第八十六話 トーナメント本選のお話 魔王vs蒼藍者
ワァァァアアアァアアアア!!
客席から大きな歓声が響き、闘技場内を席巻する。
「【異形の偽腕】【覚悟の一撃】【惨劇の茜攻】」
「【武器増殖】」
俺が『偽腕』を展開し、赤黒の瘴気を纏うと同時に、ミスターブルーもスキルを発動させた。
彼の右手のクナイが、一瞬で両手に四本ずつに増える。
……武器増殖。
そのまんまの効果のスキルらしいな。
「しぃっ!」
一挙動で投げられる
全て俺の身体を貫く軌道になっているそれを、とりあえず両手に出現させたナイフできっちり弾き返す。
最初の一撃は【覚悟の一撃】が乗ってるから、できれば直でぶち込みたかったんだけど。
相手が遠距離戦仕掛けてくるなら仕方ないか。
……しかし七本、ね。本体となる武器を手元に置いておかないと増殖ができないとか、まぁそんな理由だろうけど。
キンッ、と金属の澄んだ音がして、俺とミスターブルーの中空あたりで飛び道具がぶつかり――
「おおう、流石の攻撃力やな。耐久値クソ低い投げナイフが、オレのクナイに勝つんかいな……。一応、破壊値はめっちゃ上昇させとんのやけど」
破壊値とは、相手の装備なんかの耐久値を”削る”数値のこと。
俺のナイフは相手のクナイをこともなげに砕いて、ミスターブルーへと迫った。攻撃力を上げると、相対的に武器が破壊されにくくなるのか。
赤黒い尾を引いて鋭く飛ぶそれを、【ハイステップ】で右にかわすミスターブルー。
鎧着てんのに、避けるのかよ。
……まあ正しい判断だったとは思うけど。今のが当たったらそこで試合終了になりかねない。
それは困るんだよなぁ。
……まだまだ、楽しませてくれないと。
ヒュッ
【ハイステップ】の移動に合わせて、俺は更にナイフを一本投擲。
スキル後硬直を狙ったつもりだったんだが、更に【ハイステップ】を重ねてかわされた。
慣性の法則を無視して、今度は左にすべるように飛ぶミスターブルー。
……そういえばフレイが、【ハイステップ】は【ステップ】と違って硬直が無いに等しい、とか言ってたか。
ちょっと厄介かもな……
『おおっと、ミスターブルーさん! 今のを避けましたか! 素晴らしい反射神経ですね』
『ええ。そして完全に相手の隙をついて、ナイフを投擲するクノさんもやはりタダ者ではないですね。というか僕、クノさんが本当にナイフ使ってるところ初めて見ました』
『前々から噂にはなってましたが、実際にみると凄いの一言ですよね。これは稀代の投擲対決となるのか?』
『ミスターブルーさんも、予選では積極的に接近戦をやっていましたが。やはり本来の持ち味は遠距離からの”武器”による投擲と、華麗なる回避による削りスタイルですね! 特にあの鎧は、重装備でありながら”移動補助”効果のついた、そこらの服装備よりも移動に特化した異色のシロモノらしいですし。僕もあんなレア防具欲しいな……』
『ロキシ君、欲望が漏れてます』
ステージには、実況席の声と観客の歓声、そして鋭い金属音が響き、一体化している。
……てかあの鎧、別にマゾだから着てるとか、脱いだら凄い速くなるとか、そういう訳じゃないんだな。
【ハイステップ】で俺のナイフから逃げ回りながら、自身も反撃のクナイを投じてくるミスターブルー。俺はそれを、やはりきっちりとナイフで撃ち落とす。
投擲回数は俺の方が多いが、まあ『偽腕』のお陰だな。
ちなみに最初に出現させた剣は一旦全て仕舞っている。
……しかしこのままだと、【武器増殖】なんてスキルがあっちにある分、俺の方が不利か?
まあ、投擲に限ればの話だが。相手は、残弾無限っぽいよな……いやでもスキルだし、なにか制限があるか?
しかしそれを知らない以上、無限と考えといた方が無難だろうが。
俺は少し考えて、四本の『偽腕』に剣を出現させる。
『おお、またクノさんが剣を召喚しましたね。パトロアさん、あれはどうやっているのですか? あんないっぺんに、パッと出したり消したり』
『……プレイヤースキルです、としか。いや、ホントですよ? 多分ロキシさんにも同じ事ができるはずです。……消す時には普通もう少し時間がかかるものなので、そこだけはスキルでどうにかしているでしょうが』
『……クノさん、見た所アイテム名も唱えてないんですが』
『プレイヤースキルです』
『……このゲーム、プレイヤースキルでこんなに差が出る感じのものでしたっけ?』
『努力が報われるのはむしろ自然といえそうですが……まあクノさんは例外ですね、例外』
『運営側が例外とか言っちゃったよ』
『偽腕』で剣を構えた俺に対して、ミスターブルーは面白そうに笑う。
「お? なんや、不動の魔王様が近接戦か? 残念やけど、オレからは近づいたらへんでぇ?」
「や。ナイフの残りにも限りがあるしな。お前のクナイはもう、普通に剣で弾こうかと。……てかなにその【武器増殖】とか言うスキル。欲しいわぁ」
「あげられへんでぇ? 精々悔しがったまま、負けろや」
「それは無い」
ちなみにこの間も、ナイフとクナイが二人の間を飛び交っている。
俺は先に口にしたように、飛んでくるクナイは全て剣で弾いていく。
どうやらミスターブルーが一度に投げられるクナイの限界数は八本のようだ……カサネ兄さんなら倍は投げるな。
しかも、これより鋭く、速く、重いものを。ダーツの矢限定だけど。
しかし剣で弾くたび、ミスターブルーの顔がニヤニヤと歪むのは何故だろうか?
