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第八十一話 クリスマスオフ会のお話⑦

同日投稿第一弾


 

 翌朝。

 昨日はベッドのお陰なのか、ぐっすりと眠る事ができた。

 眠る前にいろいろと考え事をしていた気がするが、思い出せないと言うことは大した事でもないのだろうと結論付け、起床。


 妙に引きつる感覚のある目を擦り、部屋に備え付けられている時計を見ると、時刻は午前五時前。

 窓の外を見ると、雪は止んだようだがまだまだ暗い。


 ……早すぎるな。

 もう一度ベッドに倒れ込み、しかしいつものように眠気が襲ってこない事に愕然とする。


 ふかふかベッドの寝心地とは、俺に二度寝を必要とさせない程だったのか……!?

 素晴らしいな。


 地球に隕石が衝突するくらいの珍しさで、俺は自力で爽快な朝の目覚めを行ったのだった。


 昨日家に帰った時に持ってきていた着替えを装備して、部屋から抜け出す。

 まだ誰も起きてない可能性が高いが、厨房に行って水でも貰おう。何故か、酷く喉が渇いている。


 ちなみに格好は、黒いパンク寄りのシャツ+それに合わせた黒ジーンズ+薄手のジャケットである。ジャケットは上着という感じのものではないので、セーフ。


 長い廊下を歩いて、厨房へ。

 ドアを開けると、予想通りがらんと――はしていなかった。

 いつものようにゴスロリを着たエリザが、こちらに背を向けてなにやら作業をしていたのだ。

 おそらく、朝食を作っているんだろうな……御苦労様だ。


「~~、~~~♪」


 料理のリズムに合わせて微かに、ハミングのようなものが聞こえる。

 そうして微かに腰をふりふり料理をするエリザの姿にしばし和んでから、俺は労ってやろうと後ろから声をかける。


「早くから御苦労様」

「ひゃあぁん!?」


 ビクッ! と肩を跳ねさせ、変な声を上げるエリザ。

 っと、驚かせてしまったか。

 いやでも、普通気配で気づ……かないよな。俺基準で考えてたわ、反省。


 振り向いて、軽い羞恥に頬を染めるエリザに向かって、俺は手を上げて再度朝の挨拶を試みる。 


「おはよう、エリザ。良い朝だな」

「ク、クノ……おはよう。もう、びっくりさせないで頂戴……危うく包丁を取り落とす所だったわよ」


 ……!?


「驚かせるつもりは無かったんだが、それは本当に申し訳ない……け、怪我とかしてないか!?」

「いえ、それは大丈夫だったけど」

「そっか……良かった」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 さっき程度の事でエリザが怪我なんかしたら、目も当てられない。

