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第七十四話 イブのお話②

クリスマスイベント(前哨戦)その二

前話の超級ポーションの所持数制限を三個→一個に変更。いにしえの秘薬だった。

聖水と鳥居にも制限追加。おまけだと思ってアイテムの効果をよく考えないからこうなるんですね、わかりますごめんなさい。

そして今回は砂糖回。


「ただいまー」


 小洒落たドアを開け、中へと入る。

 壁や床の味のある木目が美しい空間に足を踏み入れると、そこには一人の少女しか居なかった。


「あら、御帰りなさい」

「おうエリザ、ただいま。……皆は?」

「明日はクリスマスオフ会だからと、イベントを切り上げて帰っていったわよ?」

「あ、成程」


 クリスマスオフ会。


 やばい、すっかり忘れていた……

 開催場所に住んでいるエリザや、ご近所さんの俺はともかく、他の皆は移動とかに時間かかるだろうしな。


 ……というか、オフ会って一体何をするんだろうか? 

 俺はカウンターの、エリザの前の席に座り、頭を伏せてだらーっとする。

 いかん、何時ものギルドの雰囲気にやられて気が抜けてしまう。二日留守にしていただけなのに、何だろうねこの安心感は。


 折角なので、目だけ上にやってエリザに訪ねてみる。


「オフ会って、なにすんの?」

「そうね……どこか遊びに出掛けたり、家でケーキ食べたり、ゲームしたり、ごろごろしたりかしら?」

「なんか……そんなもんでいいのか?」


 なんとなく、もっと高尚なことをするのかと思ってたんだが。

 まぁ、高尚なオフ会ってなんだよって話だけど……皆で集まる折角の機会に、それでいいのだろうかと少し疑問を覚えてしまう。


「そんなものよ。クノは明日が初めてでしょうけど、この先何回でも集まる機会はあるのだし。特別なことをしなくても、皆で現実に顔を会わせて一緒にいれば絆は深まる、という感じかしら」

