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第六十六話 再来のお話

 


 そうして、何故かどいてくれないクリスをどうしようかと考えながら寝そべっていると、


「……クノさん? その人は誰ですか?」


 突如として、そんな底冷えのする声が上から聞こえてくる。


 聞き覚えのあるそれに上を見上げるとそこには、鬼のような形相を浮かべたフレイが降臨していた。


「(おいクリス。そろそろ真面目に降りようぜ? でないと俺は女子相手に実力行使をしなければいけなくなる)」


 ヒソヒソと顔をくっつけて会話する俺とクリス。


「(そ、そうですわね……というかこの子は確か花鳥風月の?)」

「(ああ、そうだよ)」


「何をひそひそ話してんですかクノさん? 私は、その人が誰なのかと聞いているんですよ?」


 浮かべた笑顔が、実に怖い。心臓の弱い方はご遠慮して下さいと言いたくなるレベル。

 てか俺もご遠慮したい。

 なんでこんなに怒っているんだという問いは、無粋だろう。流石に今のこの体勢はなんかのレーティングに引っ掛かりそうだし、友達として見過ごせなかったんだろうな、うん……


「と、とりあえずどきますわね……よいしょっと」

「うむ、助かるよ……」


 クリスがいそいそと俺の上からどき……頭の横で正座をする。

 ……何故。いや、フレイのこの雰囲気からするとおかしくも無いか。俺も起きあがり、正座。


「さてクノさん、覚悟はいいですか? ではまず最初の質問にこたえてはでぶっ!?」


 スパーン!


 そんな小気味のいい音が、フレイの後頭部から発せられる。何事かと思っていると、フレイの後ろからひょっこりとエリザが顔を出した。

 呆れ顔で、その手に黒いハリセンを握りしめて。

 何故ハリセンなんぞあるんだろうか……フレイに突っ込む用に常備してんのか?


「貴女、その黒いオーラをなんとかしなさいな……引くわよ? 割と本気で」

「ひ、引くっ……!?」


 フレイががーん、と手で顔を覆った後、ちらっとこちらを見てくるので、


「……うん、引くな」

「……引きますわね」


 無難にそう応えておく。とりあえずエリザGJ。

 打ちのめされ、地に伏せるフレイからは、先ほどとは違う暗いオーラがでているようだ……が、いちいち突っ込むのも面倒なのでパスで。フレイさんは多感なお年頃なんだろうきっと。


 俺はクリスを立たせながら立ち上がり、エリザ――と、他の「花鳥風月」メンバーに向き直る。


 つまり、


「無事ボルレクススは倒せたみたいだな」

「まぁ、準備は万端だったからね。クノ君一人に負けている訳にもいかないしさ」

「そりゃそうか」


 といっても、負けるとは微塵も予想して無かったけどな。

 ボルレクスス自体、大したことなかったし。あの外見の割に拍子抜けもいいところだ。というような事をカリンに告げてみると、お決まりのようにジト目をされた。


「……もう何も言うまいと思っていたが、やはりそれは無理なようだね……私達、これでも結構苦戦したんだが」

「カリンの氷魔法とリッカの炎魔法が効きづらいという、私達にとってはかなり厄介な相手だったのよ? クノが居ない時の私達のダメージディーラーは、主にリッカだし」

「やっぱ耐性があれだけあると、心がおれちゃうよー。それでもあたしは炎魔法を極めるけどっ!」


 あ、そうか、相性の問題だったか。確かに、それは中々に厳しそうだな。

 非礼を詫びて、ではなと自然に立ち去ろうとする……前に、むすっとした表情のフレイに腕を掴まれた。


 くっ、逃げられないか。


「でー、クノさんー、結局その人誰なんですかー?」


 そのままぎりぎりと腕を締めあげられながら、そっぽを向いて問い詰められる。

 痛いんですが、地味に。

 俺とクリスは顔を見合わせる。さて、どう説明したもんかねぇ?

 困った顔の雰囲気だけ漂わせようと試みていると、エリザが思わぬ助け舟を出してくれた。


「クリスティーナ……だったかしら? 最近「グロリアス」に入った期待の新入りさんね」

「ええ、そうですの……でも、何故それを貴女――ええと、」

「エリザよ」

「エリザさんが、知っているんですの?」


 うん。助け舟は有り難いが、それは俺も気になる。

 フレンドの俺でも昨日まで知らなかったのに……いや、それは俺の方に問題があるのかな。


「ジャヴォックっていうプレイヤー、知っているでしょう?」

「グロリアスの専属職人ですわよね? わたくしはまだお世話になった事は無いのですけど」

「そう、その彼よ――ああ、気をつけなさい? 彼、女好きの屑だから――で、生産職人の組合みたいなものがあるのだけれど、そこで彼が声高々に言っていたのよ。貴女の容姿と名前、そしてその腕前を」

「……そ、そうだったんですの。わかりました。そしてジャヴォックには気を付けるようにしますわ。ご忠告有難うですの」

「そうして頂戴……とまぁ、そんな感じなのだけれど、フレイ?」


 成程、職人の情報網か。

 まぁクリスくらいの人材なら、自慢したくなる気も分からんでもないな。というかジャヴォックって、あのモスグリーンの髪の毛したチャラそうな男のことか? 

