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第六十八話 “本気”のお話

 


『ホーサ』の街の誇る、円形闘技場。

 だいたいアニメなんかで見るような大きくて丸い、サッカースタジアムみたいな物を想像して貰えば正解だ。雰囲気的には、コロッセオみたいな感じ。

 バトルステージ自体の広さは直径100m程度だ。

 これが闘技場の底の中心に高くなって位置していて、その周りに幾らか空間が開いた後に、観客席という配置である。


 闘技場の底に繋がる入口から歩き、バトルステージにのぼって、指示された所定の位置につく。見ると反対側でもヤタガラスが位置についたところだった。


「さぁて、覚悟決めてがんばりますかねぇ~。うししっ。

 あ、そういえば九の字……僕のスタイルが何か知ってるぅ?」

「さぁ? 魔法使いじゃないのか?」

「合ってるけど、ちょっと違うかにゃー。正解は――“全属性魔法使い”、『虹の魔道士』ヤタガラス様なのだっ!!」


「なのだっ!!」


   「なのだっ!」


      「なのだっ」


 ヤタガラスの声が、無駄に闘技場内に響き渡る。


 ……。


「ふぅん」

「反応がうっすい!?」

「いや、人のスタイルとかよくわからんし」

「くそう、舐めやがってぇ~。見てろよ九の字! 僕の圧倒的魔法戦闘の威力を!」

「舐める? ……まさか」


 はっ。


 そう言って俺は凄惨に笑……おうと努力はした。うん。


「お前に対して遠慮はいらんからな――全力で潰す」

「……うっわ。やべうっわ……」


 俺とヤタガラスの間に、カウントダウン用の大きなウインドウが表示される。

 そして、カウントダウン開始。

 表示が0になったら、戦闘開始だ。それまでは一切のスキルや魔法が使えない。ただし、既に実体化している武器とかはそのまま。


「ん? あっれっ? 九の字ぃ武器はぁ? まさか徒手空拳とか言わないよねぇ? あ、でも九の字ならあり得るかぁ」

「違うぞ? 普通に剣だ」

「……さては実体化するのを忘れてたなぁ? ふくくく、なんかよくわかんないけど、僕に勝機が見えたぜい。残念だったな! 九の字! わっはっはぁ!」 

「うるさいよ阿呆。あと、武器は普通に――」


 カウント、0。


「【異形の偽腕】【覚悟の一撃】【惨劇の茜攻】――ほら、持ってる、ぞっ?」


 ジャキッ


 開幕スキル発動。

 瞬時に黒い腕が展開され、溢れだした禍々しい瘴気が身体を包み、一瞬でその手の限界まで握り込んだ刃に纏わりつく。


「は……あぁ!?」


 杖をこちらに向けようとしたヤタガラスが、ぎょっとした顔をする。

 ふむ、大分派手に猟奇的だからな。この驚く動作もふくめて――予想通りだ。


 その隙を突いて俺は、実体化させたその刃をヤタガラスへと全て解き放つ。

 万一逃げる余地すら残さないよう、一切の無駄を排した動きで徹底的に弾幕を張った。


 六本の腕を最大限活用した結果、瞬間的に大量の刃が視界を埋め尽くす。紅く尾を引く黒の群れは、呆気にとられているヤタガラスに獰猛に襲いかかった。


 あいつ魔法使いって言ってたし、まぁ、逃げるのは無理だろうな。

 フレイくらいのステータスでも、場所次第では封殺できると思う。


「ちょ――」


 大量の刃。


 そう、俺が実体化させたのは「投げナイフ」である。彼我の距離が30mくらいであれば、威力はほとんど落ちないしな。残弾数を気にしても仕方ないレベルで大量所持しているので、景気良く行かせてもらった。

 計72本。これをStrを生かした腕の駆動限界まで、速射しまくった。腕の疲れないインターバルを見極めた上で、最速最短で投げ切ったのだ。


「―――~~………」


 ヒュヒュヒュヒュヒュ―――ガッガガッガキィィィインッッ


 ナイフの群れがヤタガラスを呑みこみ、刺さらなかったナイフはバトルステージの端まで到達して凄まじい衝突音を奏で、消失する。流石にあの壁はシステム的に壊れないか。うむ。