「成程ね~」

「去年なんか、雪が降っていたから一日中私の家で過ごしたわよ。というか、今年も天候的にそうなる可能性が高いのだけれどね……」


 エリザはそういって苦笑しながら、俺に紅茶を出してくれる。

 香り高いそれを、エリザに感謝を述べてからちびちびと頂く。ただしぐでったままなので、失礼千万だが……起きる気力が無いんだ。

 あ、そうだ。今のうちに今日の戦利品を確認してもらっとこうかな。


「エリザー。今日のイベントなんだけどさ」

「あぁ、クノも街中駆けまわっていた口かしら? 私達もギルド総出で参加していたのだけれど、クノも一緒に回れば良かったと思うの……結構良い報酬が貰えたわよ?」


 そう言ってウインドウを操作し、何かのリストを見せてくるエリザ。そこには成程、沢山のアイテム名が並んでいた。種類だけなら俺の倍以上だな。

 ただ、俺にとって有益そうなものは見当たらなかった。やっぱ素材&消費アイテムが強いようだな……プレイヤーの装備にテコ入れでもする気なのかね~。


 まぁ、27日の月曜から闘技場でのトーナメントも始まるし、それに備えてってことかもしれないけど。


「ん……そうだな」

「なによ、歯切れが悪いわね。まさか一人でこれ以上のものを貰って来たとか?」


 エリザが訝しげな視線を俺に送ってくる。


「まぁ、そんな感じ……かも。とりあえずエリザに渡したいから、ギルドの共有倉庫見てくれ。そこに全部つっこんでおいた」


 素材全てと、ポーション等の消費アイテムである。

 一品ものは俺のインベントリに入っているが。スキルは皆揃った時に公開して、くじ引きでもじゃんけんでもして持って行ってもらえばいいだろう。


「さて、何が出てくるのかしらね……?」


 興味津々と言った様子で共有倉庫を確認しだすエリザ。

 しかし見るにつれ、その顔はどんどん驚きに染まっていった。


「……何、この素材……しかも超級ポーションに、聖水!? 携行型朱鳥居ってこれ、召喚アイテムじゃないの……。というか、何なのよこの数……」


 バッと顔を上げると、震える声音でどこで手に入れたのかと尋ねてくるエリザ。素直に経緯を説明すると、疼痛を感じたようにこめかみを抑える。


「たったの15万程で、こんなに取れました~」

「あり得ないわね……いや本当に……なんなのかしら、この虚脱感は……」


 疲れたようにそう言って、未だ顔を上げない俺と額を突き合わせるように、カウンターに突っ伏すエリザ。カウンターの幅が狭い弊害だ。

 肩口で揃えられた艶やかな黒髪から、VR空間なのに仄かに良い香りがする。


 ……そのまま両者動かずに、互いの息遣いだけを交換する時間が過ぎた。


 全身黒づくめの二人が、狭いカウンターでぐでっている様子は一種異様な光景だが、なんとなく動く気がしないので仕方がない。

 そうして更に時間が経過すると、エリザがもぞもぞと動いて顔を上げる。そして、どこに焦点を合わせるでもなくぼーっとしていた俺と、ばっちり目が合う。


「……」

「……ぁ……っ」


 ばっ


 急速に頬を染めて、高速で顔を上げるエリザ。


 それにならって、俺もゆっくりと伸びをしながら背筋を伸ばした。

 んー、と上を向いてからエリザを見ると、赤い顔に紅い瞳でこちらを睨んでいる最中。


「……言いたいことはあるかしら?」

「んー……。なんかエリザと居ると、自制心的なものが剥がれ落ちてくる気がするんだよな。警戒心その他もろもろと一緒に」

「……なにか言い返してやりたいけれど、残念ながら、私も同じなのよね……」


 そういって、ため息一つで視線を逸らしてくれるエリザ。

 うん、やっぱり女神だ。懐が広い……と言いたいところだが、今の俺悪く無くね?

 エリザが逸らした視線は窓の外を見て、「あら」という声が漏れ出して聞こえる。


「どした?」

「雪……」


 俺も後ろを向いて、窓の方を見る。確かにそこから見える外の世界には、ちらちらと白いものが舞い道にも建物にも雪がうっすらとかかっていた。

 現実でも雪で、VRでも雪か。夜をクリスマスに間に合わせたのは、この演出がしたかったってのもあるんだろうかね、運営さんは。


「ねぇクノ……外に出てみない?」

「何故に?」

「私、雪が降っているなか外に出た事って無いのよ。昔から身体が弱かったから……。でも、VRなら、ね」


 あぁ、成程。


「そっか……じゃ、いこうか」

「あら、今日はお姫様、なんて言わないのかしら?」


 そう言ってくすくすと笑うエリザは、いつもの大人びた雰囲気はどこへやら、幼い少女のようで。俺はそのギャップに一瞬、胸が高鳴ったのを感じる。


「……あぁ、そうだな。では参りましょうか、お姫様?」


 二人っきりのギルド内で、ひとしきりふざけ合って。

 反則的だよなぁ……なんて苦笑をしようとしながら、カウンターから出てきたエリザの手を取り、外へと向かったのだった。




 ―――




「……わぁ……」


 エリザの口から、感嘆の声が漏れる。

 通りはいつの間にやらすっかり雪化粧をして、脇に並び立つ街灯の明かりで淡く照らし出されていた。この街灯、いつの間にできたのか。それとも、今まで俺が気にしてなかっただけかね……あぁ、それは非常にあり得るな。


 たっ、と俺の手を振りほどき、雪を踏みしめに通りを進んでいってしまうエリザ。なんだろ、元気なのはいいんだけど、お兄さんちょっと寂しいな……


 中央広場にほど近い事もあり、通りを行きかうプレイヤーは最新の街だと言うのにちらほらと見受けられた。やっぱ俺がトレーニングルームに引き篭もってる間に、ボス倒して沢山のプレイヤーがやってきたんだろうな。


 手袋をはずして、舞い散る雪片に手を傾ける。ひらひらと手のひらに降り立ち、儚く消えてしまう雪はまるで現実と見分けがつかない。そういえば、いつもは快適な温度に保たれている街も今はすっかり冷え込んでいるし。吐く息も白い。……エリザ、大丈夫かな……


 あまりのリアルさに現実にも影響がでないか一瞬心配になったが、よく考えるとこれよりもっと過酷な状況もVRでは体験してるはずなんだよな。戦闘にも参加してるってことは。

 俺はひとまず安心をして、それからゆったりとエリザの方へと近づいていった。エリザは尚も雪の中、手をかざしたりスキップをしたりくるくる回ったりと大変はしゃいでいる。

 その姿はまるで、雪の精のように無邪気で可憐だった。


「クノ、雪って凄いわね!」


 遠くでくるっとターンを決めて、こちらに手を差し出してくるエリザ。

 そんなにはしゃぐと滑るぞー、と警告をしようとした次の瞬間。


 どっしゃぁ!


