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第八十話 クリスマスオフ会のお話⑥

同日投稿第二弾

オフ会はこれと後二話で終了。明日で終わりますので、今しばしお付き合いください


注)危険物の取り扱いについて、不適切な思考がみられます

  良い子の皆様は真似しないでください


 

 その後は各自ごろごろしたり、ゲームをしたりとまったり過ごし……いや、まったりでもなかったな。

 玲花は雪の降り積もった外を見るや否や、カリン、リッカ、そして俺を引きずって庭で雪合戦をしようと言って玄関を飛び出したから。

 とっさに上着を掴めて良かった……


 屋外照明でライトアップされた広い庭は幻想的で、正直そこに踏み入るのは躊躇したのだが、玲花がずんずんと踏み入っていくのを見て馬鹿馬鹿しくなってしまった。


 玲花……なんだろう、女の子ってこういう綺麗な光景が好きなんじゃないのか? 

 俺が女々しいだけだというのだろうか。


 そして戦力バランス的に俺&リッカvs玲花&カリンと分かれて始まる雪合戦。

 エリザとノエルは窓辺から眺めている。


 が、それはすぐに終了することになった。

 雪で本格的に壁なんかも作ったのだが、それに向かって俺が固めた雪を投げると、あっさり貫通してしまったのだ。


 壁の向こうで冷や汗を垂らす玲花とカリンは、幾分もしないうちに降参を申し出た。


 流石にあの威力の玉を人に当たるように投げることはしないんだが……カリンがぶんぶんと首を振って、万一当たったら弾けてしまうと呻いていた。


 失礼な。

 俺が当てる場所をミスするような真似、する訳がないだろうに。ちゃんと相手の行動も予測した上での、ギリギリ狙いの威嚇弾です。

 まあ、確かに爺さんやカサネ兄さんに比べたら劣るけどさ……


 引きつった笑いを浮かべながら家に入ろうそうしようと騒ぐ玲花。

 外はまだ雪が降っていたし、寒かったから俺は喜んで家の中に入っていったんだがな。




 ―――




 そうして今現在、俺は食堂の椅子に座って、腕組みをしながら目を瞑っている。

 周囲に流れる時間が酷くゆっくりになったような感覚。

 この静寂の原因は――


 ――皆が、風呂に入っているからである。


 エリザの家の風呂は、浴場も広くて豪華だ。それこそ、女の子五人が入ってもまだ余裕がある程に。


 そんな訳なので、俺以外の五人は仲良く一緒にお風呂タイムなんだ。


 玲花が「九乃さんも一緒にはいります?」とか馬鹿な事をいっていたが、入れるわけないだろう。常識で考えてほしい常識で。

 玲花は本当に、純真すぎて困るな……


 やる事が無いので俺は、テーブルの上に散らかっている様々なアナログゲームの中から、トランプの束を三つ程手元に持ってくる。


 そして何枚か抜き取り並べていき、その上に三角形を作るように重ねていく……何をしているのかといえば、トランプタワーの建設に取り組んでいるのだ。


 一人でできそうな遊びがこれしかないんだよなぁ……。

 自分の過去最高記録は確か……何段だったろうか? まぁ、いいや。皆が上がってくるまでちょっと頑張ってみますかね。


 そしてその約30分後。


 風呂上がりの『花鳥風月』メンバーが、食堂にやってくる。


