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第過去話 謎の祖父のお話


同日投稿、まさかの三弾目。

こんなに引っ張るつもりもなかったんですが、タイミングの関係で入れ損ねた感じのお話。丁度オフ会編終了で切りが良いので投稿です。


 

 その日、藤寺家は珍しく喧騒に包まれていた。

 いつもは俺しかいないから全くもって静かな我が家が、人の足音と怒鳴り声に支配されているのだ。発生源は俺、父さん、母さんの三人。

 では何故そんなことになっているかというと……


「おい、九乃! 本当に義父とうさんが今日こっちにくるのか!? パパは逃げてもいいか!?」

「爺さんが来るって言ったらそれは確実だし、お前はさらっと逃げようとすんな」

「そうよ、アナタ。……別に逃げてもいいけど、後どうなっても知らないわよ?」

「全力でお出迎えの準備をさせて頂きますっ!」


 しばらく会っていなかった母方爺さんが、婆さん共々この家に来ると言うのだ。

 それが電話で告げられたのが、今日の朝。そっからはもう、おおわらわである。


 爺さんは綺麗好きだから、いつもより念入りに掃除しとかないとだし。食材も家は最低限しか置いていなかったから買いに行かないとだったし。

 とにかく、忙しいのだ。


 そうやってバタバタと用意をして、それが終わったのが12:10。

 爺さんの到着予定時刻の20分前だった。用意にかかった時間は約二時間だ。


「お、終わったぞ……くくくっ」

「はぁ、慣れないことはするものではないわねぇ」

「いや母さん、母親としてその台詞はどうなんだ?」

「いつも頼りにしてるわよ、九乃」

「……いやまあ、いいんだけどさ」


 ほっと一息ついて、ピカピカに磨いたリビングのソファに全員で腰かける。

 瞬間、ピンポーン、というドアチャイムの音がした。


 軍隊も真っ青なスピードで直立不動になる父さんと母さん。

 その眼は、『お前が出ろ』と訴えている。


 いくらなんでも、二人とも過剰反応すぎる気もするけどな。

 なんて思いながら、俺は玄関のドアを開けた。


 ガチャ


「お。よぉ九乃、元気そうだな」


 そこに居たのは、アッシュグレイの髪に同色の瞳をした、俺よりも背の高い男――


「なんだ、カサネ兄さんか」

「人が折角引っ越しそば持ってきてやったってのに、随分な言い草だな、おい」


 カサネ兄さん。

 まあいわゆる、爺さんの弟子? みたいな人である。一応、俺の弟弟子に当たるのだろうか。

 この人も俺と同じで、正式に爺さんの道場に入門している訳ではないから、ホント微妙な所だけど。


 確かカサネ兄さんは、街のダーツバーかなんかで爺さんと勝負して意気投合したとか云々かんぬん。

 そっから爺さんが半ば強引に道場に連れてきて、主に投擲関係の事だけを修業させられているらしい。

 俺が回避関係のことだけだったし、やはり爺さんは長所を伸ばす傾向があるようだ。


 先の描写からは、まるで外国人のようなイメージを持たれるであろうカサネ兄さんだが、国籍も顔立ちも普通の日本人だ。

 髪と瞳は天然らしいが、親が外国人とかそういう感じなんだろうか? 聞いたことはないけど。

 あと、線は細いのに妙に威圧感のある人でもあるな。それこそ、爺さんレベル。


 というか。


「引っ越しそば? 何故。というか、カサネ兄さんって三つ向こうの街に住んでたよな? ……ああ、引っ越し、そういうことか」

「九乃は理解が早くて助かるな。ほら、俺この春から大学生だろ? 大学、この近所なんだよ。で、丁度センカさんから免許皆伝言い渡されたってことで切りいいから、こっちに引っ越すことになった」

