第七十一話 修行のお話①
すみません、予約投稿ミスです……
そして12月22日水曜日。さて、やりますか。
『リネン』にある初心者支援施設の一つ、『戦闘訓練所』。
用途ごとに部屋が個室になっていることから、通称トレーニングルームと呼ばれている施設だ。
入口の向かいにあるカウンターに向かうと、NPCのおっさんが、暑苦しく声をかけてきた。オルトスさんと張り合うレベルの、羆のような大男だ。
「ははっ、いらっしゃい! ここは初めてかい?」
「はい」
「そうかそうか。では簡単に利用方法を説明しようか?」
親切に聞いてくれるが、俺の目的はパンチングマシーンのみなので、その辺りだけを尋ねることにする。
「パンチングマシーン……ああ、あれのことか。まぁ確かに、パンチングマシーンだね! はっはっは。そうだね、ではまずメニュー画面を開いてくれるかい?」
おっさんの言う通り、メニュー画面を展開する。
すると、闘技場のメニューを展開する時にも使った、二重四角のボタンが右隅で赤く光っているのを発見する。
「その光っているボタンを押すと、その施設での専用メニューが出せるんだ! さぁ、レッツタッチ!」
「あ、はい」
このボタン、そういう意味だったんだ。
おっさんのノリは完全にスルーする方向で、さっとボタンに触れる。するとメニューウインドウとは別に展開される、一回り小さいウインドウ。
曰く、施設ウインドウらしい。一片の捻りすらないな。
展開されたウインドウには、なにやら戦闘訓練の練習メニューのようなモノがずらっと並んでいる他、いろんなトレーニング機器の名称が表示されている。
……成程、これに触れるとその訓練を受けられたりする部屋に転送されるのか。おっさんに聞いたところ、そうだと無駄に大きな動きで頷いていた。
パンチングマシーンの正式名称は、ダメージ量計測器と言うそうだ。
おっさんに礼を言って、早速そのボタンを押す。
その瞬間俺は、転移の際に毎回感じる浮遊感と共に、見知らぬ部屋へと連れていかれたのだった。
―――
目を開けると、そこは学校の教室を縦に二倍した程度の空間だった。その中央には直径50cm程の緑の球体が浮かんでいて、白い壁面にはなにやら解読不能な文字が所どころ刻まれている。
ブゥン、と小さな音を立て、目の前にウインドウが展開した。
「ふむ、成程」
そのウインドウを読んでいくと、どうやらここの仕様説明書のようだ。
要約すると、あの緑の球体に100Lを実体化させて入れると、ダメージの計測ができるようになるらしい。球体の位置を変えたり、動きを入れたりするには施設ウインドウからだそうで。
じゃあ早速、やりますかね。100L硬貨――つまり大銅貨一枚を実体化させ、球体に触れさせる。すると硬貨が取り込まれ、代わりに球体の色が赤に変色した。
この状態で球体に一撃を入れると、ダメージ量が計測できるということだな。ちなみに二撃以上入れても、計測には影響しないので正に今の俺の目的にうってつけの機械である。
スキルの使用は自由ということで、俺は【異形の偽腕】のみを顕現させ、「黒蓮」を準備。強化スキルを使う意味はないかな。
さて、じゃあまずは複合相殺を使わない一撃の威力を知っておきますかね。
右手を振り、球体に黒剣を叩きつける。
ガィン、という不思議な金属音がして、俺の剣は球体に受け止められた。動かない事は分かっていたが、なんとなく悔しいな。
さて、測定結果はっと。
目の前に小さなウインドウが出てくる。表示された数値は、
“2560”
というものだった。うーん。
正直普通がどのくらいかわからんが、まぁ自分の基準にはなるのでいいか。
では次に、剣二本で複合相殺を試してみる。
硬貨を球体の上に実体化させ、もはや直接触る手間も省いてダメージ測定開始。
二本の剣が緻密に同じタイミングで当たるように調節して――
一回目――“2634”
二回目――“2598”
三回目――“2512”
四回目――“5234”
五回目――“5178”
六回目――“2622”
その後五回試したが、全て5000台を叩きだすことに成功した。
ヒュオン、と剣を振って感覚を確かめる。うん、やはり止まっている物体にならこんな感じかな。二本はあっさり成功したので、さぁ次は三本だ。
『偽腕』による斬撃も混じってくるため、難易度が格段に跳ね上がるだろうが、どうだろう。
一回目――“5109”
二回目――“5301”
三回目――“5200”
どんどんと回数を重ねていくが、やはり難しいな……
ガィン、と金属音が部屋中に満ちていく。
結果を確認しては硬貨を落とし、攻撃。それを感覚が掴めるまで何度も繰り返す。これは『偽腕』の操作の練習にもなるな。
「ふっ――ふっ――」
自らの息遣いと黒剣の風切り音、そして金属同士の衝突音だけが積み重なり、だんだんと心が無の境地に達してくる。
もう一回、もう一回。ただ確かな手ごたえを得られる瞬間を掴むため、ひたすら剣を振り続ける。
時間の感覚が無くなり、腕の振りだけに意識が集中される。
そして回数を数えるもやめ、何回目かの挑戦。
ガィン――
今までと同じ、しかし俺にとっては少し違う金属音が響き渡った。
測定値を見てみると、
“7777”
……なにこのミラクル。
『偽腕』を含めた複合相殺が初めて成功したそのことを、測定値までもが祝福してくれているようだった。7777って。
俺は無の境地から離脱し、しかしそこからは確かな手土産を持って帰って来た。静かな喜びが湧きあがってくる。
さて、じゃあ。
ここまできたんだ、四本もやりますかね。
―――
結局この日は、四本での複合相殺を完成させるには至らなかった。
三本目が終わった時点で、もうすっかり遅い時間だったのだ。それに、『偽腕』でタイミングを合わせるのもやはり一本と二本では難易度に大きな差があった。
自分の腕のように、割と自在に操れていると思っていたんだが、このように精密な作業をすると違いが浮き彫りとなってくるな。今回のような機会を生かして、更に精進あるのみである。
俺は訓練所からでると、伸びを一つして空を見上げる。
現実の夜空と変わらない、星が瞬く暗い空を。
そう、暗い空だ。
いままで街やフィールドは常昼帯で、夜を感じられるエリアは無かったのだが、昨日アップデートがされて、時間帯によって夜が追加されたのだ。
流石にこの辺りの事は、俺でも知っている。
その他にも夕暮れや仄暗い朝の演出など、現実と同じような空の変化が再現されるようになり、それに伴って出現するモンスターも一部変わるらしい。とはいえ、現実よりも夜の時間は短く、確か22:00~翌日の3:00までだったかな? まぁこれは仕方ないことだろう。
どうやら空の変化は本来は初めからある予定だったのだが、大人の事情により間に合わなかったそうだ。クリスマスまでに間に合わせます! と以前から意気込んでいたようだが、その成果がやっとお披露目になった訳だな。クリスマスギリギリである。
しかしここまで大規模な変化なのに、アップデートに伴うログイン不能時間は、たったの三時間だったとか。以前から小分けにして準備していたらしいが、技術の進歩って凄いよな……
俺は「帰巣符」を取り出すと、『ホーサ』ではなく『リネン』と告げる。
明日もやるつもりだしな、特訓。
白い光の粒子が視界を覆い、転移したギルドホームで俺はログアウトを行った。
一般プレイヤーの数値
500 ~ 700 (各種スキル有り、アーツ使用)