<< 前へ次へ >>  更新
98/183

第八十五話 新衣装のお話

 予選終了後。


 休憩と言われども特にやることもないし、もう下の選手控室に行っていようと腰を浮かせる。

 同時に、隣でエリザがパン、と手を叩いてメンバーの注目を集めた。


「折角メンバーが全員揃っていることだし、ここで渡す物があるのだけれど。いいかしら?」


 俺の方を見ながら言ってくるので、すぐに了承し腰を降ろした。

 なんだろう、渡す……と考えて、思い当たる物が一つ。それは――


「もしかして、新しい装備ができたのか?」

「ご明察よ、クノ。リッカが来たら皆に渡そうと思っていたものなの。とりあえず現物を入れるから、ウインドウを出して頂戴」

「了解」


 各々がメニューウインドウをインベントリ表示にし、エリザの方に近づける。

 自分のウインドウからにゅっ、と黒い物を取り出したエリザが、一番近い俺から装備をウインドウに”入れる”。

 装備が吸い込まれていくウインドウ。これが一番手っ取り早い、アイテム交換の手段である。

 他のメンバーにも受け渡されるのを横目に、俺は自分の装備を確認する。


「ちなみにクノの剣だけ、作ってないわ。数量と材料の問題で、全部作りなおすのは面倒だったから。あとで『黒蓮』を渡してくれれば、それを強化するわね」

「なるほど、有難う」


 エリザの声に返事をして、再度目を落とす。

 新しい装備は、防具一式(「inner」「tops」「bottoms」「shoes」「others」の五種)+アクセサリ二つというラインナップだった。



「黒百合・弐式」(inner~others) 合計Str+214

「黒百合・縛」(アクセサリ)Str上昇+15%

「黒妖希石のペンダント」(アクセサリ)Str上昇+15%



 ……あれ? 最後のこれ。

 効果も違うし、”魔石”じゃなくて”希石”だけどそこはかとなく既視感が……

 疑問を覚えながらも、その場で着替えてしまうことにする。どんな服なのかもよく見てないが、エリザの作るものに間違いはないだろうし。


「おー! これいいですね!」

「ほう……流石はエリザだ」

「軽いです……」

「この防具ならヤタガラスさんも倒せたかもなのになー」


 いつの間にか、俺より早く着替え終わっていたギルドメンバー。こういう時はさっと着替えるのな。


 フレイは水色を基調とした布服の上に、革製の胸当てやベルトを身に纏ったスタイル。

 ホットパンツと黒いハイソックスの間の絶対領域が目に眩しい。


 カリンは以前の白コートから一転、白い改造着物のような衣装になっている。

 和風な雰囲気がカリンに良く似合っているな。フレイの胸当てのような防具らしいオプションは見えず、短い着物の裾からはスパッツが覗いている。


 ノエルは以前の神官のようなローブに、布を足して段を付け、豪華にしたような感じだ。

 それなのに「軽い」と言っているのは素材が良いせいなのか。ちなみに色は主に白で、アクセントに緑が入っている。


 リッカは魔法使いにも関わらず、何故かノースリーブのタートルネックにショートパンツという前衛のような格好。

 ……と思っていたら、「召喚!」とか言いながら黒地にオレンジの刺繍をしたハロウィーンみたいなマントを装着し始めた。

 ……楽しそうで何よりです。


 一通りメンバーの服装を褒めた後、俺自身も着替えることにする。

 着替えは簡単、ただ『装備』というボタンをクリックすれば光に進まれて一瞬で完了だ。


 メンバーの視線が、俺に集まる。


 そうして前の”似非執事服”から一新、今回の衣装はというと――


「……エリザは一体、俺を何処に進ませたいの? ねぇ?」


 inner:複雑な刺繍のなされた、シックな黒いシャツ

 tops:膝下まである豪奢な革製の黒コート(裾や襟には黒いファー付き。ボタンは無く、代わりにマントに使うようなチェーン状の留め具が付いている)

 bottoms:大腿部に細いベルトの巻き付いたレザーパンツ

 shoes:編み上げのゴツイ黒ブーツ

 others:黒革の手袋

「黒百合・縛」:身体の要所に巻き付いた、拘束具を彷彿とさせる黒いベルト


 全身黒尽くしで、そこはかとなく荘厳な雰囲気が漂う衣装。しかし不思議と、あまり重くは無い。

 革のような素材でできているのに、妙に光沢が少ないのも気になるな。まるで光を囚えて逃がさない深い闇のようだ。


 いや。

 そんな細かいことを言うよりもこれで伝わるかな?