「グロリアス」の専属職人だったのかよ。


「……成程。そこの人が誰なのかは分かりました。では次の質問です。……何故、あんな……その……は、破廉恥な体勢でその……何をやっていたんですかッ!?」


 フレイが顔を赤く染めながら、最後は半ば絶叫する。

 ふむ。やはりアレは不味かったか。うん、ですよねー。

 俺はクリスの方をじとーっと見る。ついと目をそらし、小声で弁解するクリス。


「……だ、誰もいないと思うとつい、柄にもなくはしゃいでしまいました……」

「……子供か……」


 本気でクリスの内面の幼さが露呈してきた気がする。

「テルミナ」の頃はそうでも無かったから、それだけあの頃と比べて俺を信用してくれてるってことなのか? だとしたら嬉しいけど。


 というか。


「そろそろこれは、ヤバい状況だな」


 アイツがでてくる可能性。

 過去の経験からいって、なんか嫌な予感がひしひしとするんだが。


 昨日プレイヤーカードで名前を見た瞬間から、会わないようにと思う気持ちと、それでも会ってしまうんだろうという諦観が混ざり合っていたのだが、ここにきて諦観が一気に膨れ上がる。


 アイツがこの街に来ているとしたら。クリスがらみでこんな面白そう・・・・なことに居合わせないのはおかしいという、一種の信頼にも似た感情である。


「……ええ、確かにフレイさんはヤバいですわね……」

「いやそっちじゃなくて。お前の兄は、誰だ? どういう人間だ?」

「……っ!? まさか兄さんが!? いや、でもあの人は今、狩りに出かけているはずですわ」

「それでも、なにか嫌な予感がするんだ……例えば、そこの広場中心に、転移してくるとk」


 シュン――


 その瞬間。まさに俺が指さした広場中央に、白い粒子が満ちて、解き放たれた。

 中から出てきたのは、変な黒白のマーブル模様をした髪を無造作に後ろで束ね、赤と青のオッドアイをしたローブ姿の男……


「ひゃっはー! やべぇ、僕超死んだ! アルマジロ硬すぎワロリン! 二重魔法受けて生き残ってるとかまじやべーわー。魔法耐性どうなってんのまじで……っておお? すげぇ、美少女がいっぱい……と、我が妹と……九の字?」


 つまり、アイツ。ヤタガラスだった。


「回収が早すぎる!?」


 あぁ、半ば予想通りだがややこしいのが来やがって……あ、でも見ようによってはチャンスか? 

 フレイも呆気にとられてるし、このまま事態をうやむやにできそうだ。


 うん。

 仕方ない、この阿保に少し付き合ってやるかね。


「おお、この突っ込みはまさしく九の字じゃん! おひさー! どうよ、元気してた? 最近はメールしても返事が素っ気ないからさぁ、心配したんだぜぇ? 僕と言う至高の成分が足りなくて人生無味乾燥になってるんじゃないかと~」


