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第七十八話 クリスマスオフ会のお話④ 

同日投稿第二弾


スーパーヒロインタイム


「あー、さみぃ」


 現在時刻は、13:30。一時間ほどたっても起きる気配のない『花鳥風月』メンバーだが、オフ会ってこんなもので……いいんだろうなぁ。皆幸せそうだし。


 それに、いくらでも機会はあるって言ってたしな。お泊まりだしな。特別なことをしなくても、現実に一緒にいるだけで絆は深まる、とはエリザの言だったか。


 俺は自分が座っている、ベッドの向かいに設置された黒い大きなソファーの上で大きく伸びをする。しかし、流石にここまでやる事がないとは予想外だった。パーティー全員が〈眠り〉状態になるなんてコタツの魔力恐るべしである。


 ふと何度目かわからないが窓に眼をやると。

 そこには白いものが吹雪いて・・・・いた。


「うわ、まじか……」


 まさかの雪の降り方である。風で軽い雪が飛ばされてるという生易しいものではなく、本格的に吹雪いているのだ。ホワイトクリスマスなんてムードはへったくれもない。

 これではいよいよ服を着こみに行くのも難しい……やはり、食堂から上着を取ってくるか。そう思った瞬間、心の中の思い出劇場におぞましい光景がフラッシュバックする。


 それは、母さんとの些細な約束――確か、焼きそばパンを買って来て、だったと思う――それを破ってピザパンを買ってきてしまった父さんが、母さんによって我が家の天井に磔にされている姿だ。


 あの時俺は、どんな些細なことでも母さんとの約束は絶対に守ろうと、そう誓った。尤も、俺が母さんと何か約束をしたことなんて、一般教養レベルのことだけだが。

 だからこそ、それは絶対に守らねばならない鋼の掟。


 人様の家で、上着を着込んではいけないのだ……ッ。


 根性で耐えるか。


 いや、俺の頭に浮かぶ一つの選択肢。

 それは俺がもしも女性の身体であったなら、一切の躊躇なく選び取っていたであろうもの。


 そう――コタツという理想郷アヴァロンに、俺も参入するという選択肢だ。


 いや、でもなぁ……コタツが空いているのならそれもありなのだが、現在コタツは四つの辺全てが埋まっている。そうなると、俺がコタツに入るにはノエルとリッカのように誰かと一緒に入ることになるのだが……なんか、倫理的にどうなんだろうと。


 ……根性だな。身体は頑丈ですし。


 外ではゴウゴウと音を立て、吹雪が激しくなっている。ガタガタと音を立てて揺れる窓ガラス。そういえば先ほど窓を開けた時に、施錠を忘れていたことを思い出し、俺は窓に近づき鍵をかける。


 これでよし、と振りむいた先で何やら視線を感じて顔を下に向けると……そこには、うつ伏せの姿勢のまま眼だけを開けて、じっとこちらを見ているエリザの姿があった。


「……クノ……」


 小さく、切なそうにつぶやくエリザ。

 ……よく見ると、その頬は涙に濡れているようだった。


「お、おうエリザ……おはよう?」

「……」


 反応が無い。エリザはただその紅い瞳で俺を見つめるのみである。

 顔を見てくれるだけでも大躍進だが、一時間寝た程度だし、やはりまだ疲れが取れていないのかな。いや、それより先になんでエリザが怒っているのかが分からないんだが。


 とりあえず俺は、懐から新しいハンカチ――ハンカチは常に3枚常備している。だいたい玲花のせいだ――を取り出し、エリザの前に差し出す。

 そして右手の人差指で自分の眼から頬にかけてをなぞると、そっと告げる。


「ほら。とりあえず、これ使って涙拭いたらどうだ?」

「……え? ……ぁ、ありがと……」


 消え入りそうな声で呟くと、コタツカバーの中から白い手が伸びてきてハンカチを掴む。そして、強引にぐしぐしと目元を擦るエリザ。……あーあ、赤くなっちゃって少しヒリヒリしそうだ。

