第七十七話 クリスマスオフ会のお話③
同日投稿第一弾
そして食事の最中。
エリザは俺と眼も合わせてくれなかった。こんなに拗ねられたのは初めてだ。
エリザの酢豚が本当に美味しかったので、400文字程度の感想を述べてみたんだが、それでもである。エリザが料理得意って、やはり本当だったんだなーとしみじみ感じたがそれは置いておいて。
昼食が終わって、皆がしばし雑談をし始める。時刻は12:30頃。
この後の予定とか、どうなってるんだろうな? 聞いた限りでは適当に過ごすみたいな感じだったけど。未だ顔を逸らし続けて、もはや首が痛くなるのではないかとの心配が有るエリザを気にしながら、俺はカートを押して席を回り、食器を回収する。
こうしていると、本当に執事のようだ。『IWO』の服が今あればなぁ。
「ああ、手伝うよクノ君」
「というか、皆でやりましょうよ~」
「その方が効率もいいですね」
「あたし達だけ座ってるのもねー」
カリン、玲花、ノエル、リッカが食器を重ねに来るが、やはりエリザは顔を逸らしたまま。リッカの(悪意は無かったであろう)言葉を聞いて椅子から立ち上がったが、それだけである。
「……料理をとってくる少しの時間に、一体何があったんだい」
「九乃さんにしては珍しく、かなり怒らせてる感じですが。何やったらエリザさんもあんなに意固地になるんですかね」
「いや、それが俺にもよくわからないんだよなぁ」
事情を話せと圧力をかける四人に押されて、先ほどのことを話した。「今日の夜~」の所はぼかしておいたが。気の迷いからでた発言でエリザの尊厳が傷つく事は避けたい。
「どう考えてもクノ君が悪いね、うん」
「そこで疲れてるは無いですよ九乃さん……女心とかもはやそんなレベルじゃないです」
カリンと玲花の呆れ顔。
そして――
「凄いですね。料理を見ただけで作った人が分かるなんて」
「あのスクランブルエッグは会心のできだったんだよー」
「そうか? 割とわかるもんだが。うん、確かにスクランブルエッグ、美味しかったな。ノエルの茶碗蒸しも、あのつるんとした喉越しといい一級品だ」
「いえ……有難うございます」
「えっへん」
「話の中核と関係ないところで盛り上がらないでください!?」
つい中学生二人と料理の話で盛り上がると、玲花にスパーンと頭をはたかれた。
「あ、あぁ。すまん」
玲花に謝っていると、鋭い目つきをキラキラと輝かせたカリンがずずい、と前にでてくる。俺よりも身長が高いんだよな、この人。男として複雑である……果たして追い越せる日は来るのかな? そういえば、この間測ったら2cm伸びてたし、後3cmって所か。
そして俺に問いかけたのは、こんな事だった。
「私の料理はどうだった?」
「ああ、カリンのも美味しかったぞ。やっぱあのソース、手作りのオリジナルか?」
「うん、良くわかったね?」
「まぁな。……しかし約一名を除いて、皆良いお嫁さんになれること請け合いだな。俺が保証してやろう」
「そ、そうかい……なんというか、非常に照れるね。ふふ」
「お、お嫁さん……」
「あれー? ノエルちゃん顔真っ赤―」
などと和やかに談笑していると、突然玲花が吠える。
背後になにやら、オーラが見える気がする……
「だぁああ!! 真剣に話してください!! そして九乃さん、約一名ってなんなんですか!?」
「……」
「黙って首を横に振らないでくださいっ」
俺はそこで全ての食器を回収し終える。
さてエリザの方は、とちらと見やると、椅子の肘かけに腰を乗っけて腕を組んでいた。……もう普通に座れば良くない?
近づいて、声をかける。
「エリザ。洗い物だけどさ、厨房にある道具勝手に使っても大丈夫か?」
「……勝手にすれば。そして早く私の目の前から消えなさい」
「なんか使っちゃ駄目なやつとか、ホントにない?」
「うっさい。消えて」
やはりこちらには顔を向けないまま、辛辣に言い返された。取り付く島も無いとはこのことか。
……九乃は心に999999のダメージ。
再起不能なレベルかもしれない……
無表情の仮面にどんよりとした空気を纏わせて帰還し、皆をどん引きさせた後。
カートを押して厨房に持っていく。リッカがトトト、と先に走って扉を開けてくれた。良い子だ……
カートを押しながら、ついてくる四人に首だけ振り返り告げる。
「……洗い物はやっとくから、皆はエリザの方を頼む」
「え!? この量一人で洗うんですか?」
「余裕だろ。メイドさんに仕込まれた俺を舐めるなよ? それよりエリザの方が心配だし。やはり早く休息を……」
「まだそれ引きずってんですか!? 絶対論点ずれてますって」
いやでも、疲れて不機嫌とかじゃないと、さっきの暴言は理解できないし……
「……でも、エリザが疲れているというのはあながち間違っていないだろうしね。ふむ、ここはやはりあの兵器の出番かな?」
なにそれ怖い。
なんだろう、マッサージチェアとかか? こんだけの屋敷なら数台並んでても驚かないが。
無表情で見つめていると、カリンは指を立て、もったいぶって言葉を発した。
「―――コタツさ」
―――
「ふぅ、これで終わりっと」