 皆さん良い感じに色っぽい。上気した頬に張りつく解き髪に、先ほどまでの服装とは違いパジャマのため、少々解放感のある格好。

 俺が居る事が、本当に場違いだな。場違いってか、罰あたりですらある。


 お、ノエルの眼鏡外した顔初めて見た。

 うーん、眼鏡属性の無い俺としては、こちらの方が好きだな。いや、どうでもいいけど。


 そんな美少女達は、入って来るや否や硬直して、恐る恐るといった感じで俺に問いかけてきた。


「ク……クノ君。それはなんだい?」

「何って、トランプタワー」

「積み過ぎじゃないかい!?」


 最終的に俺の背丈を越えてしまったトランプタワーを見て、カリンが静かに叫ぶと言う細かい技を見せる。

 てか、そんな所にいないでこっち来て座ればいいのに。

 後、気になる事が一つ。


「なぁ、玲花はどこいったんだ? 姿が見えないんだが」

「……放っておくといいわよ、お風呂からあがるまで」

疲れたように言うエリザ。もちろん湯上りで、黒髪が一層艶やかに輝いている。

 いつものゴスロリを大人しくしたような、黒いネグリジェ姿もそうだが、なんであんな細い体で色気を振りまけるのか。


「どういうことだ?」


 ……胸の奥が煩悶するが、眉間の辺りに手を当てながら、それを握りつぶして問いかける。


「はぁ……なんか、貴方に覗いて貰えるまで浴場から出ないと言っているのよ。あの子は本当にもう……」

「なんだそりゃ」


 玲花が一体何を考えているのかわからない……いや、推測はできるが。

 おそらく、俺の弱みを握ろうとしているんじゃないかと。

 普段かなり弄りまくってるからなぁ……ここら辺で一つネタを握っておきたいんだろう。


 まぁ、そんな手には乗らないが。


「まぁ、好きにさせとけばいいか」

「まさかクノ、本当に覗きに行ったりはしないわよね?」

「するか阿呆」

「そう……よね」


 何故か安堵した様子のエリザ。

 えー……俺ってそんなに信用ない? へこむわぁ……

 とりあえず、玲花は放置だな。

 そのうちのぼせて出てくるだろ。


 そうして俺は傍らのトランプタワーに手をかけ、その一番上からどんどんトランプを取り去っていく。

 途端に扉付近からあがる、あぁー、という残念そうな声。


「……な、何をしているんだい?」

「勿体ないよー!」


「いや、これ普通に倒したらトランプが散乱しちゃうからさ。こうやって崩さないと」

「いえ、そうではなくて……そんなに凄いものなのに、あっさり崩してしまっていいのですか?」

「ん? なんか不味かったか? このくらいならいつでも作れるし、凄くもなんともないだろ」


 ノエルの問いかけに、手を止めずに答える。


「クノ君……君って奴は本当にもう……」


 30分の内、一回も途中で崩れたりしなかったし。

 このレベルなら、片手間でも建設できる。まぁ流石に、身長の関係であんまり高くは積めないんだがな……畜生が。


 そうして最後の一枚を回収し終わり、トランプの整理を始める。ため息を吐いたメンバーが手伝いに来てくれて、すぐに整理も終了。

 折角なので、トランプで何かゲームをするか、という流れになる。


「大貧民でもしましょうか」

「……大貧民? 大富豪じゃないのか?」

「呼び方に違いはあるようだけど、同じゲームだよ、クノ君」

「そうなのか」


 でもなんか大貧民っていうと、辛気臭いゲームみたいじゃないか? 