 そして、ハンカチを見つめると「洗って返すわ」ともぞもぞとカバーの中に引っ込めようとする。


「いや、別にそこまでして貰わなくてもいいが、」

「洗って返すの!」

「……お、おう、そうか……」


 どうも様子がおかしい。

 突然大きな声を出したエリザに、びっくりして了承してしまう。まぁ、別にそこに拘るつもりもなかったからいいけど。

 それっきり黙ってうつむいてしまうエリザに、俺は意を決して声をかける。いつまでもこのままじゃいけないし、俺が嫌だったから。


「なぁ、エリザ……一つ聞かせてくれ」

「……」

「お前……どうして怒ってるんだ?」

「……」


 その言葉に。

 エリザはゆるゆると面をあげ、そしていつものように不敵な笑みを浮かべようとして、その顔はくしゃりと歪んだ。

 再び流れ出す涙をハンカチで押さえながら、震える小さな声で言う。


「貴方には、わからない? いえ、わからないでしょうね……」


 それは責めるような、縋るような声音で。


「……ごめん」


 俺にはただ、意味も理解せずに謝ることしかできなかった。


「本当に……ごめん」

「いえ、謝る事では、ないわ……」


 とめどなく溢れる涙を必死に拭いながら、ボロボロの顔で微笑もうとするエリザ。

 どうしてエリザがそんな顔をしているのか。そんな、悲しい顔をしているのか。


 どうして? どうして?


 疑問が頭の中を空回りして、他の事まで上手く考えられなくなる。

 なんとなく、その原因が俺にあるということは想像できた。でも、その先の理解ができない。俺が何かしたのか。自分の行動を振りかえって、やはり答えを見つけられずに疑問が渦巻いていく。


 あぁ、俺はやはり、何処か壊れているのだろう。

 これだけ考えても、目の前で女の子が泣いている理由すら分からない。

 まさしく、壊れていると言うのに相応しい。

 俺はただ、呆然と座り込み、涙を流すエリザを見ていることしかできなかった。


 そうして吹雪が窓を鳴らす音が静けさを強調する部屋に、その嗚咽すらも聞こえなくなる。昨日のギルドでの夜も静かだったが、穏やかな静寂と突き刺さる沈黙の差は歴然だ。


 俺の見つめる先で、エリザが最後に一際強く目元をぬぐって、その手を頭の下に敷いた。目元を赤く腫らし、ぐったりとした様子で、しかしその瞳は未だ俺を捉えて離さない。


 涙で何かを洗い流したような、紅く澄んだ瞳は、真っすぐに俺を見ていた。

 その大きな瞳に、無表情な俺の顔が映る。


「な、なんだ」

「……」

「なぁ、どうしたんだよ。教えてくれ――俺は何をしたんだよ……!?」


 静寂に耐えきれず、半ば叫ぶように、エリザを問い詰めてしまう。

 しかし、エリザは動じずに言葉を紡ぐ。


「いえ、貴方は何も……とは言えないわね。貴方が『何か』したから、今の私がある」

「俺は……」


 やはり、俺が。俺のせいでエリザが……

 どうしようもない、自分でもわからない想いが溢れそうになり、それを握りつぶす・・・・・。そうすることで、冷静さを取り戻すと同時に自分の壊れっぷりを認識して笑みを浮かべそうになる。


 ――勿論、そんなことは達成し得ないのだが。


「ねぇ、クノ。寒いでしょう?」

「え? ……まぁ、そうだな」


 エリザに言われて、始めて俺は、自身の身体が小刻みに震えていることに気付く。

 寒さによる震えか。本格的に阿呆だな俺は。


 ……ここで冷え切って病気になることと、母さんの惨劇を秤にかける。

 長期間寝込むかもしれないことと、短期間の恐怖。


 ……俺は、超人的な母さんのセンサーに、今回の件が引っかからない可能性にかける事にした。


「……ちょっと上着とってくるわ」


 エリザに告げて、その場からから逃げるように立ち去ろうとする俺。

 しかし、エリザの手が俺の腕を掴み、立ちあがることを許さなかった。

 口許を隠し、上目遣いの瞳でこちらを睨むエリザはもごもごと「まだ話は終わっていないわよ」と言って、それから、


「寒いでしょう? だから……ここに入ると良いわ」


 そう言って、少し右にずれてコタツに俺の分のスペースを作った。

 無言で行われる、アイコンタクト。

 俺が向けるのは、躊躇を込めようとした虚無の瞳。怒ってたんじゃないのか?

