第七十六話 クリスマスオフ会のお話②
同日投稿第二弾
「おお……広いな……」
エリザの家の玄関を開けての第一声が、それである。
御崎邸に負けず劣らず大きいエントランスホール。流石に『IWO』の闘技場のホールには負けるが、ゲームと比べるのもおかしいだろう。あれはエントランスホールと言うか、武道館ホールだ。
「無駄に広いせいで掃除が大変なのよね……」
「それは確かに、大変そうだ。こんな広い家に、本当に一人で住んでるのか?」
「ええ、姉さんたちはフレイの家に住み込みをしているのよ」
「ですよ~。メイドさん専用の部屋があるのです」
「へぇ……エリザもメイドさんも大変そうだな……」
以前親がどうとか言っていたから、その辺りには触れない。しかしこの家を見るに、やはり他界していると考えるのが自然なのか……
一瞬眼を閉じて、暗い気持ちを追い払う。今日は楽しまないとな。
エリザに案内されて、長い通路を歩いていく。いやしかし、本当にお屋敷だな。
装飾品こそ置かれておらず、少し殺風景なものの、左右にずらっと並んだ扉が壮観である。床は暗い赤の絨毯だし。御崎邸は確か普通に木の床だったと思うが。
ちなみに西洋風のこの家だが、玄関入ってすぐの靴箱で靴は脱いでいて、ただいま皆揃ってスリッパ状態だ。エリザ曰く、掃除が面倒になるからだそうな。まぁ、納得。
「いやー、いつ来ても凄いですね、エリザさん家は~」
「お前が言うなよ、おい」
「……あ、はは~」
そんなこんなで辿り着いた、突きあたりの一際大きな扉。それを押しあけると、そこには我が家のリビングの五倍はあろうかという広い空間が広がっていた。
中央には大きな長テーブルが置かれていて、その上には人数分の銀食器。
そしてどこからか漂う、美味しそうな香り。
「クノが来る前に、なんとなく早く集まった皆で、昼食を用意したのよ」
「おお、それは有り難い」
有り難いが……なんだろう。時計を見ると、現在時刻は12:00前。別に俺は時間に遅れてる訳でもないのに、何この罪悪感。
普通は集合時間の一時間前に行動とかするものなの? ねぇ?
「思ったより早くできてしまったので、冷めない内に~と九乃さんのお宅に突撃をした訳なのです」
「ああ、成程……でもさ。俺が昼食をもう食べていたら、どうするつもりだったんだ?」
玲花の言葉に、疑問を向ける。
いや。結果的には食べずに冷蔵庫に封印したままだけど、俺がもう少し起きるのが早かったら冷凍ラーメンをお昼御飯として既に食べていたはずだろ? その場合、呼びに来たのも用意してくれたのも無駄になっちゃうんじゃないかなー、と。
「…………あっ」
目と口を開いて固まる玲花。考えて無かったのかよ。
そんな玲花に変わるように、エリザが答える。
「その時は、普通に私達だけで食べていたわよ? まだ料理はよそっていないから」
「ああ、そっか」
納得して、そして玲花を見る。
エリザもつられて玲花に視線をやり、そして全員の視線が玲花に集まる。
「あ、はい、そうですよね! そうそう、私もそうしようと思っていたんですよー! 決して私の考えが足りないとか、そう言う訳ではないというか。全て計画通りというか、はい……」
わたわたと弁解をする玲花。その頬に、つつっと一筋の汗が伝う。
「いや別に、誰も責めたりしないぞ?」
「そうよ、人間だもの。誰しも考えの及ばない事はあるわ」
「まぁ、気にしない方がいいさ、フレイ」
「そうです、大丈夫ですよ!」
「フレイちゃんは悪くないよー」
「……じゃあなんで皆こっち見るんですかぁーー!!」
最近玲花の弄られっぷりが板についてきたな。
もうどこにだしても恥ずかしくない、立派なイジラレストである。本人が恥ずかしいかどうかは別問題として。
そうして皆で、昼食となる。
せめてものお詫びと言う事で、俺は配膳を申し出た。玲花は何故かごねたが、じと目でみてやるとすぐに黙ってしまった。……うーん、なんかこれはこれで不味い気がするなぁ。何がって、玲花さんの調教され具合が。
コートを脱いで、適当な椅子の背にかけておく。屋敷の中は外に比べたら寒さはマシとはいえ、やはり12月、かなり肌寒い。もう少し厚手の服を着てくれば良かったと後悔するが先にたたず。
しかし人様の家に上がる時は上着を脱ぎなさいと教わって育った俺は、それでも母の教えを守り通すのだ。何故かって? そりゃ俺もまだ成仏したくないからな。
それに屋敷の主であるエリザがサポートとしてついてきてくれて、二人で隣の厨房へと向かう。俺達が入って来た玄関側とは丁度向かい側になる位置にある扉を押しあけた先には、またまた長い廊下。そこからすぐに直角に曲がって、右側一番手前の扉をくぐる。
「こういう家だと、食事をとる場の隣に厨房って珍しい気がするよな」
「そうかしら?」
「ああ、玲花の家でもある程度離れてたし」
「まぁ、そこはあまり不便がないからいいのだけれど」
「それもそうだな」
他愛もない雑談をしながら、厨房に入って料理を運ぶ大きなカートの押し手を手に取る。その上にはすでに、蓋をされた大皿が乗っていた。
成程、この形式なら俺を抜いても問題なさそうだな。いや、食べさせて貰うけども。
蓋を取って出てきたのは五種類の料理。酢豚、サーモンのカルパッチョ、茶碗蒸し、スクランブルエッグ、茹で卵だ。……なんか、節操無いな。そしてサラダも無い。強いて言うならカルパッチョの付け合わせか。
てか最後、茹で卵っておい。スクランブルエッグと卵オンリー料理かぶってるし。
「なにやら微妙そうな雰囲気ね」
「お、おう……分かるか」
「それは流石に、料理を見て固まられればね……さて、ではここでクイズよ」
クイズ? いきなりなんだろうか。
「この料理は、私達五人が一品ずつ作ったものなの。それぞれ誰が作ったかを当てて御覧なさい?」
楽しそうに薄く笑いながら、料理を指してエリザは言う。
……えー。いやそんなこと言われてもなぁ。
「全部分かったら、何かご褒美をあげるわ」
「なにそれ」
「ふふっ、秘密よ」
むぅ、気になる。
仕方ない、少し本気で観てみるか……
俺は眼をすっと細め、料理から作り手の特徴を探しだし、『花鳥風月』メンバーと合致するか脳内で照合していく。ふむ……
「……え、いや、そこまで本気になられてもそれはそれで……」
「茶碗蒸しは、ノエル。スクランブルエッグは、リッカ。酢豚は、エリザ。カルパッチョは、カリン。そして茹で卵は玲花だな」
観た結果を端的に告げる。
そして固唾をのんで正解発表を待ちかまえていると、
「……正解、よ……まさか本当に当ててくるなんて」
なにやら戦慄している様子のエリザ。
なんだ、自分から振っておいてその反応は酷くないか?
