1 突然の死に戻り
「オルタンシア・レミ・ヴェリテ。デンダーヌ伯爵令嬢暗殺未遂の罪により……」
無機質な声で読み上げられる罪状を前に、少女――オルタンシアはただガタガタと震えながら懇願した。
「違います、私はやっておりません……。私は決して、暗殺を企んだりなど――」
王太子妃候補の令嬢たちを王城に集め、行われた花嫁選考会。
その最中に、一人の伯爵令嬢が毒を盛られ倒れた。
犯人は、評判の悪い公爵令嬢だった。
どうしても王太子妃の座を欲しがった彼女は暗殺に手を染め、王太子の関心を惹いた伯爵令嬢を亡き者にしようと企んだのだ。
だがその罪は白日の下に晒され、今まさに、彼女には裁きの鉄槌が降りようとしているのだが……。
(違う、私は何もやってない……!)
犯人とされた公爵令嬢――オルタンシアは絶望の淵にいた。
何しろ、オルタンシアは本当に何もしていないのだ。
王太子の妃候補として宮廷に召し上げられたのも、ただの数合わせでしかなかったはずだ。
無事に選考会を終えれば、何事もなく家に帰れるはずだった。
それなのに……妃候補の一人が暗殺されかけるという事件が起こり、気が付けば犯人にされていた。
捕らえられ、牢に入れられ、尋問され、そして――。
「斬首刑に処する」
「ヒッ!」
刑が読み上げられた途端、一気に恐怖が押し寄せ喉の奥から悲鳴が漏れてしまう。
(嘘……そんなのおかしいじゃない!)
「お願いします、もう一度捜査を! 私は絶対に、そんなことは――」
「見苦しいぞ。さっさと来い!」
ほとんど引きずられるようにして、処刑台へと連れていかれる。
鈍く光る断頭台の刃が目に入り、あまりの恐ろしさにガチガチと歯の根が鳴った。
「うそ、いやっ……!」
まるで見世物のように、オルタンシアが断頭台へと引きずられる姿を多くの貴族たちが眺めている。
「あぁ、あれが例の――」
「公爵家を乗っ取ろうとした娼婦の娘だろ?」
「やはり生まれの卑しい者を家に入れるべきではなかったわね」
「先代の公爵様もお可哀そうに……。早くに亡くなられたのもあの女が手を下したんじゃないか?」
侮蔑や愉悦の視線、根も葉もない中傷に嘲笑……。
彼らにとっては、オルタンシアの破滅も娯楽の一つでしかないのだ。
オルタンシアが無様に抵抗すればするほど、彼らは喜ぶことだろう。
あまりの惨めさに俯きかけたが、不意に見知った姿が視界をよぎり、オルタンシアは反射的に声を上げた。
「お……お兄さま! 助けてください!! 冤罪です! 私は暗殺など企んではおりません!!」
ヴェリテ公爵家の若き当主――ジェラール・アドナキオン・ヴェリテ。
艶やかな銀色の髪に、涼しげな蒼氷色の瞳を持つ、「氷の貴公子」「冷酷公爵」の異名を持つオルタンシアの義兄――。
公爵家の養女となってから、彼と会話を交わす機会は数えるほどしかなかった。
それでも……彼はオルタンシアの兄なのだ。きっと助けてくれるはず……!
そんな一縷の望みに縋るように、オルタンシアは義兄に向かって必死に叫んだ。
だが、返ってきたのは……ぞっとするほど冷たい視線と、突き放すような冷酷な言葉だった。
「黙れ、公爵家の恥さらしめ。……俺は一度たりとも、お前を妹などと思ったことはない」
その言葉に、頭が真っ白になって……気が付いた時には、オルタンシアの体は断頭台へと押し付けられていた。
溢れた涙が頬を伝い、ぽたりと断頭台を濡らす。
……どうして、こうなってしまったのだろう。
一体どこで、人生を間違えたのだろう。
(王太子殿下の妃候補として、宮廷に上がった時から?)