 エリザが向けるのは、催促のような瞳。いいから早く入れと。


 ぼふぼふ、とカバーを内からはね上げて主張をするエリザ。

 俺は迷う。

 ばんばん、とマットを叩き主張するエリザ。

 俺は……迷う。

 じわっ、と目じりに涙を浮かべ始めるエリザ。

 俺は――折れた。


 何故かやはり無言で、にこっと笑うエリザ。


 笑って、くれた。


 涙腺が緩くなったらしいその綺麗な顔から、人差指でしずくを拭い去ると。

 しょうがないな、なんて呟き。

 俺は理想郷への参入を果たしたのだった。


「暖かい――……っ!?」


 俺がコタツに入るとすぐに、エリザがその暖まった身体を絡めてくる。


 コタツの中には他のメンバーの身体もあったが、上手く当たらないよう身体を縮こめたのが仇となったのか。縦が広く使えないなら横を使うしかない、結果的に俺とエリザの密着度は昨日の比ではなくなる。


 先ほどまでのもぞもぞとした鈍い動きはどこへやら、腕を、足を、全身を使って、締め付けるように俺にくっついてくる。

 身体中に感じる細く柔らかい感触は、そして一際強く意識してしまうこのふくらみは、そういうことなのだろう。


 暖かいことは暖かいのだが……その気遣いはとても嬉しいんだが、流石にこれはやりすぎじゃないか?


 抗議の声を上げようとしたところで、しがみつかれた肩、エリザが顔を埋めている部分が、ひときわ熱を持ち始める。


 そして、ぶるぶると震えるその身体。


「……っぐ……ぅぅ……」

「エリザ……」


 あぁ。

 これで、離れろと言える奴がいたらそいつは本当にぶっ壊れていると思うんだ……


 エリザに向き直り、その細い体躯をこちらから抱き寄せる。

 これまでの関係から、たった今の行動から、このくらいのことはしてもいい信頼が、あると信じていたから。

 びくっ、と跳ねる身体が落ち着くまで、俺はきつくエリザを抱きしめ返す。背を撫でて、暖かさを共有して、俺はここにいると伝える。


 何故エリザが泣いているのか、それは分からなかったけれど、一時的にでも俺を拠り所にしてくれているのは、想像できたから。反射のように、俺の身体は動いていた。


「ねぇ……さっき。夢を、見たの……」


 息がかかる距離で、エリザが震えながら言う。

 それを壊れ物のように抱きしめながら、俺は詰まらない言葉を返す。


「うん」


「……クノが突然、世界から消えちゃう夢。どこを探しても、どんなに探しても見つからなくて、誰も貴方のことを覚えていなくて。そして私も、だんだん貴方のことがぼんやりとしか思い出せなくなって……貴方と知り合う前の日常を、淡々と過ごすの」


「うん」


「それがッ、堪らなく苦しくてっ。貴方の居ない世界なんて、今の私には苦しすぎて……ねぇ、クノ。貴方は分からないと言ったけど。それでも私は、貴方に分かってもらえるまで待つから。だから


 ――傍にいて……私と一緒に、居て――」


 俺の鼻先で、エリザが切なげに、涙に濡れた長い睫毛の眼を閉じる。

 何かを願うように、何かに焦がれるように。


 それに答えなくてはと、強い思いに駆られて。

 俺は言葉の整理もできないまま、必死に言葉を紡ぐ。


「俺は、ここに居るよ……泣くななんて、言う資格はないかもしれないけれど。俺は人の気持ちも分からない、壊れた阿呆だけど。それでも、ここに居るから。

 エリザと出会ってすぐに、言ったよな? いつでも頼ってくれていいって。結局理解者にはなれないかもしれないけれど、それだけは、保証できる。

 俺はエリザに頼られるために、ずっと、傍に居るから。だから――」


 だから――俺は、どうしたいのか。


 あぁ、言葉が、でてこない。


 混沌とした感情が胸の内に渦巻き、そしてそれを一切合財握りつぶそうとする力と、吐きだしたいと願う心が衝突をする。

 そうした争いに自らの“意思”で強引に決着をつけ。


 そして分からないことだらけの俺は、それでも答えを掴もうとして、目の前のエリザに徐々に顔を近づけていき―――




「ふぁーぁぁああ…………っしゃあ! 元気百倍、玲花さん!! いやー、やっぱコタツは良いですねぇ。ぬくぬくです。でも皆さん! そろそろ起きて遊びましょ~! 折角のオフ会なんですから、やっぱり親睦を深めないとですよね! さぁ書を捨てよ、街に出よって、のあぁ!? めっちゃ吹雪いとる!?」




