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第六十四話 感謝のお話

 



 12月20日、世間はクリスマスだ何だと浮かれだす月曜日。

 大抵の学生が嫌いな曜日だな。なんてったって十分に二度寝ができない。

 そんなわけで今日も俺は、寝ぼけ眼をこすって学校に登校した。


「九乃さ~ん! おっはで~すっ!」


 玲花が朝一番に飛んできて、実質目覚ましみたいになってるのもいつもの光景だ。

 俺はそれに、気だるげに手を上げて応える。


「む~。やっぱり九乃さんは朝から元気が足りないと思うんですよ」

「俺に言わせれば、お前が元気すぎるんだよ」

「え? 私は普通ですよ、普通」

「お前が普通だったら、今頃世界から戦争が無くなってるかもな……」

「? なんか良く分からないですが、褒めてます?」

「うん、褒めてる褒めてる」

「まじですか……やった、九乃さんに褒められました!」


 机と机の間の狭いスペースで何やら小躍りを始める玲花。クラスメイトからの、何やってんだ的な視線が辛い。というか、俺まで一緒の眼で見ないでくれ……


「玲花、ストップ」

「あ、はい」

「お手」

「はい」

「おかわりっ」

「はいっ」

「お座り!」

「くぅん!」

「よし完璧だな!」

「……はっ! いよいよ持って私の立ち位置が酷いですっ!?」


 なんか、玲花を見てるとついね……

 抗議をしながらも、しっかりとお座りを続ける玲花の頭を、わしゃわしゃと撫でてやる。

 なんかヤバいな玲花、奴隷根性的なものが染み付いているぞ……清十郎さんに八つ裂きにされても文句言えないかもしれない。


「それは、困るな」


 ぴた、と手を止め、腕組みをして玲花を見る。


「……はふぅ~……あれ? もう終わりですか? もう少しわしゃわしゃしてくれてもいいんですよ? あ、なんならもう一回何か命令を、」

「はい、アウトォ!」


 潤んだ目と上気した頬の玲花は、非常に俺の嗜虐心をそそってくるが――というか軽くMなんだろうかこいつ――気を強く持たなければいけない。ここで深みにはまると、確実に清十郎さんがデデンデンデデン! という効果音と共に降臨なさる事請け合いだ。

 何事もほどほどにしないといけないのである。具体的には、玲花にこの奴隷性を自覚させてはいけない。


「玲花お前……何かごめんな……」

「な、なにがです?」

「俺と関わる前のお前は、もっと凛々しかったよ……つまり玲花は俺のせいで、こんな駄目な子に……」

「駄目な子とは失敬ですね! これでも私、いろいろとハイスペックなんですよ!?」

「ほう例えば?」

「ぐ……そ、それは……言いたくないです」

「何故」

「九乃さんの前で言っても全部霞んじゃうんですよぅ! このチート人間!」


 玲花がガウガウと吠える――勿論、お座りの姿勢のままで。

 ……こいつはもう、駄目かもしれないな……




 ―――




「よぅ、エリザ」

「あらクノ。こんにちは」


「ロビアス」にある「花鳥風月」のギルドホーム。

「ホーサ」に留まるという選択肢は、なかった。俺がこの前ソルビアルモスを倒すまでも、皆俺に合わせてくれたし……迷惑度から言うと、桁違いに俺の方が迷惑かけてるけど。


「あれ? まだ皆来てないのな。今日ボルレクスス行くんだろ?」

「そういう訳ではないわよ? カリンとフレイは先に来て、ポーション等の補充に行ったわ。ついでに露店も見てくるって」

「そっか。……てか、露店? 仮想露店じゃなくて、普通の露店の方?」

「そうよ。基本的に、良いアイテムは普通の露店で売ってる事の方が多いわ。だから実際に自分で歩いて露店を周ると言うのは、結構重要なことなのよ? アイテムに関しては私も万能ではないわけだし」