 俺は大富豪の方がしっくりくるんだが……まぁ、これこそどうでもいいな。


「じゃあ、そうするか。ルールはどうする? ローカルルールとかいっぱいあるみたいだが」

「そうね……」


 そうして俺達の夜は、更けていくのだった。

 ……あれ? 何か忘れてる気がするな……




 ―――




 時刻は23:30。

 そろそろリッカが船をこぎ始めたので、そろそろ寝るかと、全員の意見が一致する。

 あぁ、そういえば俺はまだ風呂に入ってなかったな。浴場の使用許可は貰ってるから、さっさと入ってこよう。


 そう思い立ったところで、俺は「あっ」と声を上げた。

 全員の視線が集まる。


「どうしたのかしら?」

「いや、風呂入ろうと思って気付いたんだけどさ。……玲花、忘れてたな、と」

「「「「あ」」」」


 半分寝ているリッカ以外の全員が気まずい雰囲気になる中、バタン! と大きな音が食堂の扉から響く。

 目をやると、そこにいたのは、白いバスタオルを身体に巻き付けただけの格好で、体中を真っ赤に染めて涙目になっている玲花だった……


「なんで覗きに来てくれないんですかぁ!?」


 大声を張り上げ、扉をバン! と叩く玲花。


「行くか阿呆! てか服を着ろ服を!」

「九乃さんの馬鹿! 美少女五人とお泊まり会で、お風呂を覗くイベントを発生させないなんて万死に値しますよ!? それでも男ですか!」

「何この理不尽な怒られ方!?」


 玲花はずんずんと大股でこちらに歩いてくる。

 そのたびにバスタオルの裾がめくれて中身が見えそうになり、非常に目に毒だ。

 その身体には不釣り合いな程大きな双丘がバスタオルを押し上げ、深い谷間さらしているのも頂けない。


 俺はそっと顔をそらし、目を閉じる。


 そして脳内から只今の記憶を削除しようと努力するが、残念ながら記憶というものは感情のように自在に消せるものではないらしい。


 はぁ、玲花お前……もう少し恥じらいとか持とうよ……

 将来が真剣に心配になってくる。俺だったからまだ良いものの、これを他の男の前でやってみろ、変な勘違いをしてそのまま押し倒される可能性大だぞ。


「ちょっと、何目ぇ逸らしてるんですか? 私は真剣に話してるんですよ!」

「俺も真剣にお前の身を案じてるんだよ……」

「だったら覗きに来ましょうよ!」

「意味分からんからな!?」


 何が玲花をそうまで突き動かすのか。

 俺はたまらず、目を開いて玲花の方を見た、その瞬間。


 きわどい所で踏みとどまっていたタオルの結び目がほどけ、玲花のしなやかな肉体が露わになる――


 ――前に俺は、彼我の距離を一瞬で喰らいつくすような一歩でもって玲花の背後をとり、


「っと」


 バスタオルの端をしかと抑え、その落下を未然に防ぐ事ができた。


 よくやった、俺。

 別に出ても居ない額の汗をぬぐう振りをする。


 「おぉー」とメンバーから拍手が起こる中、俺は後ろからタオルの結び目を綺麗に結び直す。


 そして意味不明な言葉を漏らしながら、真っ赤な顔でこちらをみる玲花を見降ろして、一言。


「服を着てこい」

「はい……」


「(おお、一気に気温が下がった気がするよ……)」

「(フレイ、湯冷めして風邪引かないと良いのだけれどね)」


 とぼとぼと浴場に引き返す玲花を見送った十分後。


 やはり消沈した表情で食堂に入ってくる玲花。

 それを確認して俺は、


「じゃ、俺も風呂頂いてきます」


 そうメンバーに告げて、一人浴場へと歩く。

 なんか途中の絨毯が所どころ湿っぽいんだが……玲花か。

 拭ききってない裸足でうろつきやがって、あの阿呆はホントにもう……


 濡れている部分を踏まないようにしながら、浴場までたどり着き扉を開ける。

 まず目に入ったのは、正面にある大きな磨りガラスのスライド式ドア。

 そして右手には大きな鏡と洗面台、左手には洗濯機や棚、そして色とりどりの布が入った洗濯籠……は見なかったことにしてっと。


 かけてあったタオルを取って、洗濯籠にそっとかぶせておく。

 警戒心とか危機感とか、そういうものをだな……はぁ。


 メンバーの意外なずぼらさに額を抑え、服を脱ごうとしたところで、俺は停止する。


 ……そういえばこの服、どうしよう。


 例えばここで脱いで、普通に洗濯籠に入れるとする。

 するとエリザ辺りが、洗濯をしてくれるのだろう。他のメンバーの服と一緒に。


 それはなんか……不味くないか? 


 ふむ……

 一瞬考えて、俺は浴場のドアを開けて玄関へと歩いていく。


 そしてドアを開け、雪の降る外へと駆けだした。


 何故かって? 