「エリザーー!?」


 片足ターンがやはり不味かったのか。


 それはもう、豪快にこけた。


 静かな通りに、悲痛な俺の叫び声と、雪を踏みつける荒々しい音が響く。何人かのプレイヤーが振りかえる中、俺はエリザに駆けよると、膝をついてその細い体を抱き起こした。

 あーあ、雪の精が台無しだな……


「……クノ……私はもう……駄目みたい」

「いや、エリザ? エリザー?」

「私に構わず、先へ……がくっ」

「……俺にどうしろと」


 ぐったりと目を閉じるエリザ。

 照れ隠しのために、道の真ん中で小芝居を始めるなよ……



 そして数分後。

『花鳥風月』のドアの前、小さな段差となっている部分に、俺達は並んで腰かけていた。


「もう絶対に雪の日に外なんかでないと誓うわ……」


 胸の前で静かに手を握り、苦々しい顔で告げるエリザ。


「極端すぎる……ちょっとこけただけじゃないか」

「現実の私が雪の日にちょっとこけて御覧なさい……どうなると思う?」

「どうなるって。んー、服が濡れる、とか?」

「死ぬわよ?」

「死ぬの!?」


 真顔で言いきるエリザ。

 いくらなんでも貧弱すぎだろ。

 いや、しかしエリザならあり得るかもしれんな……


「あー……うん。確かにやめといた方が良いかも」

「でしょう? ……といって納得されるのも何処か釈然としないのだけれど」

「じゃあどうせいと……」


 不服そうに目を細めるエリザは、そのまま雪を眺めだす。

 つられて俺も、正面を向く。こんだけ降り続いてるのに、ある一定以上は積もらない辺りがVRだな。さっき俺達が付けた足跡ももう完璧に消えてるし。


「見ている分には、綺麗なのだけどね……」

「そうだな」


 人通りが途切れ、一切の雑音が介在しない白銀の世界。

 白く曇る息が二人分、混ざって空に消えた。


 ……って、ん?

 ふと意識すると、エリザが大分近くまで身体を寄せてきている。睫毛の一本一本まではっきりと見える程の距離だ。

 こてん、と肩に乗ってくる小さな重みに、俺は問いかけた。


「どうした?」

「……寒いのよ。この服は耐寒性能を付与していないから。クノみたいに気合いでなんとかできる訳でもないしね」

「俺は別に、気合いでなんとかしてる訳じゃねぇよ……」


 どこの熱血キャラだ。手袋はしてたりするが、ぶっちゃけかなり薄手である。革っぽいのになんでこんなに薄いのか謎だよなぁ。


「……違うの?」

「違うし。普通に寒いし……てか、そんな寒いならギルドの中に入るか? 雪なら中からでも眺められるだろ」

「……つくづく残念な人ね、貴方は」


 えー。

 何が気に入らなかったのか、はぁ、と大きく息を吐かれる。

 吐息が当たった首筋辺りが仄かに熱を持ち、熱はじんわりと広がる前に失われる。


「はぁ――」


「ひゃぅ!? 何するのかしら!?」

「いや、息がかかった部分が暖かかったから。なんとなく俺もやってやろうかと」

「……そういう不意打ちはやめてくれるかしら……」


 んなこと言われてもなぁ。

 エリザもやって来たし、お互い様ではないだろうか。

 まぁ、若干驚かせる意図が有ったことも否めないけど。

 仕方が無いので今度は「触るぞー」とおざなりに許可をとり、それからエリザの頬を両手で包みこむ。手袋を外しているので、すべすべの肌触りが直に伝わってきた。寒さで冷たくなってるかと思ったが、意外と熱いな。


