第六十五話 救出のお話
メンバー全員が、ボルレクスス狩りに出払ってしまった後。
俺も俺で、フィールドにいって複合相殺の練習でもするかなー、と思っていたら、珍しく“コール”をされた。コールというのは、フレンド同士で話せるアレの事だ。
自分からはともかく、人からかかってくるのはもしや始めてではなかろうか?
表示されている名前は、「クリスティーナ」だ。おぉ。
クリスか~。ウインドウにタッチして、通話を開始する。いつもはメールなのに、ホント珍しいな。
「もしもし、クノですの!?」
「そう、クノ。どうしたんだ、クリス?」
クリスの声が、耳に直接響いてくる。
んー。この感じ、俺はあんまり好きじゃないんだよな。
「なんか用か?」
「その、用というかなんというか。クノ、あなた今「ホーサ」の街にいますわよね?」
「え? 居ないぞ?」
「……え?」
ただいま絶賛、「ロビアス」に居るんだが。どうしたんだろうか?
向こうからは、慌てた声が聞こえてくる。
「え、いやでも、プレイヤ―カードのランダム表示で、クノのカードが出てましたわよ? ということは、もうホーサに居るのでしょう? ……ですわよね?」
「や、ロビアスに居るけど。他のギルメンがまだホーサに行けてないから、一緒に残ってるんだよ」
「あ、あぁ。成程。そういうことですの。では、ホーサには行けるということでよろしいですわね?」
「ん、まぁな」
「ではクノ。……ちょっと、助けてくださいですの」
―――
クリスから何故だかSOSを貰ったので、やって来ました第四の街「ホーサ」。
あの後すぐに、ノイズ音と共にコールが切れてしまったため詳しい事は分からないのだが、とにかくホーサの中央広場に来てくれと言われた。
ここになんかあるの……か……
あるな。
ぐるっと広場を見渡した俺の視線の先。南の大通りに繋がる方角に、なにやらおかしな物体が鎮座していた。
大きさは縦横2m程の正方形で、メタリックに陽の光を浴びて輝いている。そしてそこから、本当に微かにクリスの声も聞こえるのだ。いや、絶対アレだよね。
確信を持って近づき、声をかける。
「おーいクリス―。来たけどー」
「ああクノ! 有難うですの! ちょっと厄介な事になってしまいまして、力を貸してほしいのですわ!」
至近距離にいっても、ほとんど声は聞こえない。見た所、分厚い金属の箱なんだが……なんだろうね、これ。なんかのアイテム? そしてなんでクリスが中にいるんだろうか。
「力を貸すってのは別に構わないんだが……何すればいいんだ?」
「実はこれ、あるクエストを受けた結果なんですの」
「どんなクエスト受けたら広場で監禁されるんだよ」
「ちゃんと話すと長くなるので要約しますと。納品系のクエストだったのですが、時間制限がある事をすっかり忘れていたんですの。そうしたらいきなり金属の壁が地面からせり上がってきて、気付いたらこの有様でしたの」
「大分要約したけど、だいたい把握したわ。おおよそクエスト不達成のペナルティーってとこか?」
「多分、そうですの」
成程。そのクエストの内容というか背景が非常に気になるが、まぁいいだろう。
……しかし、ペナルティーというのなら甘んじて受け入れるべきじゃないかね? というか、なんで俺を呼んだんだろうか?
「それでこの状態を、クノになんとかして欲しいのですが……ぶっちゃけクノの馬鹿攻撃力で、これ壊せません!?」
クリスが何故か震える声で箱の中から頼んでくる。これをー?
てか、そもそも
「なんで俺に頼ったんだ? ペナルティーならそのうち解けるだろ?」
「うっ……いえ、それはその……あぅぅぅ」
クリスが言い淀み、声が全く聞き取れなくなる。
そして、ガン! という壁を蹴りつけたような音と共に、こんな台詞が飛び出してきた。
「……あぅうう……こ、怖いのですわよぉぉぉおおおお!!」
ガン! ガン! と連続して音が聞こえる……おいこれ大丈夫か? なんか半狂乱になってる気がするんだが。
「にゃああぁああ……暗いの怖いですぅぅ……クノぉ助けてくださいですのぉぉ」
驚き新発見……クリスって、暗い所とか苦手なのか。
そういえば『偽腕』も怖がってたみたいだし、意外とビビりなのかね?
「さっきまで平気だったろ?」
「コールしている時は【暗視】スキルが使えたのですが、クールタイムに入ってしまったのですわ! 正直今にも恐怖で倒れそうですの!」
「勢いよく言い切ることか」
コールが切れたのは、【暗視】が終わったからか。『IWO』のメニューウインドウはそれ自体が携帯電話の画面のように発光することはないしな。ただ半透明なだけである。
「クールタイム終わるまで待てば?」
「後3分ありますし、それでは根本的解決になっていないですの。というか、このペナルティーがいつ解除されるのかも分からない中、一人暗闇で待ち続けるなんて精神的に無理ですわっ! 自慢じゃありませんが、高校においてもわたくしの右に出るびびりはいませんことよ!?」
「ホント自慢じゃねぇな。じゃあログアウト……てメニューが見えないのか」
3分くらい待って、ログアウトすればいいと思うのだが、クリス的にはNGらしい。
「しゃあないな……よし、ちょっと待ってろー」
「あ、有難うですわ……ぐすん」
「泣いてる?」
「ななな、泣いてにゃんかいないのですわ!?」
「……そっすねー」
俺はインベントリから「黒蓮」を二本呼び出す。
……正直ペナルティーだってんなら、この箱は破壊不能オブジェクトっぽいんだがな?