 禍つ嵐が過ぎ去った後には、何一つとして残るモノは無く。


『勝者 クノ』


 無機質な声が、シーンとした闘技場に響き渡った。


 戦闘開始から一瞬。

 世界一うざいと自分で豪語すらしている、非常にうざいウザ男、ヤタガラスは。

 俺に少しのスカッと感を与えて。


 このステージから、消滅したのだった。




 ―――


 Side カリン




 『最強』の名を冠するプレイヤー、オルトスの右腕として名高い『虹の魔道士』ヤタガラス。


 そしてβテストには参加していなかったものの、その圧倒的な実力から一部界隈では『悪鬼』とも『魔王』とも『最凶』とも言われている、私達の頼れる仲間、クノ君。


 この両者にはなにやら深い因縁があるそうで、顔を合わせて数分で何故か決闘なんていう騒ぎになっていたのは、流石の私も驚いた。

 いや、といっても、クノ君のお陰で最近は驚きっぱなしな気もしないでもないんだけど。そこはまぁ、おいておくとして。


 まさかあのクノ君が、あれだけ感情露わに毒舌を振るうとはね……顔は完全に無表情だったけど。

 いやしかし、あの静かな迫力は何なんだろうね……全くもって私達を弄っている時とはケタが違った。改めて、彼が仲間で本当に良かったと思った瞬間だったよ。


 アレを間近で浴びせられたら、柄にもなくへたり込んでしまうかもしれないな……豪胆、とは言わないまでも、そこそこの物は持ち合わせているつもりだったのだが、どうやら魔王様は格が違ったようだよ……はは。そしてそれを涼しい顔で受け流すヤタガラスには、尊敬の念が湧いてくるね、全く。


 でもそんなヤタガラスでも、やはりクノ君は怖いようで。途中から大げさにガタガタと震えだしたときは、不謹慎にも小さく笑ってしまった。一体彼ほどの者が震えだすなんて、二人の間に何があったんだろうか。まぁ、ヤタガラスはそのキャラクター上、もしかしたら大げさにリアクションをしているだけかもしれないが、それでもその眼の奥にあったのは、まぎれもない恐怖の感情だった。


 それから決闘の流れに入ると、今度は後ろからかの有名なプレイヤー、オルトスが登場。まさかこんな所で会えるなんてね。βテストの時は、何回か共闘もしたものだ。彼の防御の妙には、感服せざるを得ない。


 クノ君がオルトスに向かって、エリザを盾にするように何かしていたのだけれど、一体何をやっていたんだろうね。その後、しこたま脛を蹴られていたし。まぁ大方、空気の読めない事でも言ったんだろうけど……エリザも大変だね。自覚があるのかないのかは定かでは無いけど。

 フレイという強敵も居る訳だし。それに、今日出会った女性、クリスティーナというプレイヤーも。


 あれは確実にクノ君の事を好いているだろう。というか、あれだけ大胆なことをしていたのに、全く反応が無いクノ君もクノ君だよね……びっくりするほど人の気持ちに疎い朴念仁だよ。普段は割と鋭いのになぁ……でもこれで顔立ちも端整だなんて、もう反則だろう。


 それに性格も良いし。一緒にいて楽しいし、表情は変わらないけど不快さは感じないし。この私を弄ってくるのが困りものだが、それもコミュニケーションの一つと考えれば許容できる。それに、あれで日常のさり気ない気配りはよくできるんだよね。それから……


 ……と。

 すまない、全くもって話が脱線していたね。ええと、どこまで話しただろうか。

 確か、オルトス達が登場した所だったか。

 オルトスの他に現れたプレイヤーは、青髪の女性がニノン。栗色の癖っ毛の兄弟が、ハンプティとダンプティだ。この三人は、いずれもβテスト時からオルトスと共に戦って来た仲間だね。


 クリスティーナが入る前は、黒髪を七三にした黒ぶち眼鏡の弓使いがパーティーに入っていたはずだったんだが……あまり良い噂は聞かなかったし、クリスティーナとの武器被りということでおそらくメンバーから外されたんだろうね。


 多角的に物事を判断して、冷たくも取れる判断を選べる、というのはオルトスの将としての才だろう。私も見習いたいものだ……といいながら、『花鳥風月』のメンバーをこれから変えるつもりはさらさらない辺りが、実に私らしい。


 そうして、オルトスがクノ君と何やら話しこんでいると、ニノンが私の前に来て挨拶をしてきた。何回か会っているから、最近の状況などを他の二人も交えて話していると、フレイが突然、


「クノさんの勇姿~。うっしっし~」


 と言いながら闘技場に駆け出した。待ちきれなかったのだろう。全く、どこまでも一途と言うか、空回りと言うか……うん。残念な子だよね、フレイは。


 そんなフレイに続いて、何故かダンプティが「ブーン」と両手を広げながら走りだし、すると兄のハンプティもまた、「あ、こら! 待つッス!」と後を追い。

 私とニノンは顔を見合わせ、歩き出す他の『花鳥風月』メンバーと一緒にそれに続くのだった。



 ――そして辿りついた闘技場で、私はにわかに信じがたいものを見ることになる。



 ヤタガラスが設定した、「111111」という、何の捻りもないパスを呼び出したメニュー画面の欄に入力し、観客席へと移る。

 このパスは、確か四文字~十文字の英数字で設定できるものだったかな? 個人で闘技場を使う時には、必ず設定しないといけないものだ。 


 まぁ、それはともかく。

 私達が無駄に広い観客席の最前列に辿りつくと、すぐに両者はステージ上で相対した。隣に座っているフレイとその隣のクリスティーナが、すっかり意気投合した様子できゃいきゃいと楽しそうにしている。話題はヤタガラスがどのくらいで倒されるかだ。


 フレイは3分と予想し、クリスティーナは倍の6分は持つと予想した。聞けばクリスティーナはヤタガラスの妹だそうで、兄びいき……でもないな、うん。負ける事が前提な上に、良く考えたらそれも短いだろう。


 10分は持つんじゃないかと予想はしてみるけど……どうだろうか? 