というか玲花……まさかの茹で卵玲花……せめてリッカ辺りなら微笑ましかったのに。こんなにふわふわで色鮮やかなスクランブルエッグ作ってる時点で、なんとなくリッカの方が凄い気がするね。
「玲花ぁ……」
俺の呟きを聞き、しばし自失していたエリザも遠い目をする。
「まさか、あそこまで料理ができなかったのは驚きだったわ……」
「お嬢様という立場上、合ってるような間違ってるような。そして地味にノエルが凄いと思うんだが」
俺、茶碗蒸しとか作った事ないよ?
「作ってみれば、そこまで難しくはないのだけれど……それでも確かに、ノエルの料理の腕には目を見張るものがあるわね」
「へぇ。料理得意とかいってたエリザがそんなに褒めるなんてな」
「別に料理が得意な事と、人を褒めないということはイコールではないと思うわ」
「ああいや、そういう意味では無いんだが」
料理に蓋をかぶせて、大きなカートを二人で押し始める。俺が右、エリザが左だ。
どうしても左側に傾いてしまいがちなカートを制御していると、エリザは申し訳なさそうに目を伏せて言った。
「御免なさい。むしろ私は、邪魔だったかしらね……非力なこの身を恨むわ」
「いや、そんなことないぞ。エリザがいなかったらかなり戸惑ってただろうし」
「そ、そう?」
気にするなと告げると、安堵していつもの表情に戻るエリザ。
隣とはいえ、一旦扉を出て別の扉の向こうだからな。こうして少し廊下を歩く必要があるわけだし。
それよりも、気になる事が一点。
食堂につく前に、聞いてしまいたい。
「なぁエリザ。さっきのご褒美ってなんなんだ?」
「うっ……やはりそれを聞いてしまうのね」
あれ? なんか不味かった?
エリザが食堂の扉の前で立ち止まったので、俺も停止する。
「一応、思い描いてはいたのだけれど……ううぅ、アレは流石にないわよね……まさか本当に当ててくるなんて、流石は化物……」
口の中だけで何やら呟く。
聞き取れないし、俺は読唇術まではマスターしていないんだよな。
爺さんに習っとくべきか、と思案していると、「にゃぁぁ」や「あぅぅ」といった長考の末エリザは意を決した顔でこちらをみる。
そして、そのご褒美の内容をはっきりと言葉にした――
「――今日の夜。私の部屋に来て頂戴」
「は?」
自分でも、随分と間の抜けた声がでたと思う。
一瞬思考が停止し、言語の理解ができなくなる。
しばらく空白が続いて、それから再起動した俺は先ほどの言葉を脳内で反芻した。
そして、結論を出す。
「エリザお前……疲れてるんだな」
「な、なんでよっ!?」
割とヒステリックに叫ぶエリザ。ああ、やはり疲れているのか……そうだよな、馬鹿正直にご褒美なんて真に受けた俺が悪かった。むしろ、エリザの普段の働きに対して俺がご褒美をやらなくてはいけないぐらいだろう。
食堂内から、エリザの声を聞いてぎょっとした気配が伝わる。俺は押し手にかけられているエリザの白く小さな手を優しく外し、黒髪を撫でた。表情がでない俺には、こうすることしかできないから。
不満そうな頬を突いて、俺は扉に向き直る。
「エリザ、扉を開けてくれないか? さぁ、皆が待ってるぞ」
「なんでそんな優しい声音なの!? 疲れてるって何よ!?」
「ははは。食事が終わったら少し昼寝でもすると良い。案外気持ちがすっきりするものだぞ?」
「な……あ……もうぅぅ。あぁぁぁあ――クノの、馬鹿っ! もう知らないわよっ! どっかいっちゃえっ!」
拳を握りしめ、顔を上気させ地団駄を踏むエリザ。目じりには涙すら浮かんでいる。
これは本格的に休息が必要そうだな……妙に冷静に分析して、それから俺は自分で扉を開けるのだった。