 いや本当に、良かったぁ……危険の可能性も考慮すべきだったと、もう一つ反省。

 この短時間に何回反省すれば気が済むんだって感じだが。


「ところでエリザ。朝ご飯を作ってるようだが、何か手伝うことはあるか?」

「……そうね、ないわ」

「ないんだ」

「残念ながら。今朝もあの微妙な雰囲気になることは避けたいのよ……」


 あぁ。

 そうか。

 ですよねー。


 いやでも、料理における一つ一つの手順自体は、結構上手の部類に入ると思うんだけどなぁ。

 なんで出来上がったものはあんなのに、という思考は何度となく繰り返しているので今は置いておくか。


 エリザにコップを貰い、四つもある蛇口の一つから水を注ぐ。


「そうか……じゃあ、エリザが料理してる姿を見学しとくよ」

「い、いえ、その。あまり見られるのは恥ずかしいのだけれど……」


 水の入ったコップを持って壁にもたれる俺に向かって、エリザは料理の手を止め小さな声で呟く。

 が、残念。そんな小さな声じゃあ聞こえないなぁ。


「じー」

「ちょ、やめ……うぅ……」


 コップに口をつけながら、身体を抱いて悶えるエリザを見学。


 ふむ、可愛い……じゃなくて、エリザの性格からして、本当に嫌ならもっとはっきりと告げると思うんだけど、今回は歯切れが悪いな。

 その辺りが気になっている事もあり、俺はエリザ見学作業を続行。

 ホント、どうしたんだろうな……


「も、もう……好きにすればいいわ……」


 しばらくして、がっくりとうなだれるエリザ。

 しかしその割には、むしろ嬉しそうな雰囲気が漂っている気がするんだが……うーん。


「そういえば、全く関係ない話なんだが。こうやってると、なんとなく新婚さんみたいで新鮮な気分だな」

「はにゃっ!? クノ、貴方も……!?」


「や、新婚は違うか? んー、何だろうな」


 こう……


 まぁ、なんでもいっか。

 大して重要でもないので、思考をすっぱりと切る。

 切り替えの速さも、長所の一つなんですよっと。


「……貴方は私を、本当にどうしたいのよぅ……。昨日の夜も、本当は少し期待してたのに全然来ないし……一人馬鹿みたいに待ち続けて、結局徹夜しちゃったじゃないのよ……」


 エリザがもごもごと口を動かすが、先ほどと違って全く聞き取れない。

 ということは、普通に一人言か。あまり人前でぶつぶつと呟くと、怪しい人と間違われるからやめた方が良いとは思うが。


 しかし改めてエリザの顔を見てみると、若干顔色が悪いような気がするな……昨日は少し昼寝をしたとはいえ、その何倍も頑張ってくれたはずだし、今だって朝ご飯を作ってくれている。

 考えてみると、エリザの虚弱体質気味の身体には、荷が重いんじゃないかと。


 ……はぁあ。


 それに気付いてやれないなんて、俺は何をやってるんだろうな。こんな小さな身体に苦労ばかりかけて、頼ってくれと、言ったばかりなのに。

 それは勿論、エリザが頼って来るのを待ってるだけじゃなくて、自分から助けることも必要だろうに。


 料理は力になれないとしても、せめてこの後はゆっくり休んでもらいたいな……


 うし。


「エリザ。今日この後の予定は?」

「え? よ、予定かしら? ……ええと、七時には皆を起こして回って、朝食を食べて、その後は軽く自由時間として十二時には皆を見送りね。その後は屋敷の掃除をして……ってそれを考えると、暇な時間がないじゃないの……」


 途中まで嬉しそうに話していたエリザだが、急に落ち込んでしまう。

 あぁ、やっぱり疲れるよな。この屋敷の掃除とか、尋常じゃない大変さだろうし。

 しかし、掃除なら俺が力になれる。お世話になった訳だし、当然のこととも言えるが。


 そうと決まったら早速行動に移そうか。


「じゃあ、掃除は俺がやっとくよ。とりあえず、掃除用具の場所だけ教えてくれるか? この屋敷の広さなら、多分三、四時間で全て磨き上げられる」

「え、あ、え? いえ、クノにそんな事させる訳には……」


 渋るエリザだが、俺はその瞳をじっと見つめて真摯な口調で言う。


「なにか、エリザの力になりたいんだ。だから、な? ここは俺に任せてくれないか?」

「あ……その、でも……この屋敷は、とっても広いのよ? すっごく大変よ?」

「御崎邸で掃除をしてきた俺の手腕を舐めて貰っちゃ困るな。なんならエリザより得意だという自信があるぜ? なんせメイドさんお墨付きだ」

「ね、姉さんの……!? それなら心配なさそうかしら……」


 おお、メイドさんの名前を出した途端エリザの態度が変わった。

 流石はメイドさんだな、あの人達の元で厳しい修行に耐えた甲斐があったってもんだ。


「その。じゃあ、お願いしようかしら……あ、でも私もやるわよ? クノ一人に任せるのも気が引けるし。掃除用具は104号室……といってもわからないわよね。ええと、玄関から行って、」