「……な、なにかしら」

「いや、頬が赤いから……やっぱ中入る?」

「誰の、せい、よっ」


 右半身は完全に俺と密着しているため、自由な左手を伸ばして、デコピンをしてくるエリザ。

 その頬から手を離してっと。


「……ふっ、甘いな」

「なん……ですって……」


 鋭いデコピンを、少し顔を逸らして紙一重で避けきる俺。

 なんという回避技能の無駄遣い。更に連続で繰り出されるそれを、避け続ける。

 やがてエリザは腕が疲れたのか、ぐったりと手を下し恨みがましげに赤い瞳でこちらを見てきた。密着+左腕が力なく俺の左肩に引っかかっている中、どちらかというと誘われているようにしか見えげふんげふん。……悪い、流石に不謹慎だったな。


「ふう。よし、じゃあそろそろ本当にギルドの中に入ろうぜ。明日に備えて、俺も落ちることにするわ」

「そう……。はぁ……わかったわ」


 大きく息を吐き、エリザの手を外して立ちあがる俺。

 続いてエリザもどこか不満そうな顔で立ちあがり、スカートを払う仕草をした後、くるっと振り向きドアへと歩く……その背中に、俺は声をかけた。


「あ。そのままストップ。後ろ向くなよ?」


「……え? なにかしら」

「まぁまぁ、いいからいいから」


 そう言って固まるエリザに近づき、後ろからそっとある物・・・を首に付ける。軽く髪を持ち上げ銀のチェーンから出し。うん、こんな感じかな。


「この間さ、エリザにいつかお礼するって言った時。あの時エリザは、また思いついたらって言ったよな?」

「え、ええそうね」

「でも、悪いけど待てなかったから時間切れ。俺からのお礼は、これになります」


 そして、エリザを振り向かせる。

 戸惑った顔から視線を下にやると、そこには精緻な模様のあしらわれた小さな銀の台座と、その上で妖しく輝く黒の宝石。


 そう、俺からのお礼としてエリザにあげた物。

 それは、「黒妖魔石のペンダント」だった。


 あぁ、やっぱり似合ってるな……俺の生きてないと評される眼も捨てたもんじゃない。


「ちょっとだけ早いけど、クリスマスプレゼントも兼ねてな。エリザにぴったりだと思うんだけど……どうかな? こんなんでいい?」

「……え、えっと、その……」


 ペンダントを見て、目を白黒させるエリザ。


 ……あれ。もしかして、駄目だった? 

 ちょっと雰囲気に乗って慣れないことしてみたけど、不味かった?


 エリザと一緒になって、俺もあわあわと慌てる。表面上はただ立っているだけだが、内心は尋常じゃない焦りが体中に駆けめぐっていた。

 どうしよう、なんかエリザ泣きそうになってるんだけど!? 意味も無く手を上げ下げして、虚空をかき回す俺。


 そんな二人が落ち着くには、少し時間がかかった。


 いつもの雰囲気を取り戻したエリザが、こちらを見て、笑みを浮かべる。それは可憐にも、妖艶にも取れる不思議な笑みで。

 それでも、それがとびきりの笑顔だと言う事は、すぐにわかった。


「有難う、クノ。凄く……凄く嬉しいわ」


 はにかみながらも真っすぐに見つめる、吸い込まれるような紅の瞳。


「そっ、か。喜んでもらえたようでなによりだよ」


 そんな笑顔に対して、表情一つ動かせず何も返せない自身が歯がゆい。


 それでもなんとか、笑顔を返そうとして――


「えっ?」


 ふいにエリザの表情が驚いたものに変わる。


「……ん? どうした?」

「いえ、クノ貴方今……少し笑わなかった?」

「……えぇ!? そうか? ……正直わからん」

「気のせい、かしら……?」


 ふむ、と考え込むエリザ。気のせいなのか、そうでなかったのか。自分のことなのに全く分からない辺りが残念過ぎるが。

 それでも、少しでも笑えていたのなら良いなと、そう笑みを浮かべようとして……失敗。


 …………。


 そして俺はエリザの肩を押し、ギルドの中へと入っていくのだった。



来週、再来週は土曜、日曜とも0:00と12:00の一日二回更新の予定

クリスマスイベント(本番)は八話構成です


……8月にもなって何してんだろうね私は


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