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10 さぁ反撃開始だ

 

 ほどなくしてXデーはやって来た。

 屋敷の廊下に飾ってあった純金のカエルの置物が、忽然と姿を消したのである。


(いや、そんな物飾っておくなよって感じだけどね……)


 いまいち趣味がいいとも思えない置物だが、純金製なだけあって当然価値はある。

 当然屋敷内は騒ぎになり、犯人探しが始まった。容疑者として名が挙がったのは……パメラだ。

 オルタンシアの記憶通りに、事態は進んでいく。


(でも、今度は止めて見せるわ)


 自身の処刑台行きを避けるためにも、味方は多い方がいい。

 現在孤立無援状態のオルタンシアにとって、パメラの確保は大きな戦力となるだろう。


「あの田舎娘、旦那様の執務室に呼ばれたそうよ」

「嫌だわ、同僚が犯罪者だなんて。旦那様もさっさと治安隊に引き渡せばいいのに」


 女神に与えられた加護の一つ――《聞き耳》で使用人たちのヒソヒソ話をキャッチしたオルタンシアは、意を決して自室から足を踏み出した。

 向かうのは父――ヴェリテ公爵の執務室である。


「いい加減にしなさい! 正直に話せば公爵様が温情をかけてくださるとおっしゃっているのに見苦しい……!」

「でも、私は本当にやってないんです!」


 執務室の前にたどり着くと、さっそく中からそんな言い合いの声が聞こえてきた。

 ――「違います、私はやっておりません……。私は決して、暗殺を企んだりなど――」

 一瞬だけ、時間が戻る前の事が頭をよぎる。


(……大丈夫。もう、あんな未来には進まないんだから)


 大きく息を吸いこみ、オルタンシアは背伸びして執務室の扉を叩いた。

 一瞬言い合いが止み、すぐに扉が開く。中から顔を見せたのは、父だった。


「オルタンシア……? 済まないが、今は立て込んでいて――」

「いいえお父様。今でなければならないのです。パメラは私のお付きのメイドです。私にも、口を挟む権利があるのではないでしょうか?」


 そう畳みかけると、父は驚いたように目を丸くした後……愉快でたまらない、とでもいうような笑みを浮かべた。


「これは一本取られたな。わかった、入りなさい」


(よし、第一関門突破!)


「子どもは下がってなさい」と追い払われることも想定していたが、何とかうまく入り込むことができた。

 やって来たオルタンシアを見て、執務室にいた者たちはぎょっとした表情になる。


(執事に、メイド長……まぁ、妥当な人選ね)


 オルタンシアはぐるりと室内を見回し、今にも泣きだしそうな表情のパメラに視線をやる。


「お、嬢様……」


 驚いた様子のパメラにこくりと頷くと、オルタンシアはそっと口を開いた。


「……パメラが、屋敷内の備品の窃盗の疑いをかけられたと聞きました。それは本当なのでしょうか」

「あぁ、本当だ。盗まれた備品については、彼女の私物の中から出てきたと報告が上がっている」


 こんな状況だというのに、父はすこぶる愉快そうな笑みを浮かべている。

 まるで「君はどうする?」とでもいいたげな視線に負けないように、オルタンシアは精一杯背筋を伸ばして胸を張った。


「パメラがそんなことをするはずがありません」


 オルタンシアがそう主張すると、メイド長がやれやれとため息をつく。


「しかしながらお嬢様、既にパメラの私物の中から盗品が見つかっているのです。これは動かぬ証拠です」

「いえ、誰かに陥れられたということも考えられます。……ねぇパメラ、前に私があげた鉢植え、あなたの部屋にある?」

「はっ、はい……! もちろん、毎日大切にお世話しております」

「誰か、パメラの部屋から鉢植えを持ってきてもらえる? 本当の犯人を見つけてみせるから」


 オルタンシアの堂々たる態度に、執事もメイド長も困惑しているようだった。

 だが父だけは、くつくつと笑うと控えていた使用人に鉢植えを持ってくるように命じる。


「それで、可愛い娘よ。君はどうするつもりなんだい?」

「……私が授かった加護の中には、『植物の記憶を読み取る』というものがあるの」


 ――《新緑の瞳》という加護は、植物に触れて念じただけでその植物の記憶を読み取ることができるという珍しい加護である。ただ何十年も前の記憶を読み取ることはできず、対象期間はせいぜい三日前までという所だろうか。

 こんなピーキーなスキルどこで使うんじゃい。とオルタンシアは呆れたが、まさかの活用方法を思いついてしまったのだ。


(私がパメラに花の鉢植えをプレゼントすれば、その花がきっちりパメラの無罪を証明してくれるはずよ!)


 すぐに、言われた通りに使用人がパメラの部屋から鉢植えを運んでくる。

 オルタンシアが適当にプレゼントしたものだったが、パメラは鉢植えを綺麗に磨き、きちんと毎日世話してくれていたようだ。

 そっと鉢植えの中の葉に触れ、オルタンシアは強く念じる。


(お願い……パメラを陥れた犯人を教えて……!)


 頭の中に、植物の記憶が流れ込んでくる。しばらくの間は……特に異常はなく無人の部屋が映し出され、たまにパメラが出たり入ったりするだけだったが……。


(来た!)


 不意に扉が開いたかと思うと、顔をのぞかせたのはパメラではなく別のメイドだった。

 パメラよりも少し年上の女性だ。マスターキーを手にした彼女は、懐に抱えた包みから純金のカエルを取り出すと、素早くパメラの荷物の中に押し込んだ。

 そして意地の悪い笑みを浮かべて、部屋を出ていってしまう。


(なるほど……ね)


 オルタンシアはくるりと父の方へ向き直ると、自信満々に告げた。


「お父様、犯人がわかりました。ですが私はまだ使用人の顔と名前が一致しないので……皆をホールに集めてもらってもよろしいですか?」


(さぁ、反撃開始よ)


 にやりと笑ったオルタンシアに、父も愉快そうな笑みを浮かべた。


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