「ああ、大丈夫。分かるから」


 昨日一階部分の配置は一通り覚えたしな。


「……そう。もう、貴方のスペックの高さはなんなのかしらね……それで、今回は一階部分だけの掃除で大丈夫よ。二階からは滅多に使わないから掃除も偶に、軽くでいいし」

「そか……じゃ、皆が起きる前に済ませられそうだ。早速行ってくるから、エリザはゆっくりしててくれよ。じゃ!」


 一階部分だけなら、かかっても二時間は行かないだろう。

 現在時刻は5:12。


 ふっ。余裕だな。




 ―――




 そして宣言通り、現在時刻は6:28。

 無事屋敷の一階部分の掃除をし終えた俺は、上機嫌で掃除用具を戻しに来ていた。

 広い広いとは言えどもやはり、御崎邸と比べると部屋数的にも掃除の難易度的にも楽だったな。


 あそこは平気で廊下にウン百万の絵画が飾られてたりするから……その点この屋敷は装飾品が全くなく、逆に拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。


 仕事終わりの心地よい達成感と共に部屋の扉を開ける。

 ……妙に軽い感触に首を捻った瞬間、突然出てきた影に真正面からぶつかってしまった。


「きゃっ」

「おっとと」


 慌てて影を抱きとめると、手にバケツや箒を持ったエリザが驚いた顔でそこに居た。


「悪いな、エリザ。大丈夫か?」

「いえ、大丈夫よ。それよりも、私も少しは手伝おうと思ってここに来たのだけれど……一旦休憩かしら?」

「いいや、もう終わった」


「え?」


 俺の言葉が理解できないというように、至近距離で首を傾げるエリザに、もう一度、はっきりと告げてやる。


「だから、掃除ならもう終わった。なのでエリザがやる必要は無しだ。ゆっくりしてろって言ったのに」

「こ、この短時間で? 一階全部を?」

「ああ」

「……嘘を吐いてるようでもなさそうだし……ええと、皆の部屋や厨房は……」


「皆の部屋は起こさないように静かに掃除したし、厨房もやったぞ? エリザが食堂の机に突っ伏してる時に」

「はぅっ……み、見てたの?」

「うん。あのまま休んどけば良かったのに」 

「不覚……」


 俺はとりあえず掃除用具を戻し、複雑そうな顔をするエリザを引き連れ、一階部分を回る。その結果、


「確かにどこも綺麗になってるわね……姉さんのお墨付きを、甘く見ていたわ……」


 食堂のテーブルに座り、慄くエリザ。

 どんなもんだと(無表情で)胸を張ってみるが、軽くスルーされてしまう辺りが悲しいなぁ。

 しかしそろそろ、七時か。皆を起こしに行かなきゃだな。


「エリザ。そろそろ起こしに行く時間じゃないか? なんなら俺が行ってくるが」

「貴方は一回、自分の発言を顧みた方が良いわよ……普通に考えて、男の貴方がメンバーの寝起きに居合わせていいわけないじゃないの。……特にカリンなんか平気で裸で……」

「あ、それもそう……なのか?」


 たかが寝起きだろう? 

 特にいかがわしい事に発展することもないと思うんだが。

 エリザは何を危惧してるんだろうか。


 というか、最後の方がごにょごにょして聞き取れなかった……呟きながら目を逸らすのは、凄い内容が気になるからやめて欲しいんだけどな。

 むしろ「何だって?」と聞き返してほしいんだろうか?


「そういうものなのよ、覚えておきなさい。というか、さっきも部屋に勝手に入ったと言ったけれど、女の部屋に勝手に入るのもやめなさい。常識が欠け過ぎよ、もう」


 ムッとした顔で厳命するエリザ。珍しい表情だな。

 そしてそう言われれば俺は勿論、


「わかった」


 と一言頷くしかないのであった。

 ……昨日勝手にエリザの部屋に入った時のことも言ってるんだろうかね……いやまぁ、俺が悪かったんだが。


 

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