 ……どう考えても完全素敵スタイリッシュ魔王様です本当に有難うございました。


 更に戦闘中は爬虫類眼だし、常時赤黒い瘴気に包まれてるしね。

 うーむ、いやなんというか。


「あら、やっぱり似合ってるわね。作った甲斐があったというものよ」

「いや、方向性が急におかしくなってないか?」


 くるっ、くるっ、とコートの裾をひるがえしながら回って肩や後ろの方も確認する。

 うん、黒い。


「安心しなさい。ただ貴方の一般的なイメージを強調しただけだから。……執事服も、捨てがたかったのだけどね。クノが魔王ルックをするという誘惑には抗えなかったわ」

「抗って欲しかった!」


 ……いや、なんだかんだいって俺もこういうのは好きだけどさ。

 好きだけどさ! ……でも、何かが間違っているような気がするんだよなぁ。


「本当はコートじゃくてマントにしたかったのだけど。動きづらいかと思ってやめたわ」

「そこはあんまり変わらない気がする」


 このコートも十分マントみたいなもんだろうに。

 裾長いよ。超ひるがえるんだけど。


 そんな魔王ルックの中、逆に安心できるアイテムが「黒妖希石のペンダント」である。

 シャツの中に入っていたので、取り出して確認してみるとやっぱり……


「エリザ、これさ」

「……べ、別にお揃いとか、そういう訳ではないのよ!? ただ、そのペンダントの意匠が気に入ったから、偶々参考ににしただけで! 偶々!」

「お、おう」


 エリザの胸元に光るペンダントと見比べ、コメントをしようとするのを、エリザが必死の剣幕で遮って来た。

 ……まあ。そこまで気にいってもらえたのなら、あげた方としても冥利に尽きるな。

 フレイが訝しげに首を傾げていたが、スルー。


「エリザ、有難うな。まあデザインうんぬんは予想外だったが、これはこれでアリだ」

「でしょう?」

「いつも通り着心地も最高だし。良い仕事してんなぁ」


 俺を皮切りに、メンバーもそれぞれエリザに声をかける。


「どんな素材使っても快適な着心地の装備作れるって、実はめちゃめちゃ凄いことなんですよねっ! 流石はエリザさんなのです。この服も可愛いですし……有難うございます!」

「いつも有難う、エリザ。これからも頼りにしているよ」

「有難うございます、エリザさん。この装備で、また明日から頑張りますね」

「エリザちゃんは天才だからねー。感謝してもしきれないよー」


「え、ええ……職人としては当たり前のことよ」


 ギルド全員に一斉に感謝され、少し恥ずかしそうにしながら答えるエリザ。それを微笑ましい気持ちで見守っていると……


「ところでクノさん。そろそろ行かなきゃじゃないですか?」

「あ」


 いつの間にか、15分程時間が経っていた。

 休憩は30分だから、そろそろ行かないと不味い。


「そうだな。じゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃいです。私の仇、とってくださいね!!」


 フレイの妙に力の籠った応援と、皆に見送られて、俺は観客席を後にした。



 ―――



『さぁ! それではいよいよ始まります、PvP大会、本選第一回戦第一試合! 対戦者は、青コォォオナァァァア! 予選で本選出場有力と目されていたフレイさんを破った「蒼藍者」ミスターブルー!』

『パトロアさん、青コーナーとかないですから』

『対して黒コォォォオナァアアア!!』

『黒コーナー!?』

『もはや予定調和のように本選まで駒を進めた、優勝候補の一人! 「壊尽の魔王」クノ! ……っとぉ!? なんと防具が変わっていますね。なんとマオマオしい……』

『マオマオしい……いや、意味は伝わりますけどね。この防具変更は、本気モードの表れでしょうか? この対決、目が離せないものになりそうです』


 俺がバトルステージ上で所定の位置につくと、実況席から声が聞こえてくる。

 ごめん、本気モードというか、単に衣替えなんだ……


 次いで相手の方を見ると、ミスターブルーは予選の時と同じ防具に同じ武器……西洋鎧姿には似合わない、小さな”蒼いクナイ”を右手に持って立っていた。


「お前さんが魔王か……」


 そして向こうから聞こえる声。

 特に大声を出している訳でもなさそうなので、ステージ上に、相手の声が聞こえるような仕掛けでもあるんだろうな。

 てか、関西弁か。


「魔王って呼ばれ方は心外だが……や、二つ名にしてる以上説得力ないな」


 割とノリノリだったりするし。


「そない分かりやすい衣装からしてもな。なんなんそれ? めっちゃズタボロにしたいんやけど。もう、はよ始まらんかいなぁ」

「ズタボロは困るな。折角エリザが作ってくれたものだし」

「エリザ……エリザかぁ。ええなー、黒薔薇の姫が彼女? ええなぁ。そんなん聞かされたら――――余計、ボロッボロにしたくてしゃーないわぁ……!」


 怒気をはらんだ声で、ミスターブルーが告げる。

 てか、この人どんだけ服破壊したいんだよ。

 俺、男だぞ? 真正の変態だというのか。


「いや、彼女ではないんだが。ただのギルメンだぞ」

「せやなぁ……さっきオレがボロボロにしたったフレイともいちゃいちゃしとったもんなぁ。なんや、二股かいな。もげろや」

「何がだよ。あといちゃいちゃもしてないし」

「あぁああぁあああ……。さっきのフレイの姿思い出したら興奮してきてもうたわ……装備がすり切れていくたび、絶望と恐怖と羞恥に染まるあの顔。最高やったわぁ」


 ハァハァ、と荒い息づかいが聞こえる。


 ……なんだ、やはりただの変態か。

 息を荒げたまま、にぃ、と気持ち悪く笑うミスターブルー。


「そして今度は、お前さんの番や……さてと、どんな顔してくれんのか、楽しみやなぁ!!」

「気ッ持ち悪ゥッ!?」


『――それでは前置きはこのくらいにして、そろそろ始めてもらいましょう、パトロアさん』


 丁度、実況席での漫才も終わったようだ。

 相手は気合十分。俺もまぁ……変態に引いてはいるが、大丈夫だ、大丈夫。


『そうですね。では――――本選第一回戦第一試合、開始!』





もうすぐ百話ということで、なにか記念になることをしようと思ったんです。

でも何も思いつかなかったため、最終的には今回のトーナメントでのクノさんの魔王っぷりが強化されました。

次話からクノさんの理不尽劇場をお楽しみください。

<< 前へ次へ >>目次  更新