 普通の露店……つまり専用のアイテムを使って場所を確保し、直にプレイヤーと触れあってアイテム等を売る露店のことだ。

 仮想露店という画面のデータ上のみでやりとりをする取引方法より、出品条件が緩くなったりするし、買ってくれる人を見極めたりできる。あと単純に、こちらの方がプレイヤーの眼に止まりやすいから、商品を買ってもらいやすいな。


 そのため、腕にそこそこ覚えのある職人なんかはこぞって普通の露店を開くそうだ。ちなみにそこそこ以上の職人は、自分の店舗を持つ。

 エリザは確実にそこそこ以上と言うか、どう考えてもトップクラスだが、ギルド以外のプレイヤーに物を売ることは、あまりないらしい。精々生産組合から何か直接依頼を受けたら、のレベルだそうだ。

 まぁ、人の楽しみ方はそれぞれだが、なんか勿体ない気がするなぁ。


「エリザが店開いたら、流行ると思うんだけどなぁ」

「それはどうかしら? 私が店を開くとしたら、確実に黒一色に染めるわよ?」

「フレイとかの装備は色とりどりなのに……そこは譲れないのな」

「メンバーの装備は『流石に全員が黒一色とか怪しすぎるからやめてくれ』とカリンに頼まれたから渋々色を付けているだけよ。本来なら黒で塗りつぶしてやりたいわ」

「そうだったのか……ぬ、塗りつぶすなよ? 作ってもらってる以上文句は言えないと思うんだが、流石にギルド全員黒は……意外と良いな」


 それなんてスタイリッシュ。

 やらいでか。


「でしょう!? 特にカリンなんか、今は白を基調としているけど、黒を着たら絶対決まると思うのよね!」

「そうだな……カリンはクール系だし、黒スーツとかどうだろう」

「いいわね……いっそ、ギルド全員で黒スーツとか、一回やってみたいわ」

「おっ、いいなそれ!」


「どこの秘密結社なんだいこのギルドはっ!?」


 俺とエリザが黒服談義に花を咲かせていると、突如として後ろからスパーンと頭をはたかれた。買い出しから帰ってきたのか。フレイも一緒だ。

 しかし、今の攻撃……ダメージが入る仕様なら、確実に死んでたな。


「カリンお前……俺を殺す気か?」

「えっ? ちょっと叩いただけなんだけど……」

「カリン程の高レベルに叩かれたら、俺のひ弱な防御力じゃ一撃でお陀物だよ」

「え、そ、そうだったのかい……すまない、クノ君」

「うむ、わかればいい」


 しゅん、となるカリンと鷹揚に頷く俺。


「いえ。そもそもプレイヤーにダメージを与えるには決闘をしていないとだし、カリンは【体術】スキルを持ってないから素手ではダメージなんか入らないのだけどね」


 エリザの鋭い突っ込み。

 カリンが、そういえばそうだな、とポンと手を叩いた。


「ってじゃあ私は謝り損じゃないか!」

「減るもんじゃなかろうに」


「減るよ! 罪悪感で減った私の精神値を返せ!」


「人生これから、謝らなくてはいけない事が山ほどあるんだぞ? 日本人に生まれた以上、謝る事はライフワークなんだ。よかったな、カリン。今日お前は一つ大人になった」

「意味がわからないよ!?」


「エリザ……カリンのノリが思ってたよりずっと良いぞ」

「そうね。カリンは外見からは想像できないくらいちょr……親しみやすいわ」


 なるほど。カリンはちょr……親しみやすい、ね。

 確かにそうだ。エリザは物事の本質を捉えるのがうまいな。


「おいエリザ。今なんて言おうとしたか言ってごらん?」


「ごめんなさい……ちょろい、と。そう言おうとしてオブラートに包んだわ」


「じゃあオブラートに包みきってくれるかい!? 私が言いだしたのだけど、そこは素直に白状してドヤ顔する所じゃないよねぇ!?」


「カリン、うるさいぞ」

