難事件についてだ。どうやら我が娘が犯人を見つけたというのでね。心して聞いてくれ」
父が発した言葉に、例の真犯人の笑みが引きつったのをオルタンシアは見逃さなかった。
オルタンシアはゆっくりと足を踏み出し、使用人ひとりひとりの顔を眺めていく。
そして例のメイドの前でぴたりと足を止め、じっとその顔を見つめる。
「あなたですね。パメラの荷物の中に盗品を入れたのは」
「なっ……何をおっしゃるのですか……!」
真犯人は一瞬うろたえたような態度を見せたが、すぐに咳払いして薄笑いを浮かべた。
「……旦那様、こう申し上げるのは心苦しいのですが……きっとお嬢様は、パメラに言いくるめられているのです。自分ではない別の者が犯人だと騙されているのでしょう」
こんな得体のしれない子どもの言うことを信じるのですか? ……というような嘲りがありありと見える言い方だった。
だが、父は笑みを崩さなかった。
「そうなのかい、オルタンシア?」
「いいえ、お父様。確かにこの者が犯人です。間違いありません」
「お嬢様! そこまで言うのなら証拠はあるのでしょうね!?」
「えぇ、私が女神様より授かった加護の力で、あなたがパメラを陥れる場面を見ましたので」
「そ……そんなものが証拠になるものですか! 旦那様! お嬢様は適当なことを言って不当に私を陥れようと――」
「黙れ」
その時、ひやりとした声がホールの空気を一閃した。
その声に真犯人のメイドは表情を凍らせ、オルタンシアもまさかの展開に固まってしまう。
コツコツと靴音が鳴り響く。
ギギギ……と人形のようにぎこちなく首を動かした視線の先にいたのは……オルタンシアの義兄――ジェラールであった。。
(な、何でお兄様がここに!? 私が調子に乗ってるから怒ってるの!!?)
オルタンシアがあわあわしている間にも、ジェラールはオルタンシアの目の前までやってきてしまう。
そのまま、彼はあの絶対零度の瞳でオルタンシアを見下ろした。
(ヒッ! 妾の娘ごときが偉そうに振舞うなってこと!?)
オルタンシアはもはや指先一つ動かせずに、ジェラールが「この不愉快な子どもを摘まみ出せ」というのを待つほかなかった。
だがジェラールはふいっとオルタンシアから視線を外したかと思うと、底冷えするような声で告げる。
「……使用人の分際で、ヴィリテ公爵家の人間に口答えとはどういう了見だ」
ジェラールの絶対零度の視線が射抜いているのはオルタンシア――ではなく、例の真犯人の方である。
(あれ? もしかして、もしかしたら……私を庇ってくれた……?)
オルタンシアは信じられない思いで、傍らの義兄を見上げる。
「ち、違うのですジェラール様……」
「黙れ。その首を斬り落とされたくなければ、聞かれたことだけに正確に答えろ。いいな」
「ヒィッ!」
ジェラールに睨まれた真犯人のメイドは、真っ青な顔で首振り人形のように、こくこくと首を振っている。
「貴様はヴェリテ公爵家の財を盗み、別の使用人を貶めようと罪を着せようとした……間違いないな」
ジェラールの気迫に押されてか、メイドは壊れた人形のようにこくこくと首を振り続けている。
あっさりと、彼女は自らの罪を認めてしまったのだ。
「……だそうだ。父上、後の処理については――」
「私に任せてくれ。手を煩わせて済まないね、ジェラール。オルタンシアもありがとう。君のおかげで、罪なき者を救い、正しく処罰を与えることが出来そうだ」
「は、はい……」
ジェラールはもう興味はないとばかりに、再びコツコツと靴音を鳴らしながら去っていく。
オルタンシアはどこか名残惜しさのようなものを感じながら、その後姿を見送った。
(まさか、お兄様に助けられるなんて……)
どうしても先ほどの出来事が信じられずに、オルタンシアはびょーんと自らの柔らかな頬をつねってみた。
伝わる痛みは、間違いなく今の出来事が現実だと教えてくれるようだった。