第100話 帰り道
いつものことながら、探索を終えて地上に戻ってくれば夕刻。外へ出たのと同時に異様な騒がしさが僕たちを出迎えてくれた。次いでやってきたのは香ばしく焼かれた肉の食欲をそそる香りだ。大迷宮前の〈セントラルストリート〉は沢山の人で賑わっていた。
それはまるでお祭りのような活気ぶり……いや、事実、その賑わいは祭りによるものだ。
「お、もう祭りの準備は完全に終わったんだな」
「だね」
「皆さん楽しそうですね!」
所謂、前夜祭。
多種多様で大掛かりな祭りの準備終えた人たちと、それが終わるのを待っていた人たちとで行われる、この都市に住んでいる人間たちの特権。
長ったらしい準備がすべて終われば後は思う存分に楽しむだけだ。
この前夜祭を皮切りにこの迷宮都市は三日三晩眠らぬ不夜の都市となる。
誰もが待ち焦がれ、楽しみにしてた年に一度のお祭り〈迷宮祭典〉が始まる合図であった。
この時期お決まりの風景を目の当たりにして、僕たちは祭りが始まるのだという実感を強く覚える。
無意識に探索者協会へと延びる足も弾んでいた。
「本日の探索もお疲れ様でした。またのご利用をお待ちしてます!」
いつも通り、三人で探協の換金所へと訪れて今日の成果を換金していく。今日も上々の実入りで、全員の頬が綻ぶ。
そのまま分配を終わらせれば探協の前で解散だ。
出入り口前でそわそわとしているグレンに僕は思わず話を振った。
「今日もフィレナさんのところへ?」
「ま、まあな」
「本当にグレンくんはフィレナさんにぞっこんですね!」
照れくさそうに頷いたグレンを見て、ルミネが目を輝かせる。本当に彼女はこの手の話になるといつも以上に元気になった。
そんなルミネにグレンは反撃とばかりに言葉を続けた。
「さすがの俺もルミネには負けるよ」
「えぇっ!?な、なんのことですか!?」
「あはは、自分のことになると途端に弱くなるな」
林檎のように顔を真っ赤にさせて狼狽えるルミネ。それを心底おかしそうにグレンが笑う。
グレンがなんのことを言っているのかはいまいち分からなかったが、何よりも二人が和気藹々と話しているのを見て僕は嬉しかった。
依然として顔を紅潮させながらああでもない、こうでもないと怒っているルミネをグレンは軽くあしらう。
そんな二人のやり取りを眺めていると、グレンは思い出したかのように駆け出した。
「おっと、いつまでもルミネにかまってる場合じゃなかった。ルミネ、後はテイクに構ってもらえよ」
「う、うるさいです!グレンくんの馬鹿っ!!」
「あはは……ちょっと揶揄いすぎたな。悪いテイク、ご機嫌取りは任せた。俺はもう行くわ」
「うん、分かった。ゆっくり休んでね、また三日後にここで」
「おう」
怒り狂うルミネを躱してそそくさと飲み屋街の方へと消えていくグレン。それを僕は見送って、まだ息が荒いルミネを宥めに入る。
「ほらルミネ、もうグレンはいなくなったからそろそろ落ち着いて?」
「は、はい……」
「はい息吸って~」
「すぅ……」
「はい吐いて~」
「はぁ……」
何度か深呼吸を促してあげれば彼女は平静を取り戻していく。そして完全に気が落ち着いたところでルミネは恥ずかしそうに謝った。
「少し取り乱しちゃいました、すみません……」
「気にしなくていいよ、それじゃあ僕たちもそろそろ解散しようか。明日から休息日だからルミネもお祭り楽しんでね」
「えっ、あっ……」
僕は笑顔を返すと、そのまま軽く手を振って歩き出そうとする。
なんとなく周りの楽し気な雰囲気に充てられて、出店でも軽く見ながら帰ろうか、なんて考えを巡らせていると急に後ろから手首をグイっとつかまれた。
「ん?」
急な抵抗感に僕は首を傾げながら振り向くと、そこには顔をうつ向かせて手首をつかんでいるルミネの姿があった。
彼女は特に何を言うでもなくしっかりと僕の手首を掴んで離そうとしない。
───何か言い忘れたことでもあったのかな?