「成程。……というか、カサネ兄さん来月からはもう大学生か。おめでとうございます」

「ありがとよ。……お前が言うと、全く感情が籠ってないから素直に受け取れないんだけどな」

「感情が出ないのは昔からなんだよ。爺さん辺りには、もう性根が腐ってるから諦めろとか言われたもんだが」

「性格の方まで壊れたのは、センカさんのせいだと思うんだがなぁ……。あの人がなんでもかんでも――というかあり得ることあり得ない事ぽんぽんできるから、九乃がこんな無色無味無臭無感動無関心人間に……」


 失礼だな、おい。そこまでじゃないよ。

 まあ確かに、爺さんの傍にいるといろんな事が馬鹿らしくなるけれど。

 しかし俺が人生に色を見つけられないのは、それこそ生まれてこの方ずっとだよ。


 ……ところで、俺はこの春から中学三年生だ。

 カサネ兄さんの方が年上なので本来敬語を使わなくてはいけないのだが、この人が『俺の方が弟子入り? したのは後だしな。別にタメ口でいい』と言ってくれたのでそれに従っているまでである。


「ところでカサネ兄さん、今日はその爺さんが来るんだが」

「ん、知ってんよ。だから今日引っ越しそば持って来たんだろうが。一緒に食べようぜ」

「残念だったな、料理はすでに用意してある。そのそばの出番などないわ!」

「残念だったな、俺がいつそばを持ってきたと言った?」

「……いや、引っ越しそば持ってきたっていっただろ」

「……そうだったな、すまん。じゃあこれ、後で食ってくれ」


 カサネ兄さんから紙袋を受け取り、代わりに家に上がるように促す。


「お邪魔しまーす。……あ、正思まさしさん、四帆しほさん、お久しぶりです」


 カサネ兄さんは、道場の関係で家の両親とも面識があるのだ。


「ん? ……ああなんだ、重嶺かさね君か。いらっしゃい」

「貴方もお父さんの来訪を聞いて?」

「はい。ってか、センカさんに朝方電話貰ったんですよね。俺も行くからお前も来いよ、みたいなノリで」

「お父さんらしいというか、なんというか」


 母さんがはぁ、とため息をつく。


「あの人なりに気ぃ使ってくれたのかもしれませんね。俺、引っ越したてですし」

「君はどこに引っ越したんだ?」

「この近くの、『久世ハイツ』ってアパートです。今度良かったら遊びにでもきてくださ――いや、時間が取れないですか」

「くくく、まぁな。私の行動範囲は家と会社の往復に限られているぞ!」

「偉そうに言わないでください、アナタ。だいたい家はもう行動範囲からも薄れかけていますよ?」

「くくっ、そうだったな、これは失礼。という訳で重嶺君、すまないがおじさん達は仕事が忙しい。その誘いは九乃にでも言ってやってくれ」

「……うん。九乃は周りからいろんな影響を受けてこんなになっちまったんだな」

「憐れむような視線を向けるな」


 ピンポーン


 そうこうしていると、再び鳴り響くドアチャイム。

 今度は硬直せずに、座ったまま俺を見て、顎をしゃくる父さん。……まあいいんだけどさ。


 ガチャ


 玄関を開けた先に居たのは――


「ふむ、九乃か? 元気そうでなりより……いや、少々疲れているように見受けられるな。休養は大切だ、疎かにしてはいけないぞ?」

「ご主人様……どうやって九乃君の体調の変化を見抜いているのか、わたしには到底理解できないのですよ……」

「いや、普通に心眼だが」

「それが普通でたまるかっ!」


 高校生くらいの容姿をした男女二人。

 男の方は長い黒髪を後ろで一本に結んでおり、抜き身の刀のような怜悧な雰囲気を漂わせている。が、灰色のジャージ姿なのでイマイチ締まらない。

 一方女の方はふわふわの茶髪にゆるふわの雰囲気。そして頭には犬耳(本物であることは確認済み)である。こちらはジャージでは無く、普通のどこにでもいるような少女の格好。


