第八十四話 二つ名のお話
「これ、で! 終わりだよ~!」
「っきゃぁあ!」
ビィィイ――――
試合終了のブザーが鳴る。
予選最後の敗退者、リッカが悔しそうな顔を浮かべてバトルフィールドから消えていった。
『予選第八試合、この死闘を制したのは! やはりこいつは強かった! ギルド「グロリアス」のサブマス、「虹の魔道士」ヤタガラスだー!
あの圧倒的な魔法弾幕、一見の価値ありでした。いやぁ、良いものが見れましたよ。しかしリッカさんも健闘しました! 両者に盛大な拍手を!』
『ロキシ君のノリノリですねー。かく言うわたしも興奮を抑えられませんが! さぁ、ではこれで本選に出場する八人のプレイヤーが出揃いましたね』
『はい、パトロアさん。いずれも劣らぬ猛者ぞろい、優勝するのは果たして誰なのか!?』
『では、中央のモニターをご覧ください。本選出場者のマッチングが行われます』
最後の予選が終わり、観客席のいたるところ、そして実況席から興奮した声が耳に入ってくる。
そう言えばこの二人、司会と解説という役割だそうだが、もう交互に喋って漫才でもしてるようにしか見えんな。
俺はギルドメンバーと観客席に座って、『ロビアス』で買ったメロンソーダ味の飴を舐めつつ、そんな事を思った。
「あ、クノ。さっきの飴、もう一つ貰えるかしら」
「クノ君、私にも一つくれるかな」
「では……わたしも頂けますか?」
エリザ、カリン、ノエルに飴を配りながら、俺は正面を向く。
バトルステージ上空に大きなウインドウが四面に展開され、八人のプレイヤーの名前が表示されていた。
その八人とは――
『予選第一試合勝者、「戦乙女」フィーア』
『予選第二試合勝者、「綺霊の巫女」コトノハ』
『予選第三試合勝者、「氷刃」カリン』
『予選第四試合勝者、「蒼藍者」ミスターブルー』
『予選第五試合勝者、「堅牢不落」オルトス』
『予選第六試合勝者、「壊尽の魔王」クノ』
『予選第七試合勝者、「護光の勇者」ミカエル』
『予選第八試合勝者、「虹の魔道士」ヤタガラス』
この面子である。
俺の予選模様は、特に何事もなく【斬駆】で殲滅して終わらせたので、カット。混戦では威力高い範囲攻撃は便利だよな。
予想外だったのが、第四試合でのフレイの敗退だ。
ミスターブルーという、全身真っ青、マリンブルーな鎧を着た、一本通った物を感じるプレイヤーと最後に一騎打ちを演じ、負けてしまった。
予選の前にはメンバーの前で、「余裕ですよゆー」とか息まいていただけに、痛々しい。
そんな残念娘は今。
闘技場の観客席、俺の隣でめそめそとしている。
飴も舐めようとしない程の憔悴っぷりだ。
「お前、引きずりすぎだろ……エリザとかノエルとかだって負けたけど、前向きに大会を楽しもうとしてるじゃないか。それを見習いなさい」
「うう、でもぉ……あんな真っ青で変態チックな人に負けたんですよぉ? 私のプライドは死にました。もうお嫁にいけないのでクノさんが貰って下さい」
「意味わからん。ミスターブルーの方が、強かったってだけの話だろ? それで変態だなんて、逆恨みみたいなもんじゃないか」
見ず知らず……では、実際戦ったのだからないにしても、他人にそういう決めつけは良くないと思うんだ。
それにあの頑ななまでに青を追い求める姿は、共感できるものが有る。
「……いや、変態ですよ絶対。だって、戦ってる時ににやにやしながら、終始私の服ばっかり狙って攻撃してきましたもん。気持ち悪すぎますよぅ……」
「なにそれ怖い」
前言撤回。
もしそうだとしたら、ミスターブルーに共感できるものなんてなかった。
俺は装備の事なら、となんとなく左隣のエリザに話を振ってみる。
「……エリザはどう思う?」
「ええ……服だけ狙うなんて、本来ならメリットもないはずなのだけれどね。身体に当たらないとダメージは入らないし、『IWO』の防具は、大事なところは絶対に破壊されないようになっているわ。
……まぁそれでも、多少エロチックにはなるかもしれないけれど」
「多少じゃないですよ! 折角エリザさんに作ってもらった服がボロボロですよ!」
「壊れたら、直せばいいわよ。そのための防具なのだし。……でも、あのミスターブルーというプレイヤーの攻撃、通常ではありえない程防具の耐久値を減らしてたわよね……カリン、何か知ってるかしら?」
「いや、残念ながら。ミスターブルーとは面識もないしね。多分、そういうスキルじゃないかい?」
「なんでもスキルで解決できる辺りがこのゲームの凄さよね……」
フレイは戦闘で防具がボロボロになったため、現在はスペアの装備を着ている。デザインは同じだが、能力面では一歩劣るものらしい。
こんな風に、俺以外の『花鳥風月』メンバーはスペア装備をいつも所持しているようなんだが(というかそれが常識らしい)……俺は、この似非執事服が実質一張羅だな。
黒装束はあるにはあるものの、ギルドの共有倉庫に放り込んでいるし。
ちなみにあそこは、ギルドホーム内に居ないとアイテムの出し入れができない。
というか今更なんだが、『IWO』の防具って、破損の表現があるんだな……
なんでも、防具の部位耐久値が一定以上減ると破損表現が為されるそうだが、一回も防具に傷がついた覚えのない俺だった。
剣とかも、折れるらしんだけどなー。
そこはエリザクオリティ、流石である。
「あの、そういえばクノさん……ずっと気になっていたのですが……」
「ん? なんだ?」
俺の右隣に座るフレイの、更に隣から若干身を乗り出しつつ、ノエルが質問をしてくる。
「結局二つ名に、魔王を入れたんですね」
「……お、おう……」
予選突破者全員に『二つ名』が設定されていて、あれ? と思った人はいないだろうか?
