【5-2】快活な令嬢
高等科二年の合同お茶会演習は、中庭にテーブルセットを複数出し、ティーパーティという形式で行われる。
このティーパーティで振る舞われるお茶は、校舎一階にある茶会準備室で用意することになっていた。
使用人がいる者は、使用人がここで茶を淹れるのだが、モニカの場合は自分で淹れなくてはならない。
モニカが茶を振る舞う順番は一番最後になるので、茶会の途中で抜けて、この準備室で茶を淹れるのだが、茶会の席に茶葉の缶を抱えていく訳にもいかない。なので、事前に準備室に缶を運び込むことにした。
準備室では既に、何人もの使用人達が茶の準備をしている。制服を着た人間は殆どいない。
モニカは気まずい思いをしつつ、こそこそと準備室に入り、茶葉の缶を置く場所を探す。
(……えっと、他の人のと混ざらないような場所は……)
キョロキョロと準備室の中を見回していると、誰かがポンとモニカの肩を叩いた。
「ねぇ」
「っ、ひぃっ……は、い……っ」
モニカがビクビクしながら振り向くと、一人の女子生徒が少しだけ驚いたような顔でモニカを見ている。恐らく、モニカの大袈裟な反応に驚いたのだろう。
モニカの肩を叩いたのは、明るい茶の髪の溌剌とした雰囲気の少女だ。その顔にモニカは見覚えがあった。
(えっと、確か……)
彼女の名前を思い出そうとモニカが苦戦していると、茶髪の少女はモニカの顔を見てパッと顔を輝かせる。
「あっ、やっぱり! 隣のクラスのモニカ・ノートン嬢よね? 私は、ケイシー・グローヴ。今日のお茶会で同じテーブルなんだけど、覚えてる?」
実は名前はうろ覚えだったのだけど、モニカはコクコクと頷いた。
「きょ、今日は……よろしく、お願いします、グローヴ様」
「そんな堅苦しい呼び方しなくていいわよ。ケイシーって呼んで。代わりに貴女のことをモニカと呼んでもいいかしら?」
モニカが赤面しながら頷くと、ケイシーは「ありがと!」と白い歯を見せて快活に笑った。
他の令嬢達と比べると、サバサバとした雰囲気の気さくな令嬢である。
ケイシーはモニカの腕の中にある茶葉の缶に目を向けた。
「貴女も缶を置きにきたの? 私もなの」
ケイシーは手にした水色の缶を軽く振ってみせる。缶の中で、サラサラと茶葉が揺れる音がした。
「やっぱり、みんな使用人にお茶を淹れさせるのねぇ。うちは田舎の貧乏貴族だから、使用人を連れてきてないのよ」
なるほど確かにケイシーは化粧っ気が無く、髪も簡素に束ねているだけだった。スカーフや手袋も、華美な装飾を施していない質素な物である。モニカと殆ど変わりない。
とびきり美人という訳ではないが、愛嬌のある少女だ。令嬢らしからぬ快活な笑顔は、見ていて気持ちが良い。
ケイシーは茶葉の缶を棚に置くと、缶の下に自分の名前を書いた紙を挟んだ。なるほど、そうすれば他の人と間違われる心配もないだろう。
「モニカも使う? 余分な紙あるわよ」
「あ、ありがとうございます……」
モニカはおっかなびっくり紙を受け取ると、しばし考えて紙の端を数回折り、蛇腹状の折り目をつけた。
これならば、ケイシーのように名前を書かずとも、紙の端の特徴的な折り目が目印になる。
モニカは端を折った紙を下に敷いて、その上に茶葉の缶を三つ並べた。これで他の人に間違われることもないだろう。
「お茶葉、三種類も用意したの?」
モニカの缶を見て、ケイシーが目を丸くする。
モニカはもじもじと指をこねながら答えた。
「……だ、誰かと、かぶったら、困るかと、思って……」
モニカの答えにケイシーは感心したように、ポンと手を叩いた。
「あー、そうかー、そういう可能性もあるのかー。いやぁ、私、被った時のことなんて、全然考えてなかったわ。貴女、賢いのね」
「い、いえ……」
被った時のことを考えてくれたのは、イザベル嬢である。
改めてイザベル嬢に感謝しつつ、モニカは気になったことを訊ねた。
「あ、あの、お茶会に出席される、もう一人の方……」
「クローディア嬢?」
「そ、そうです、その方は……どんなお茶を用意されたので、しょうか……?」
ラナが用意したお茶の種類は事前に確認している。ケイシーが用意した物も、今この場で確認できた。
となれば、残るはあと一人。黒髪のクローディア嬢である。
クローディアはケイシーと同じクラスの筈だから、ケイシーもお茶の種類を聞いているのでは……と期待した上での質問だったのだが、ケイシーはげんなりした顔で首を横に振った。
「いやー、ごめんなさいね。彼女とはクラスで全っ然、話をしないものだから。さっぱり分からないわ」
そこで言葉を切り、ケイシーは眉をひそめ、苦々しげに呟く。
「……というか、彼女に話しかけられる子なんて、うちのクラスにはまずいないわよ」
「…………?」
ケイシーの言葉の意味が分からず、モニカが不安そうな顔をすると、ケイシーはモニカを励ますような笑みを向けた。
「まぁ、今日はお互いに頑張りましょ!」
「は、はい……よろしく、お願いします」
ケイシーは話しかけやすい気さくな令嬢だし、ラナも気心のしれた相手だ。
それなのに、これから挑むお茶会に妙な不安を感じる。
一体、クローディア嬢とはどのような人物なのだろうか?
(ま、まさか……イザベル様の言っていた……あ、悪役令嬢……っ!?)
出会い頭に高笑いをされたらどうしよう。
とにかく、強い心を持って、向き合わなくては……とモニカは人知れず固唾を飲んだ。