 ヤタガラスの持ち味は、矢継ぎ早に繰り出す様々な属性魔法の弾幕だ。クノ君なら相殺は可能だろうが、近づく事は容易ではないだろう。

 10分というのは、ヤタガラスがMPポーション込みで弾幕を放ち続けられる限界と見たんだが、はてさてどうなることやら。


 そして、いよいよ決闘が始まる。


 私達の予想は、遥か遠く、斜め上に裏切られた。


 開始早々、一瞬にしてクノ君が朧に霧に包まれる。その霧は、濁り切った血液を彷彿とさせる禍々しい赤黒の色合いをしていた。

 ああ、あれは私も最初は驚いた……などと悠長に考えていたら、


 勝負はもう、決していた。


「……え?」


 私を含む全員が、唖然とした表情を浮かべる。


 シーンとした闘技場に響く、勝者の呼名。

 なにが起こったかと言うと。


 まず霧が溢れだすと同時、クノ君の召喚?した腕が目にも止まらぬ速さで蠢き、霧を突き破って無数の小さな物体が射出されたんだ。紅い軌跡を描く、黒い蟲の大群のような何か。


 フィールドを埋めるようなそれがナイフだと気付いたのは、壁に当たって消滅する様を見てからの事だった。

 勿論その頃には、黒い波に呑まれた憐れなヤタガラスは、魔法の詠唱すらできず、ステージから退場していた。


 3分なんて、まだ生温かった。


 一瞬。そう、まさに一瞬で片は付いてしまったんだ。


 圧倒的なまでの、蹂躙。トッププレイヤー同士の戦いにおいて、まさか蹂躙と言う言葉を使うとは思ってもみなかったが、正にそれが適当なのだから仕方がない。ボスをソロで討伐なんて無茶な事をしでかす腕前は、本物だったのだ。


 他に誰が、あんなことをできるだろう。VRゲームをやった事があれば、あの一瞬だけでもクノ君がどれだけ脳を酷使したか想像がつく。なにせ、本来自分のものではない腕を、複数本操ってあの精度と速度だ。それで平然としているのだから、まさに化物と呼ぶにふさわしい。


 普段の何処かとぼけたような振舞いとのギャップに、眩暈がする。

 今まで見聞きしていただけでは。今まで一緒に戦って来た限りでは。いまいち実感が湧かなかったのだが、その瞬間私の中でクノ君は本当の意味で“人外”認定をされたんだ。

 うん、あれは本当に、人間の皮をかぶった何かだよ……


 周りを見ると、全員が全員、勝者が確定しても全く動けずにいた。それも無理はない。私だって、先ほどの光景が目に焼き付いて脳をがんがんと揺らしているのだから。


 あのヤタガラスが瞬殺。

 普段のクノ君なら、まだ私達にも勝機はあったかもしれない。

 しかし、今のクノ君は駄目だ。どうやっても勝てる気がしない。フルパーティーで挑んで、ようやくまともに戦えるかどうか……


 私は微かな希望を胸に、オルトスの方を見る。

 彼ならば。その鉄壁の守りで、『最強』の名を冠する彼ならばこんな時でも泰然としているのでは? と。


 はたしてそれは、その通りだった。


 少なくとも、見た目の上では。目を閉じ、腕を組んでいる彼。その脳内では、どうすればクノ君に対して勝利をもぎ取る事ができるのかをシミュレーションしているのだろう。


 そして『最強』が、ゆっくりと瞼を開ける。

 その眼に悲観は浮かんではいなかったが、同様に自信も、浮かんではいなかった。


「……あの攻撃を耐えても、まだ次があるのだろうな。厳しいか……」


 苦々しく響く、一言。それは、この場の全員に、深く浸透して行った。

 あの『最強』を持ってしても、この反応だ。

 そんなお通夜のような、あのフレイさえも冗談一つ言わない雰囲気の中。未だステージ上に残るクノ君は私達に向けてこう言い放ったのだ。


「ちょっとり足りないから、誰か相手してくんない? もしくはヤタガラスでも可」


 ギクッ、という声が観客席の半ばから発せられる。どうやら戻ってから観客席に来たようだが……


 ……私達全員が一致団結して、再びヤタガラスを生贄に捧げたのは、もはや言うまでもないことだろう。




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