(庶子として公爵家に引き取られ、公爵令嬢となった時から?)
(それとも……私が生まれたこと自体が、間違いだったの?)
(私は……いったいどうすればよかったの?)
絶望が心を覆いつくし、涙で視界が滲む。
その女を処刑せよと叫ぶ周囲の声が、ガンガンと耳にこだまする。
(神様、いったいどうして……こんな残酷な仕打ちをなさるのですか?)
(もしも慈悲をかけていただけるのなら、どうか、もう一度私にチャンスを……)
合図とともに、断頭台の刃がよりいっそうきらめく。
ヒュッと風を切る音がして、そして……。
「…………ひゃあぁぁぁ!」
あまりの恐怖と衝撃に、オルタンシアは悲鳴を上げて飛び起きてしまった。
その拍子にバランスを崩し倒れ込み、したたかに床に尻を打ち付けてしまう。
「ぎゃんっ!」
「オルタンシア、大丈夫か?」
すぐに助け起こされ、オルタンシアは混乱しながらも相手を見上げた。
そして、そこにいた人物に驚いて目を丸くする。
「お、お父様……?」
抱き起してくれたのは、先代ヴェリテ公爵――オルタンシアの義父だった。
オルタンシアが冤罪で捕らえられる少し前に、彼は病で亡くなったはずである。
(あぁ、ここは天国なのかしら。私は処刑されて、天国でお父様と再会して――)
「あぁ、お父様だ。そう呼んでくれて嬉しいよ、オルタンシア。今日から私たちは家族だからね」
…………ん?
何だろう。父の言葉は少しおかしい気がする。
その時になってやっと、オルタンシアは少し落ち着いて辺りを見回すことができた。
ガタゴトと音を立てて、窓の外を景色が流れていく。
この空間は、見覚えがある。ここは……ヴェリテ公爵家所有の馬車の中だ。
それに、「今日から私たちは家族だ」って……。
(あれ、どういうこと……? まるで、昔みたいに――)
おそるおそる、オルタンシアは自分の体を見下ろした。
記憶にあるよりも、ずっと小さな体。
まるで、幼い子どものような……。
戸惑うオルタンシアを軽々と抱き上げ、父は馬車の席へと戻してくれる。
「見てごらん、あれが君の新しい家だ」
馬車が向かっているのは、オルタンシアが公爵家に引き取られてから過ごした邸宅――ヴェリテ公爵邸だった。
馬鹿みたいに大きな屋敷を前に、オルタンシアは開いた口が塞がらなかった。
(……あれ、このシチュエーションには覚えがあるぞ!?)
「今日から君は私の娘、公爵令嬢になるんだ。息子は気難しい子だが、君ならばきっと上手くやれるだろう。期待してるよ、オルタンシア」
記憶にあるのとそっくり同じ言葉を、父の口は紡いでいく。
その声を聞いて、オルタンシアはくらりと眩暈がした。
(そんな、嘘でしょ! 確かにやり直したいと思ったけど、まさかここからなんて!)
「公爵閣下、並びにオルタンシアお嬢様のご到着です!」
呆然としている間に馬車は公爵邸の門を抜け、オルタンシアは父に手を引かれ馬車を降りる。
すると、左右にずらりと公爵邸の使用人が勢ぞろいしていた。
その中央にいる人物は、じっと冷めた瞳でオルタンシアを見つめている。
「オルタンシア。彼が私の息子で君の兄となるジェラールだ」
再び相まみえた義兄は、オルタンシアが処刑される直前に見たのと同じく絶対零度の瞳で、じっとこちらを睨んでいた。
……この光景も、よく覚えている。
「一度目の時」はその瞳がとにかく恐ろしくて、オルタンシアは彼と向き合うことを避け続けていた。
(あぁ、神様。これは罰なのですか? それともチャンスなのですか?)
まさか、公爵家に引き取られた日に時間が戻っているなんて!!
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