 手をぶんぶんと振りながら近づいてくるヤタガラス。千切れればいいのに。


「安心しろ。お前へのメールは常に短文を心がけてるから」

「もう、そんな。短い中にありったけの思いを凝縮しちゃうぜなんて、ダ・イ・タ・ン!」

「よくさっきの言葉をそんな風に理解できるな。お前の頭の中には脳みその代わりにエキサイト翻訳機でも入ってるのか?」

「はっはっは~。ナイスジョークだね九の字。でもさ……人間の頭にそんなの入ってる訳無いよね? わかるよね?」


 俺に顔をよせ、ん? ん? と顔芸を披露する阿保。

 この上無くうざいが、クリス以外の女性陣が全員気圧されて後ろの方に固まっているこの状況。間違いなく先ほどの事は誤魔化せるからコイツには我慢をする。

 そしてクリスは昔のように横で苦笑いである。


「なんだそのニヤニヤした目は。喧嘩売ってんのか。そうか? そうなんだな? そしてお前は俺の中では人間カテゴリに入っていない」

「そっかぁ。じゃあアレだね! 神だね!」

「ゴミだよ」


 きっぱりと言い切ってやる。


「よろしいならば決闘だ!」


 売り言葉に買い言葉と、両手を天に突き上げ吠えるヤタガラス。

 ……。

 これは使えるか。


「ほぅ、本当にやろうってのか? この俺と?」

「……あ。……ふふ、も、勿論さぁ?」

「おい、なんで急に震えだす」

「いやちょっと、昔戦った時の事を、思い出してね……」


 昔……ああ。


「……テルミナで残機無限バトルした時か? あれは楽しかったなぁ……殺しても殺しても立ち上がるお前を、じっくりたっぷり嬲りながら惨殺していく……素晴らしい」

「あ、やべ。スイッチ入った」


 いつもは鬱陶しいだけだが、コイツは戦闘の相手としては申し分ない。

 それなりに強くて、倒すと爽快感が得られる。適度に骨があるのもグッドだ。

 あの時は確か状態異常を重ねがけしてスキルで周囲を真っ暗にして更に透明状態で、延々ナイフを刺し続けたんだっけか。


 そういえばクリスも参加してたハズだが、特に暗闇を怖がってる様子はなかった気がするんだよなぁ。でも今はガタつくレベルで苦手。一体何があったんだろうね。


「さぁ、じゃあヤタガラス。決闘と行こうか。幸い中央広場とはいえ人がいないからな。決闘をするには絶好の場所だ」

「え、いや、なんていうか……その」

「ルールはHP0まででいいよな? うん、決定」


 言いだしっぺの癖に渋るヤタガラスに、決闘申請を送りつける。

 するとコイツは両手を降参、とひらひらさせ、決闘申請を拒否してこう言って来た。


「……わかった、じゃあせめてそこの円形闘技場でやろうじゃない?」

「何故に? というか大丈夫なのか?」

「円形闘技場は、トーナメントこそ行われていないものの、個人での使用は可能だよん。決闘フィールドは無数に枝分かれしてるし」


 そういえば、闘技場は同じ入口から無数の違うフィールドに繋がっているんだっけ。それによって膨大な数のトーナメントを捌く事ができると。

 VRならではの対処法だな。


「そして闘技場内では、勝敗の決定方法は相手のHPを0にするルールで負けても、擬似ペナルティが発生しないからね!」

「へぇ、そうなのか。でも俺としては、別にここでやっても構わないんだが」

「僕がかまうのよ!」

「……まぁ、いいけど。確かにそっちの方がちゃんと戦えそうだしな。じゃあ、行くか」

「お、おう……」


 俺はギルドの皆の方へ近寄り、少し行ってくると声をかける。

 この会話開始何秒かで決闘までのスムーズな流れ。流石はヤタガラスだな。いや、今回は俺が流してたけど。

 意外と扱いは易しいんだよな、こいつ。慣れと根気と威圧による賜物だが。


「クノ君。そこで頭を抱えてるプレイヤー、グロリアスの……」

「アレですよね。オルトスさんと並び立つプレイヤー、虹の魔道士ヤタガラス」

「知ってるのか。てか随分な名前付けられてんな……あぁ、あの二つ名自称じゃなかったのか」

「一体貴方は何者なのかしら。常に飄々としていることで有名な彼が、あんなに憔悴するって……」


 飄々というか、うざいだけだろう。


「ほへー。あれがヤタガラスさんかぁ! 本物は始めて見たよ~」

「ヤタガラスさんは魔法使いにとっては憧れの的ですからね。それだけに、あの人の末路を想像するとなんとも……虚しいです」

「……ヤタガラスが、憧れの的? 大丈夫か『IWO』……」

「なんでクノさんの評価がそんなに低いのか、私にはいまいちよくわからんですけどねぇ」

「いろいろあったのですわ。いろいろ……。あ、クノ。わたくし暇なので、決闘を見学してもよろしいですの?」

「いいぞー」

「怖いもの見たさという言葉が有りましてですね」

「びびりのくせになに言ってんだ」


 そして怖いものとはなんだ。怖いものとは。


「あ、じゃあ私達も見させてもらっていいかな? 是非クノ君が、最上級プレイヤーと本気で決闘する所を見てみたいんだが」

「そうね……クノ、私達といるときは戦い方を大分制限しているでしょう? この辺りで、貴方の本当の戦い方を見せて欲しいわ」

「ですねぇ。クノさんの本気……あれ? それ大丈夫なんでしょうか……」


 と言う訳でギャラリーも増え、さぁ闘技場へ出発だ。


 本気か……うん、オッケー。ヤタガラス相手なら何の問題もないな。






 ……それにしても、完璧に誤魔化せてる。作戦通りだ。

 ふぅ、良かった良かった……


「……それとクノ。後でさっきのこと、詳しく教えて頂戴」


 俺の横に並び様、小声でそんなことを囁くエリザ。


 あぁ、流石にエリザは無理だったか……



次回……の次回はPvPのお話になります

相手はヤタガラスさん。魔王を相手に虹の魔道士はどこまで戦えるのか……





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