【8ー2】〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイのドキドキ星占い☆
いよいよ学祭まであと二日となった日の夜。モニカは、とある豪奢な屋敷に招待され、屋敷の使用人の美少年達にかしずかれていた。
居心地悪そうにソファの上でもじもじしているモニカの横では、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが足を組んでふんぞり返りながら、美少年達から酌を受けている。
そして、向かいの席には銀髪の妙齢の美女が座り、やはり同様に美少年達にかしずかれ、ワイングラスを傾けていた。
この銀髪の美女こそ屋敷の主人にして、モニカやルイスと同じ七賢人の一人〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイである。
〈星詠みの魔女〉は、夢見る少女のようなあどけなさと、成熟した女性のたおやかさを違和感なく両立させた年齢不詳の美女だ。
だが、彼女は七賢人に就任してから既に三十年以上が経っており、現在の七賢人における推定最年長である。
そんな彼女が、ルイスを介してモニカをこの屋敷に呼び出したのが今朝のこと。
メアリーはどうしてもモニカと話をしたかったらしいのだが、現在、モニカは山小屋を出て、極秘任務に当たっている最中である。その任務内容はメアリーにも言えない。
故に、モニカはセレンディア学園の制服ではなく、質素な私服に身を包み、ルイスに協力してもらって寮を抜け出し、こうしてメアリーの屋敷を訪れたのだ。
「あ、あの、ほ、本日は、お招きいただき、あり、ありありありありありがとうござざざざ」
モニカが強張った顔で挨拶の言葉を口にすると、メアリーはコロコロと鈴を鳴らすように笑った。
「やぁねぇ、そんなに硬くならないで良いのよぉ〜。そうだわ、ペルル・ダンデの赤ワインはいかが? 準成人だからワインは飲めるでしょぉ? 軽く飲んだら、きっと緊張もほぐれるわよ〜」
使用人の美少年がワインボトルを手に、さっとモニカの横に立つ。
それをルイスが片手を振ってあしらった。
「まともな会話をお望みなら、やめておくことですな。〈沈黙の魔女〉殿は酒を飲むと、大変なことになる……以前、私の屋敷で飲ませた時は散々でした」
「あうっ……」
辛辣なルイスの言葉にモニカは胸を押さえた。
第二王子の護衛任務が決まり、その準備でルイス・ミラーの屋敷に滞在していた際、モニカは誤ってルイス秘蔵の酒を飲んでしまい……それはもう大変なことになったのだ。主にルイスが。
「あらぁ、残念だわ〜。じゃあ果実水をどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
モニカは美少年に注がれた果実水をチビチビと飲みつつ、部屋をちらちらと観察した。
〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイは元々侯爵家の人間であるし、長年七賢人として国に仕えてきただけあって、その屋敷は豪華絢爛と呼ぶに相応しいものだった。
特にすごいのが窓だ。とにかくガラスが贅沢に使われており、外の景色がよく見える。
彼女が「星詠み」をするのに必要だからこそのガラスなのだろうが、それにしても贅沢なつくりをしていた。
「あ、あのぅ、それで、きょ、今日は、ど、どのような、よっ、よっ、用件、で……」
モニカがおずおずと訊ねると、メアリーはグラスをくいと傾けて、柔らかく微笑む。
「あらやだ、別に大した用事があるわけじゃないのよぉ。久しぶりにモニカちゃんとお話がしたかっただけで」
そう言ってメアリーは片目をくるりと動かして、ルイスを見る。
「ルイスちゃんは特に招待してないんだけど……その綺麗な顔に免じて許してあげるわ。あたくし、綺麗なものは好きですものぉ」
「はっはっは、それは恐縮ですな」
恐縮と言いながら、これっぽっちも恐縮していない態度のルイスに、メアリーはほぅっと切なげな顔で溜息を吐いた。
「あぁ、残念だわ。ルイスちゃんがあと十五年若かったら、側仕えにしてあげるのに」
「それはそれは……では、次にお会いするまでに、口髭の一つでも生やしておきましょうか」
「まぁ、可愛くない!」
「成人男性に可愛さを求められても困りますな」
しれっとルイスが応じれば、メアリーは「これだから、殿方は……」と物憂げな顔で口元に扇子をあてがう。
メアリーもルイスも曲者ではあるが、文句無しの美男美女である。美少年達にかしずかれながら談笑を交わす様は、非常に絵になっていた。
本当に何故自分が招待されたのだろうと、モニカは密かに頭を抱える。誰が見てもモニカだけが場違いだ。使用人達も、モニカがルイスやメアリーと同じ七賢人だとは、にわかに信じがたいだろう。
モニカがグラスを両手で握りしめてモジモジしていると、メアリーはモニカに親しげな笑みを向けた。
「あたくし、モニカちゃんのことは気に入っているのよぉ? 七賢人で女の子はあたくし達だけでしょう? だから、もっと仲良くなりたいのよぉ」
「は、はぁ……」
曖昧に相槌をうつモニカの横で、ルイスが何か言いかけて口を閉じた。
大方「その年で『女の子』は無理があるのでは」とかなんとか言いかけたのだろう。それでも、その言葉を飲み込む程度に、ルイスはメアリーに気を遣っているようだった。
何せメアリー・ハーヴェイは推定最年長の七賢人であり、この国で唯一「預言者」と呼ばれる存在だ。
魔術師達の頂点に立つ七賢人は、それぞれに得意な魔術がある。
モニカが無詠唱魔術、ルイスが結界術に長けるように、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイは占星術を得意としていた。
占星術を学ぶ者は比較的珍しくないのだが、その中でもメアリーの占星術の精度は群を抜いている。
それ故に、彼女は「預言者」と呼ばれ、国王からも絶大な信頼を得ているのだ。七賢人会議でも、彼女が主にその場を取り仕切っている。
モニカはふと思いついた。もしかしてメアリーは、モニカが七賢人会議をサボり続けていることを、遠回しに咎めているのではないだろうか?