「「~~!?」」


 そこでいきなり響いた、玲花の底抜けに空気の読めない声。

 俺とエリザは動転してお互いばっ、と離れ……結果として、コタツの支柱に仲良く身体をぶつけて痛みにのたうちまわることとなった。

 ガタン、とコタツが揺れ、なんだなんだとカリン、ノエル、リッカも起き出す。


「……って更にのあぁ!? ちょ、九乃さんなにエリザさんと同じところに入ってるんですかッ!?」

「……寒かったんだよ」

「入るなら私の所にしてくれればいいのに!」

「何故」


 当然のごとく玲花にエリザとの状況を発見され、起きあがり手を振って誤魔化す俺。エリザは泣き腫らした顔を見せるのが嫌なのか、コタツの中に完全に潜ってしまった。

 そんな俺たちを、カリンがニヤニヤと見てくる。


「な、なんだよ」

「ふふっ……仲直りは、できたようだね」

「まぁ、多分」


 怒りの原因は結局分からなかったけど。

 それでも、ああして抱きしめ合った事は仲直りと言っていいのではないだろうか。最後の辺り、俺ちょっとヤバイ事しようとしてた気がするけど。

 いやホント危なかった……玲花グッジョブ。


 先ほどの混沌とした気持ちがまだ渦巻いていたのだが、それを俺は、制御が効かなくなる前に握りつぶして消し去る。さて……これでよし。一時の迷いとはいえ、自分で制御できなくなるくらいの激情は、危険すぎる。このままだとエリザに何をしてしまうかわかったもんじゃない。


「そうかい、それは重畳だ。わざわざ舞台をセッティングした甲斐があったというものだよ」

「いや、コタツで寝てただけだろうに」

「やれやれ。クノ君のリクエスト通りエリザを眠らせるのは、なかなか骨だったんだよ? もう少し褒めてくれても罰は当たらないと思うけどね。……そうそう、エリザは君に『消えて』なんて言ったことを酷く気に病んでいるようだったから……その辺りのフォローもできればお願いしたいんだけど」


 唇に人差し指を当て、こちらを見てくるカリン。

 あぁ、やはり頼れるギルマスだよ。この人は。


「……あー、成程。それは有難うな。そしてフォローは……できた、のかなぁ?」


 エリザが見た夢は、そういうことだったのか? と気付く。

 あの整理のつかない言葉で、なにかフォローになってればいいけれど。


「ギルメンの不和を解消するのも、ギルマスの務めだからね。

 ……で、クノ君はエリザが寝ている間に、一体ナニをしたのかなぁ?」


 先ほどの頼れるオーラはどこへやら、もう板に付きはじめたニヤニヤ顔。

 男だったら睨んで黙らせるレベルだ。

 しかし、寝ている間・・・・・か。


「……部屋の片づけを少々」

「物色は感心しないね」

「言葉通りの意味に受け取ってお願いだから!」


 すると、コタツの中から声が響いてくる。


「あの……少し食堂に行っていてくれるかしら? すぐにケーキを用意するから」

「ほへ? いや、それだったら私もお手伝いしますよ? 切り分けたりとか……」

「いえ、大丈夫だから。行って頂戴、本当」

「ええ~、でも、」


「ほら、行きますよフレイさん」

「ほら、ゴーゴー。ダダをこねる子にはケーキは来ないんだよー?」

「という訳だ、いくよフレイ」

「あ~ちょっと~!? 今の私なんか悪かったですか~!?」


 バタン。

 無情にもドアが閉まり、玲花の声が遠くなって、再び部屋に静けさが訪れる。


 コタツから顔を出し、立ちあがって伸びをしたエリザは、改めてみると確かに皆に見せられないくらい酷い顔で――


「――可愛いな」


「なぁ!? ちょ、何をいきなり言いだすのかしら!?」


「……あれ? 口に出してた?」

「そ、そりゃあもう……はっきりと」


 口をもごもごとさせ、赤くなるエリザ。

 どうしよう、何故かエリザがいままで以上に可愛く思えてきたんだが……これは一体。


「あー、……まぁ事実だし、いっか。俺は意外と思ってる事は素直に言う派だぞ? むしろそんな風に思って無い女の子と、さっきみたいな事はできない」

「事実で……さっきの……あうぅぅ……」


 手で顔を覆い、羞恥からか倒れそうになるくらい熱を発散するエリザ。

 その身体を、そっと支えて。


「だからこれも一つ、言わせてくれ」


 エリザが再起動するのを待って、こう告げる。

 なにもわからない俺が今、一番に言いたい言葉を。


「これからも、よろしくな」


「え、あ――」


 エリザは一瞬ポカン、とした顔して。

 そして次に納得したような表情で、こう言ったのだった。


「――ええ、こちらこそ。よろしくお願いするわね、クノ」


 

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