六人分の食器や大皿、ついでにシンク回りも掃除していたら結構時間がかかってしまった。これは最後までぶーぶー言っていた玲花にも手伝ってもらうべきだったかな、と思う反面玲花が役に立つのかという疑問も。……あぁ、なんとなく水をまき散らしたり食器を割ったりする玲花が目に浮かぶようだ。駄目だな。
置いてあった布巾もきちんと干して、自前のハンカチで手を拭く。さて、じゃあ皆のところにいくかな~と思った所ではたと立ち止まった。
「……皆、どこ行ったんだろう」
この広い屋敷で、一つ一つの扉を確認するのは非常に骨が折れるのだが……最悪そうやって探すしかないのかな? 首をコキコキと言わせながら、とりあえず食堂に戻ってみる。
案の定誰も居なかったが、テーブルの上にメモ用紙が一枚乗っていた。
そこには簡潔に一文。
『113』
……何これ。しばらく考えて、部屋の番号ではないかと結論付ける。
早速玄関側の扉から食堂を出てみると、案の定全ての扉には番号が振られていた。ビンゴだな。
つまり113号室に行けばいいわけだ。早速目の前の扉の番号を確認してみると、
『120』
……あぁ、部屋数が多いのも困りものだよなぁ……
そして俺は、一つ一つ扉の番号を確認しながら屋敷を彷徨い歩いたのだった……
結局俺が目的の部屋に辿りついたのは、15分程後の事。
玄関から食堂と反対方向に進んで、角を一つ曲がった突きあたりという実に分かりにくい場所だった。
見取り図が……欲しいです。とはいえ、今の時間である程度間取りは把握したけど。
それでもやっぱり正確なものがあると楽だと思うんだよね。エリザはよくこんな所に住んでるよ。
ドアノブを回し、扉を開けて中へ。ちなみに外開きだ。
部屋の広さは、先ほどの食堂の半分ほどと個人の部屋としては飛びぬけて大きいだろう。俺の部屋の何倍あるんだろうか? 黒で纏められたシックな内装と、微妙にミスマッチなコタツが印象的。
「……」
俺は音を立てないよう、静かに扉を閉めた。僅かな金属のすれる音すらしない辺り、手入れが行きとどいている感じだな。内装やこの事から推測するに……この部屋は、エリザの自室だろうか?
改めて、ほぼ正方形をとる広い部屋の、中央より奥よりにあるコタツに眼をやる。
そしてそのコタツの四辺は、すやすやと眠る少女たちで埋まっていた。
コタツテーブルの上にミカンの皮が散らかってなければ、さぞ絵になったことだろう。
手前側に玲花、右にカリン、左にはノエルとリッカが二人で一辺に入っていて、奥にはエリザだ。
大きなコタツは威風堂々と佇んでおり、少女達はみな肩まですっぽりとカバーをかけて入っているが、窮屈といった感じはしなそうである。すわ金持ち仕様か……!?
いいなー、コタツ。俺の家には需要の問題から存在しないものだ。買おうと言えば買ってくれるとは思うが、俺一人のためだけにコタツ買うのも躊躇われるんだよな。
そんな事を考えながら、なんとなく部屋の奥、窓際まで歩く。
そこは丁度、俺の家が見える位置だった。はっ、エリザに監視されている!? なんて馬鹿な事を妄想しつつ、外の空気を吸いたくなって窓を開けてみる。
ビュオォォウ
「さむっ」
ガララ――ピシャン
途端に吹きこんできた寒風に、すぐに窓を閉める。
外の空気とかもういいです。それよりも寒いです。
先ほどまでよりも、一段と身体が冷えた気がする……
窓から視線を外して左を見ると、そこにあるのはベッドとエアコン。続いてリモコンを探して視線を彷徨わせると、腰くらいの高さの棚の上に、小物と一緒に置いてあるのを発見。
俺はエアコンを見つめ、じっと考え込み、結論を出す。
……流石に勝手に暖房を起動させるのは躊躇われるよね。
「はぁ」
吐きだした息は白く曇り、消えていく。せめてもう少し着こんでくれば良かったと、本当に後悔し始める。今から家まで取りに行こうかな……でもなぁ、それも面倒だしなぁ……
ずるずると壁を滑り、膝を抱えて体育座りの格好で正面……エリザの寝顔を見る。あどけないその表情は、つい最近も見たものだ。しかし、エリザだと確定している状態で見るとまた違った風に感じられる。
「ちょっとやばいくらい可愛いな……」
いつも不敵に振舞う黒衣の少女。しかし現実世界では結構抜けてる所が有って、しかも今無防備な寝顔をさらしている。そのギャップのある姿を、綺麗な顔を、可愛いと言わずしてなんというのか。
目の保養になって、大変結構である。
ついでとばかりに、立ちあがって一人一人の寝顔を観察。携帯を持っていれば写真を取っていたかもしれない。持ってないけど。携帯を携帯してないけど。
途中、玲花がよだれを垂らしているのを発見して、下の柔らかそうな絨毯に垂れる前にティッシュで拭ってやる。ホント、仕方ない奴だな。と思ったらカリンもだった。
……ギルマスェ……律儀にふき取る俺。
そしてそのティッシュを捨てようと、ゴミ箱を探す。先ほどの棚の横に合ったのですぐに見つかったのだが、中身は空っぽ。なにか袋も入れられていない。
この状態に捨てるのは罪悪感あるよなぁ……。ついでにテーブルの上のミカンの皮も一緒に片づけ、ティッシュで卓上を綺麗にしてゴミをまとめる。空の籠だけが乗ってるテーブルも、割かしシュールだな。
そうしてまた静かに扉を開閉し、俺は厨房へとゴミを捨てに戻るのだった。