「うぅ。ちなみにこれは、クエストの依頼者、錬金術師の博士が作ったアイテムですので、一定以上ダメージを与えれば壊れますわ。うぐっ。まぁ……普通は壊そうと思ったら結構時間がかかってしまうのですが」
「……それつまり、壊すまで自動的には解除されないって事か」
「恐らくそうなのですわね」
「……まぁ、壊せるならいいや……【異形の偽腕】」
『偽腕』も出して、四本剣を追加。
強化スキルは街の中なので使えないが、ちょっと叩けば壊れるだろ。
計六本の剣を構え、では。
ガンッ!
「はにゃっ!?」
ガンッ! ガンッ!
「あひゃっ!?」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「ひぎぃっ!? …………あ」
キィィィン――
丁度全ての剣で攻撃を加えた瞬間、金属の箱は甲高い音を立てながら砕け散り、そのまま光の粒子となって散っていった。うん、ホントすぐだったな。
そして中から出てきたのは、確実に泣いていたであろう、涙で顔をぐちゃぐちゃにし、髪を振り乱したクリス。ペタンと女の子座りをしていた姿勢から、よろよろと立ち上がる。
俯いたまましばらくふらふらとしていたが、やがて落ち着いて直立し、そして
「クノぉぉぉおおおおお!!」
ドスン!
「おふっ……うぐ」
至近距離からのダッシュで俺に抱きついてきた。勢いで一緒に倒れ込み、俺は後頭部を強打する。
痛い……
ふえーん、と俺の胸に顔を埋めて泣きだすクリス。や、どんだけびびりなんだよこの人……
柔らかい身体が小刻みに震えているのがわかる。クリス結構胸でかいから、この状態だと非常に罪悪感が……
「はぁ……よしよし」
「すんすん……」
なんかこういうの前もあった気がする……俺が下敷きなってる分、状況は酷くなってるが。クリスのぐしゃぐしゃになった縦ロールの髪を、優しくすきながらあやしてやる。
「クノぉ、怖かったぁ……ですわぁ」
「そうだなー。よく頑張ったなー」
「んん……ぐすっ。すんすん、くんくん」
「今何か違うニュアンスを感じとった」
「うわぁぁああん」
俺の胸元を涙だかなんだかで濡らしながら、一向に離れようとしないクリス。VRですぐ乾くからって好き放題しやがって……じゃなくて。
「そろそろどかない?」
「ヤダっ」
「……おおう、幼児退行してらっしゃる」
「疲れましたわ。動きたくないですのー……」
気付けば、身体の震えは収まっているようだった。
ときおり嗚咽をもらすが、涙も止まったらしい。
「……鼻をかみたいですの」
「いくらVRでもやめろよ!?」
「冗談ですわ。流石にそんなはしたないことしませんの」
「いやそれ言ったら、その冗談自体はしたないというか、そも状況からしてはしたないんだが」
なんか最近、クリスの凛とした王族的なイメージが崩壊してきている。こっちの方が素だったりするんだろうかねぇ。
「最近、クノ相手に遠慮をしていても仕方がないという事を学びましたの。だったらもう、自分を解放してしまえ、と」
「解放せんでいい、仕舞っとけ仕舞っとけ」
「クーリングオフは効きませんの」
「悪徳商法並みの解放の仕方だな!?」
というか、何気に失礼な事言われてるんだけど。それはアレだろうか? 俺が男として見られてないとか、そういう類の話だろうか? いや、別にそれでもいいけどさぁ。
「うな~。働きたくないでござるですわ~」
「ござるですわって、凄いよな。語尾の鬼盛りだ」
「ござるですわなのですがおー」
「語尾だけで喋るな」
「いいではありませんかがおー」
「あれ!? それが残っちゃった!?」
……さて、ここで一つ、状況を確認しよう。
場所は、第四の街「ホーサ」の中央広場。俺達二人しかいないが、中央広場なのだ。
そして、そのど真ん中……よりやや端の方に、俺達は居る。
男女で。抱き合って。寝そべりながら。
……お巡りさん、俺です。
久し振りに出せた……次回はお兄ちゃんもくるかも
そして補足がきっと必要。
①クリスはオルトス達とパーティーを組んでいる途中、レベルアップの拍子に納品クエストの期限がギリギリまで迫っていることに気付く。
②オルトス達に事情を説明し、すぐさま「帰還符」という、フィールドから中央広場へと転移するアイテムを使って「ホーサ」に転移。
③しかしそんな努力もむなしく、納品に向かおうとした矢先にタイプアップ。
④暗闇に閉じ込められるクリス。咄条件反射のように【暗視】を使うも、パニックに陥る。
⑤しばらくして状況を分析し、この壁を誰か火力の高い人(=クノ)に早く壊してもらわなくてはわたくしは死んでしまう! と結論。
⑥クノに連絡をしている途中で【暗視】の効果時間切れ。再びパニックになってコールは自動的に終了。
⑦以下、本文。そしてクリスにこんな物騒なクエストを紹介した張本人は、ヤタガラスである。どんな時でも人に地味な?嫌がらせを忘れません。