 そりゃ、脱いだ服うんぬん以前に、着替えすら持参してないことに気付いたからだよ!


 そうして俺は結局、自分の家の風呂に入ってから、着替えてエリザの家にまた向かうのだった。


 流石にスウェットだけで冬の夜外にでるのはきつかった。

 というか、俺もうこのまま自分の家で寝ればいいんじゃないか? と思いあたったりしたが、エリザが部屋を用意して寝床を整えてくれたようなので、戻った次第である。


 流石にここで俺だけ帰ったら「最高に空気読めねぇですね!?」と玲花に罵られてしまう気がするし。


 玄関にしっかり錠をして、俺はそのまま自分にあてがわれた部屋へと向かう。

 食堂からは物音が聞こえなかったし、皆ももう解散したんだろう。結構時間かかったしな。


 僅かな月明かりに淡く照らされた暗い通路は、まるで別世界のようだった。絨毯が足音を吸収し、聞こえるのはただ己の息遣いのみだ。


 この家は広いな……広すぎて、こんなに簡単に静寂が訪れる。

 エリザは毎日、こんな中で生活をしているのかと、羨望とも憐みともつかない感情が湧きあがっては消えていく。


 そして自分の部屋の扉、その立派な木の扉を開けると、そこに広がっていたのはエリザの部屋と同じくらいの広さの空間だった。

 調度品はベッド以外に腰辺りの高さの棚と、丸テーブルと椅子のセットがあるだけだ。


「ふぅ……」


 今日一日の疲れがどっと押し寄せてきて、俺は頭からベッドに倒れ込む。

 黒いカバーがかけられたそれはふかふかの感触で、思わず自分のベッドと比べて嫉妬してしまう。


「……あぁー……金貯めてベッドだけでも買い換えようかなぁ」


 VRするときにも、ベッドは使う訳だし。

 身体の負担を考えると、やっぱりグレードの高いベッドが欲しい所です。いくらくらいするんだろうな、このベッド……


 俺は掛け布団の上でしばし停止した後、もぞもぞと起き上がり布団の中に入る。

 明日は確か、お昼にはカリン達は帰るんだっけか。

 いつもより早起きしないとだな……うう、起きれるだろうか……


 枕に顔をうずめながら、俺は今日一日を振りかえる。

 楽しいオフ会だったが、特に印象に残っているのはやはりエリザとの一件だ。


 冷静になって考えてみると、俺は何をやっていたんだろうな……いくら動揺していたとはいえ、その場の感情で動きすぎたように思う。


 しかし、あの時言った言葉に嘘は無いし、俺はこれからもずっとエリザの傍に居たいと、そう思っている事は事実だ。

 俺は――


 カチッ、と。


 頭の奥で何かパズルのピースが嵌ったような気がするが、しかしそれを掘り起こす事を、俺の意識は拒否する。


 何故かはわからないが、それは意識してはいけない事のような気がしたから。


 例えば、エリザとの関係が壊れてしまうような、そんな気がしたから……


 俺はその領域から遠ざかろうと、別の事を思考し始める。


 が、しかし。


 ベッドの中で一人静かに、考えても考えても、いつしか俺の思考はエリザの事に帰結していた。


 そのたびに主張をする、脳の奥。そしてそのたびに、酷く息苦しくなる。


 あぁ駄目だ……俺は正体の分からないものから逃げ回っている気持ち悪さを覚えるが、それでもその正体を知りたくはない。


 俺はあの関係を、絶対に壊したくはないから。それはエリザとの別れを意味するものかもしれないから。


 正体がわからないが故に、手を出してはいけない……


 必死に目を逸らし続けていると、やがて主張は消えていった。

 息苦しさを覚える事もなくなり、それが何だったのか、もはや掘り起こそうとする事すらできない。


 でも、これで良いんだ。そう、これで……

 つー、と頬を伝う、冷たいもの。それが何か認識する前に、俺は眠りに就いた。



 

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