なんてことを思いながら、彼女の言葉を待つが少ししても何か言葉が続くわけでもない。こちらから何か言葉をかけるべきかどうか迷っていると、ルミネは決心したように顔を上げた。
「その!途中まで、送ってもらえませんか……」
「え?ああ、うん。いいよ」
勢いの割に、放たれた言葉は弱弱しく、か細かった。
何か言いたいけれど、まだ言葉にするには勇気が足りず時間が欲しい。そんな雰囲気を感じ取って、僕は彼女のお願いを快く引き受けた。
徐に手首は離されて、どちらともつかずに歩き出す。
実際に歩き始めると〈セントラルストリート〉の賑わいが直に感じられて、楽し気な雰囲気に心躍る。その半面で隣をあるくエルフの少女は口数が少ない。
普段の彼女ならばこの風景に目を輝かせながら楽しみそうなものだけれど、どうにもグレンと別れてから様子が急変した。
「ねぇルミネ、あれ美味しそうじゃない?」
「は、はい。そうですね」
「うわ、なんだあのお店……ルミネも……」
「は、はい……」
適当に話を振ってみるがみるが絶望的に盛り上がらない。
ルミネは心ここにあらずと言った感じで、ずっと何かを考えるように黙り込んでいた。
その後も話を振ってみるが反応はよろしくない、段々と声をかけるのも憚られるような気がして、ついに無言で楽し気な通りを歩く形になってしまう。
道中、何か彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうかと、最近の自身の身の振りを思い返してみるが思い当たるものはない。
考えれば考えるほどに、分からなくなる。そして頭を悩ませていたら、いつの間にか住宅街へと続く分岐路まで歩いてきてしまっていた。
ルミネは「途中まで」と言っていたが、肝心の何か話したい事をまだ彼女の口からは聞けていない。区切りとしてはここで別れるのが丁度いいのだが、如何せんこのまま別れるというのも気持ちが悪かった。
〈セントラルストリート〉から少し離れたこの分岐路までくると、人通りは少なく、対比的に辺りはとても静かだ。お互いの息遣いまで聞こえてきそうなほど、僕たちの間に会話はなく、徐に隣を歩いていたルミネは立ち止まった。
それにつられて僕も足を止めると、彼女は綺麗な瞳でこちらを見る。
今度こそ何かを決心したような、覚悟を決めたようなその表情。それでいて不安そうなどこか落ち着かない様子の彼女の言葉を僕は待つ。そして少しの間を置いてルミネは言葉を紡いだ。
「て、テイクくんは〈迷宮祭典〉の期間中、な、何かするんですか……?」
「え?そうだな、普通にお祭りを見て回ろうかな……特にこれと言った予定は無いよ」
「ほ、ほんとですか!?」
僕の答えにルミネは強張っていた表情を緩めて明るいものにする。その妙な勢いに僕は無言で頷いた。
例年は、アリシアと一緒にお祭りを見て回っていたけれど、今年の彼女は現在進行形で大迷宮の奥底───最前線へと挑んでいる最中だ。長い遠征になるという話だったし、今年は〈迷宮祭典〉を一緒に回ることはできない。
そうなると他に誰かと回る予定もないので、一人寂しく散策することになる。
去年のことを思い返していると、ルミネは詰め寄ってもう一度確認をしてくる。
「本当の、本当に、何も予定は無いんですね!?」
「う、うん……残念ながら……」
その鬼気迫る迫力に僕は思わず後ずさる。
しかし、目の前のエルフの少女はそんなこと知ったことかと言わんばかりに言葉を続けた。
「そ、それなら〈迷宮祭典〉がある二日間は私と一緒に───二人で回りませんか!?」
「一緒に回ってくれるの?」
「はい!!」
「……それはすごく嬉しい提案なんだけど、いいの?」
「な、何がですか!?」
一瞬で不安そうに表情を曇らせるルミネに僕は言葉を続けた。
「いや、ロビとかラビ……家族と一緒に回らなくていいのかなと……?」
ルミネにはまだまだ遊びたい盛りのちびっこが三人もいるのだ。それを無視して僕が彼女と一緒にお祭りを回るのは気が引けた。
そう思って聞いた質問だったのだが、ルミネは一転して得意げな笑みを浮かべる。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です!お祭りの間はおじいちゃんが子供たちの面倒を見てくれることになっているんです!」
「そうなの?」
「はい!なので全く問題はありません!!」
自信満々に言い切るルミネ。彼女がそう言うのならば本当に大丈夫なのだろう。ならば答えは決まっていた。
「それじゃあ、明日と明後日は一緒に回ろうか」
「っ……!はいっ!!」
僕の言葉にルミネは花が咲いたような満面の笑顔を浮かべると、急に走り出してしまう。
慌てて追いかけようとするが、次に振り返って放たれた彼女の言葉に僕は足が止まってしまう。
「やっぱりやめたはナシですよ!?」
「そんなことしないよ」
「ならよかったです───」
それは僕が今まで見てきた彼女の中で一位、二位を争うほどに魅力的で、心臓を鷲掴みされるような破壊力の可愛さであった。
「───デート、ですね」
「っ!!」
振り返って妖艶にほほ笑む彼女に僕は何も返すことができない。
そして茫然とその少女を見つめていると、彼女は「それではまた明日!」と言って住宅街の方へと走っていった。
それをただ見送って、僕は無意識に今しがたの彼女の言葉を反芻する。
そしてとても当たり前なことに思い至る。
───確かにこれはデートだ。
よろしければ下にあるブックマークや評価をお願いいたします。