詳細の描写は省くが、予選を勝ち抜いた際に運営からメールが来て、”有った方がトーナメントが引き締まるから、二つ名設定しといて”というような事を指示されたのだった。
同じくメールが着ていたらしいカリンは悩むそぶりも無く『氷刃』と入力していたが、「テルミナ」時代ならいざ知らず、今の俺になじみのある『二つ名』なんて有る訳が無い。
悩んだ末に、他人の二つ名を提案できる的な受け付けのNPCの話を思い出し、専用メニューから見てみたのだが……
これがまた、凄かった。
『狂魔王』
『掃除屋』
『魔王様』
『破壊神』
『禍津日神』
『冷酷なる人外』
『魔の王』
『紅き血に染まりし王』
『狂おしき死神』
『殺戮マシーン』
『クノ』
『百腕の羅刹』
『虚無の化物』
『非生物兵器』
『最終鬼畜魔王』
『爆死』
etc……
……。
何だろうねこのラインナップは、と頭が痛くなった。
魔王の登場回数多すぎだろ、俺は一体周囲からどんなイメージ持たれてんだ、とも思った。
『テルミナ』時代より酷くなってやがるじゃねぇか。
そっとウインドウを閉じ、【異形の偽腕】をそのまま二つ名に登録しようとしたら、フレイ達から待ったが掛かった。
なんでも、どうしても二つ名に魔王を入れてほしいらしい。その方が、絶対受けるからと。
受けるって何だと思ったが、思いのほか強硬なごり押しにあい、そして今に至るという訳である。
なんか断ったら後々無駄に面倒が有りそうだったし。二つ名なんて特にこだわりも無いっちゃあ無かったしな。
ちなみに『壊尽の魔王』は、ノエルが予選第七試合に行ってしまった後に、皆で決めたものだったりする。
「いやさっすがクノさんですよね! 話がわかりますよぉ」
「うん、やはり君にはその二つ名が相応しいよね。なんせ私が会心のものを提案したんだから」
そういや『
そこまで胸張る事でもないと思う。いや、マジで。割とどうでもいい。
「『氷刃』さんはいいよなー。ぱっと決まって」
「ふふふ、βテストの時からの二つ名だからね。ちなみにオルトスのアレも、『最強』が広まる前に付いたものだよ」
「へぇ……そうなのか」
「いいじゃない、『壊尽の魔王』。中々に素敵よ?」
「そうか? ……エリザに言われると、なんとなくそんな気もしてくるから不思議だ」
「それを聞いて、私なんかは凄い理不尽だと思う訳ですよ、クノさん。私の提案は悉く却下したのに」
「フレイのは軒並み長いんだよ。なんだよ、三十文字程度の二つ名って。国語の問題かよ」
「むぅー」
膨れるフレイ。
しかし、さっきまでの落ち込みようと比べれば可愛いもんだ。
ちょっと会話したくらいでころっと忘れるとは……
単純すぎるだろ、フレイさんェ……
「みんなー! ごめん、負けちゃったぁ~」
そこでリッカが観客席に戻ってくる。
立ち上がって迎える俺達。
「リッカ……私はあのヤタガラス相手に、良く頑張ったと思うよ。偉いね」
「えへへ……でも、クノくんとの戦いを見てたから、結構いけそうだと思ったんだけどなぁ」
「……クノを基準にしては駄目よ、リッカ。アレは人外だから」
「おい」
アレと言われた事か、人外と言われたことか。
どちらをつっこんで良いのかしばし迷ってしまった。
『じゃーん! と言う訳で本選のマッチングは、このようになりました』
『これはなかなか……面白い戦いになりそうですねぇ、パトロアさん!』
『はい! ではここで少し休憩を挟みまして、本選は闘技場内の時間で30分後に本選第一回戦第一試合開始で―す!』
おっと、そういえば本選のマッチングをやっていたんだっけな。
プレイヤーの名前をぐるぐる回していただけだったから、途中で見るのをやめてしまったんだが……どれどれ?
俺が視線を向けた闘技場の中央のモニター。
そこにあったのは、
『 第一試合 「壊尽の魔王」クノ vs 「蒼藍者」ミスターブルー 』
『 第二試合 「氷刃」カリン vs 「戦乙女」フィーア 』
『 第三試合 「堅牢不落」オルトス vs 「虹の魔道士」ヤタガラス 』
『 第四試合 「綺霊の巫女」コトノハ vs 「護光の勇者」ミカエル 』
俺、初戦かよ。