なにせ、モニカが七賢人に就任してから約二年。モニカは一、二ヶ月に一度行われる七賢人会議に、片手の指の数しか参加したことがない。
「あ、あの、さ、最近は、会議に顔を出せてなくて、す、すみません……でした……」
モニカが先手を打って謝ると、メアリーは大らかに笑った。
「いいのよぉ、あんなもの無理に出なくたって。大体いつもルイスちゃんと〈宝玉の魔術師〉が嫌味の応酬してるだけで、〈茨の魔女〉は呑気に野菜食べて、〈砲弾の魔術師〉はいびきかいてるんだから。あと、〈深淵の呪術師〉に至っては、出席率がモニカちゃんの半分以下だから」
七賢人のイメージを、木っ端微塵にしそうな現実である。
「そんなにおどおどしなくても、モニカちゃんは七賢人の中でも真面目に仕事してるほうよぉ? そうそう、この間はうちの弟子達の観測記録の計算、手伝ってくれてありがとう〜。もう、大助かり〜」
モニカが山小屋に篭っていたころ、引き受けていた仕事の一つが、メアリー・ハーヴェイの弟子である天文学者達が観測した星の軌道の計算だ。それはモニカが引き受けていた仕事の中で、最も難易度の高い物だと言っても良い。
それだけにやりごたえのある仕事だったので、モニカもよく覚えていた。
「確か、一つの星の記録を十年分遡ってました……よね。何回も再計算して。あれって、どうなったんですか?」
密かに気になっていた点をモニカが訊くと、メアリーはゆるゆると首を横に振る。
「それがぜーんぜん。やっぱり、観測結果と占い結果がズレるのよねぇ」
メアリーは星の色、瞬きの回数、軌道、他の星との距離で国の未来や人物の未来を読み取る。
モニカにできるのは観測結果の計算であって、その結果が誰の運命を意味しているのかまでは知らない。モニカはあくまで観測結果から軌道を計算して、その結果をメアリーに提供しているだけだ。
ただ、メアリーが十年ほど前から一つの星の動きに違和感を覚えていることだけは知っていた。
「……あの……〈星詠みの魔女〉様が気にしているあの星は、どなたの星だったんですか?」
「第二王子フェリクス・アーク・リディル殿下よ」
思わず、モニカは息を飲んだ。ルイスも表情こそ変えないが、眉がほんの少しピクリと引きつっている。
そんな二人の反応に気づいているのかいないのか、メアリーは頬に手を添えて、憂いのため息を吐いた。
「あたくし、国の未来と王族に関する部分を特に重点的に〈視て〉いるのだけど……もう十年ぐらい前から、フェリクス殿下の運命だけが読めなくなってしまったのよぉ」
メアリーの言葉に、モニカの胸は静かにざわついた。
メアリーの星詠みは万能ではないし、全てが見通せるわけではないことは知っている。
それでも、このタイミングでフェリクスの運命だけ読めないという現実に、モニカは妙な胸騒ぎを覚えた。
ケイシーによる暗殺未遂、チェス大会の侵入者……不穏なことが続く中、二日後には学祭を控えているのだ。
(……なんか、嫌な予感がする)
モニカが胸元を押さえて俯くと、メアリーはずいっと身を乗り出してモニカの顔を覗きこんだ。
メアリーのどこか焦点の合わぬ水色の目が、水面のようにモニカを映す。
「あ、あの、〈星詠みの魔女〉様……?」
「なんだか暗い顔ねぇ〜。ふふっ、そうだわぁ、お仕事手伝ってもらったお礼に、モニカちゃんの運命を少しだけ〈視て〉あげる」
メアリーはゆるりと立ち上がると、薄絹の衣を引きずりながら窓辺に立つ。
そして、その澄んだ瞳で夜空の星を見上げ──モニカの運命を告げた。
「今のモニカちゃんは恋愛運絶好調! 素敵な殿方と熱〜い夜を過ごしちゃうかも☆」
モニカは今にも吐きそうな顔で項垂れ、両手で顔を覆う。
「…………間に合ってますぅぅぅ」
なにせ数日前、チェスを前提に婚約を申し込まれたばかりである。
七賢人の予言にしてはチープですなぁ、とルイスが呆れ顔で呟いた。