……少し考えて、思いあたる。
「なあ、もしかしてさ。この剣を破壊しようとか考えてるのか?」
「はっ、そうかもしれんし、そうやないかもしれんなぁ」
「成程、破壊が目的か」
「あっさり断定せんといてくれる!?」
「口調で確定。……まあそれはともかく、そんなつまらんことやめて、もっと直接俺にぶつかってこいよ。それとも、お前の本気はその程度か?」
「残念やけど、挑発には乗れへんで? 俺の強さの秘訣は、執拗なまでの相手の無力化やからなぁ。常に、全力やで?」
そんなことをいうミスターブルーに。
俺は急速に、失望した。
「……マジで? 本当に武器壊すだけなの?」
「いや、ちゃんと壊した後は本体もおいしく頂くつもりやし。”受け”の方も充実しとんで? 見てみーな、この華麗な回避」
「いや、その回避は汚い。いろんな意味で」
「お? お前さん一歩も動いてへんクセして、そういうこと言うん? ひっどい人やなぁ。そんなん言うなら、お手本見せてみぃっちゅう話やねんけど」
「いいぞ?」
「お」
俺があっさり言うと、クナイの弾幕が、止まる。
そろそろミスターブルーの底も見れた頃だろうか? 自分でいってたしな、大丈夫か。
じゃあ、回避の”お手本”だけ見せてあげたら終わらせることにしますかね。
「どうした? 投げてこいよ」
「……へぇ、魔王様が避けてくれんの。嬉しいわぁ……そこまで言うんやったらこれ――――避けてみぃ! 【武器増殖】【拡大増殖】ッ」
ミスターブルーが、クナイを八本に増やして、投げる。
右眼、首、鎖骨、右脇、心臓、左脇腹、右腹部、右腿か。【危機察知】によって一瞬で到達箇所を見抜く。
全身に隈なく狙いを付けられるのは、VRでこそなんだろうね……リアルで出来そうな人も知ってるけど。
回避体勢を取ろうとして、クナイが中空で二倍に分裂するのを確認。
被弾箇所も二倍……いや、十六本中、四本は何もしなくても外れるな。
「俺の切り札、【拡大増殖】や。十六本やで? 避けれるもんなら避けてみぃ――」
ミスターブルーの声が、聞こえた気がした。
そしてその声が次の瞬間には、驚愕に染まるのも。
「……近接で剣振られたり、遠距離でデカい魔法ぶっ放されたら、避けきれないんだけどさ。まだクナイレベルの飛び道具なら、なんとかなるんだよな……当たるまでにある程度間があるし、得物も小さければ、被弾箇所も当然小さい点の攻撃だし」
「な……」
彼が驚いているのは、俺が僅かに時間差でくるクナイを、
それとも、俺が右手で握っている、蒼いクナイに対するものだろうか。
……。
……うん、そうなんだ。
残念なことに、あれだけ大口叩いといて、一本だけ避け切れなかったんだ。
仕方なく掴み取ったが、普通にダメージ受けました。
【不屈の執念】がバリバリ発動してます。
「……ちっ。やっぱし回避系のスキルは持っとったか。無詠唱もできるんかいな」
「いや、素で避けたんだけど」
「しかもクナイ掴むて……凄まじい神経しとんな。カウンタースキルか?」
「いや、素で掴んだんだけど」
失礼な蒼い人だ。
スキルなんて使ったら、美しくないじゃないか。
『パトロアさん、今、クノさんスキル使ってました?』
『使って、ないです。……単純にAgiが高くても、スキルなしで今の回避は無理っぽいんですがねー、なんて』
『……ですよね。完全に全部紙一重でかわしてましたし。しかもそれを連続で。クナイとクナイの間を上手く使って』
『あれ、本当に人間ですか? ちょっと動きが正確すぎて、機械じみてますよ……綺麗は綺麗でしたが』
『回避盾のお手本にしたいですよね……』
「……ま、まあええわ。まだ勝負は全然終わっとらへんわけやしな」
ひきつった笑みを浮かべながらクナイを向けてくるミスターブルーに対して俺は、
「いや――終わりだよ。【斬駆】」
全てのMPを込め、右手の『黒蓮』を、振るった。
『な――――!?』
『予選とは、桁違いな――――』
ビュオオウッ!!
赤黒の光が、目にも止まらぬ速さで空間を蝕んでいく。
その長さは、広いステージの端を掠める程。
【不屈の執念】によって防御無視効果の付加された50m級の、文字通り死の斬撃だ。
「――っ【多段ジャンプ】ッ!」
己の本能に従ってか間一髪、上に飛んだミスターブルー。
その足元をぬらり、と蝕む禍々しい瘴気。一瞬でも判断が遅れていたら、掠っただけでも即死だっただろう。
その剣圧たるや、ミスターブルーが咄嗟に動けたことが不思議なくらいの、圧倒的な暴力の域。
極振りの攻撃力は、伊達じゃない。
その不意打ちにしてはあまりにも強大すぎた一撃をしのぎ、
ほっと息を緩めたミスターブルーを、誰が責められよう?
顔を上げた彼を待っていたのは、視界を埋め尽くす、黒いナイフだった。
「あ、ぁぁぁあああああああああぁぁぁぁ―――」
――次は、もう少し楽しませてくれる人が相手だといいなぁ。