 ……。


 ……そう。これが俺の爺さんと婆さんなんだ……


 藤寺千日と、藤寺チカ。


 俺が生まれるずっと前から、高校生くらいの姿のまま歳をとらないという化物共である。

 ちなみに何故歳を取らないのかと爺さんに聞くと、『獣人は若くして成長がとまり、その後姿が変化しないらしいからな。仕方が無いので俺もチカにあわせて成長を止めている』

 という素晴らしく意味のわからない答えが返って来たくらいだというのだから、その能力も化物級。


 爺さんは素手でビルを砕き、蹴りで山に穴をあける歩く大災害だ。

 婆さんは……うん。俺よりちょっと運動神経が良いくらい。爺さんと比べると霞みまくるが、充分凄いんだよなぁ……


「疲れてるのは、爺さんが急に訪ねてくるからだよ……」

「む? そうか。それは済まなかったな」

「ごめんなさい、九乃君。ご主人様の頭はあまり人の都合を考えるようにはできていないようなのです」

「知ってるから、大丈夫」

「おいチカ? 仕置きが必要だろうか?」

「いっ、いえ!! それは勘弁して下さいなのですよぅ……」


 この二人は、本当に若々しいなぁ……


 その後、二人をリビングに連れてく。

 父さんが爺さんを見てキョドり始めたり、母さんがニコニコしながら脂汗を流していたり、カサネ兄さんがリビングで爺さんとダーツ勝負を始めたり、婆さんが爺さんに構ってもらえなくて寂しそうにしていたが、久し振りに感情の揺れを観測できた一日だった。


 そういえばしばらく、こんなに人と喋っていなかったな……なんてしみじみ。


 そうして夕暮れ時。

 結局何をしにきたのか良く分からなかった爺さんが、唐突に帰ると言いだしたので玄関まで見送りに来ている最中だ。


 ちなみにカサネ兄さんは爺さんとダーツ勝負をし、両方とも満点(カウントアップ8ラウンドで1440点)しか取れず決着がつかなかったので、しばらくして帰った。

 あの人も大概化物か。ほいほいなげて全然時間もかからなかったし。


 無表情でひらひらと手を振る俺に向かって、爺さんはそっと囁く。


「久し振りに両親と過ごして、どうだったか? 

 お前の母親も父親も、仕事に生きるような人間だ。俺はそれを否定はせんし、どちらかといえば打ち込めることがあるというのは良い事だとは思うのだが……まあ、それでお前がとばっちりをくらっているようだしな。

 お前はその年にしては随分と"出来た"人間だが、本当に寂しくなったら、俺を呼ぶといい。……まあ、なんだ。俺が帰ってくれば、必定あの二人もここに帰ってくるらしいのでな。上手く活用してみるといいだろう。――では、達者でな」


 そう言って、爺さんは腕に絡みついてきた婆さんの犬耳を、ギュウと引っ張りながら去っていった。

 遠くで犬っころの悲痛な叫びが聞こえる。


 嵐のようなひとだったな。

 だが、成程。俺のためを思って来てくれたということか。

 ……ふむ。


 俺はその時なんとなく、心がざわめくような感覚におそわれた。




 ……今思えばそれが、喜びというものだったのだろう。

 それからなんやかんやあって、今では普通・・に感情が湧きおこるようになっているのだが。無表情は治らなかったけどな。

 これが俺が中学三年を間近に控えた、春の話だった。




爺さん・婆さん

分かる人には分かるであろう、あの人たち。

実はこういう繋がりがあったんです。そりゃあ、九乃があんなんなっても仕方ないね。

分からない人は私の別作品を参照して頂けると、もやもやが解決するはず。……なんか宣伝みたいになったな


カサネ兄さん――本名、三宅重嶺。

静音しずねという一個下の妹がいる。

ちなみに別居だが、最近妹が兄のアパート(藤寺家に近い)に訪ねる回数が増えたようだ。

九乃は二人ともに会っているが、髪色が同じなのに血縁関係には気付いていない模様。


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