「……何かが理不尽な気がする……」


 カリンがカウンターに突っ伏し、動かなくなった。

 俺はその背をそっとあやすように撫でて、耳元でこう囁く。


「ボス討伐、早く行ってこいよ。もうノエルもリッカもきたし、フレイはさっきから手持無沙汰に座ってるぞ」

「君は結構酷いよね!」


 ばっ、と立ち上がりこちらを睨んでくるカリンだが、全く覇気が感じられないので怖くもなんともない。むしろ拗ねた子供のようだ。

 フレイとはまた別の弄りがいがあるな……どうしよう、最近俺は、軽く嗜虐趣味に目覚めてきたのかもしれない。


「……あぁ、はあ。なんかクノ君が着々と本性を現し始めてるようだよ……私の判断は、間違いだったのかな……」


 俺が涼しい顔でカリンの視線を受け流していると、どっと疲れたように脱力してそう呟くカリン。

 ふむ。


「……俺は、このギルドに入るべきではなかったと……そうか」


 最大限の演技力を込めて、俯く俺。


「え? ……あ……。いやいや、ごめんクノ君、これは勿論冗談というか、その場の勢いというかなんというか、とにかく私は君を仲間に出来て良かったと思っているし、いつも感謝はしてるよ?」

「例えばどんな風に感謝してるんだ?」


 意地悪にも、そんなことを聞いてみる。

 ……自分で言うのもアレだが、正直そんな感謝されること少ないよな……


「あ、ほら……対抗戦の時とかギルドに凄く貢献してくれたし。君が来てからギルドに笑顔が多くなったし、特にエリザなんか劇的な変化だよ。」

「私は今、関係ないでしょう……むぅ」


 ふくれっ面なエリザ。

 確かに、最初に会った時とは比べ物にならない程表情が豊かになったよな。それが俺の影響だってんなら、嬉しい限りだが。

 というかエリザに会った当初に俺、「頼ってくれていい」的な事を言った気がするが、いまでは俺の方が頼りっぱなしで……情けない限りである。お礼も本当に、こっちから何か考えないとなぁ。でないとエリザは何時まで経っても何も言ってこなそうだ。


「他にも、やっぱりギルドに男手がいると安心できるし。ここら辺は、普通の男性なら逆に安心できないんだが、クノ君だからこそだね」

「……お、おう」


 あれ? なんかノリでからかってみようとしただけなのに、凄い真面目に感謝されてない?

 カリン以外のメンバーも、うんうんと頷いているし。


「クノ君がギルドに入ってくれてから、私達狙いのナンパがぱったり無くなったし。これはまぁ……君が有名なせいだろう、うん。非常に助かってるよ」



「(でも本当に凄いですよね……以前はうんざりするくらい声をかけられたのに)」

「(クノさんパゥワですからねぇ。一ギルドに一人、魔除けクノさんです)」

「(でもなんでだろーねー。やっぱり男の人がいるってだけで違うのかな~)」

「(……いえ、どちらかと言うと、クノ個人の影響よ、これは)」

「(ですね)」

「(ですねぇ)」

「(?)」

「(リッカは知らなくていいかもしれないわね……)」



 隣でこそこそと話してるんだが、聞こえてるぞ……誰が魔除けだよ。俺とリッカ以外は納得の表情だが、なんか釈然としない。

 まぁ、なにかしら役に立ってるんだろうというのはわかったけどさ。


「後は……そうだね。ある露店で君の名前を出すと、結構な確率で値引きしてもらえたりとか。「花鳥風月」自体の名前がいまや「グロリアス」に負けず劣らずとなっているのも、クノ君の功績が大きいかもしれないね」


 値引き? なんじゃそりゃ?

 エリザ達の会話に耳を傾けようとしたら、すっ、と離れられてしまった。

 聞こえん……



「(カリンさんって、結構エグイですよね……)」

「(ですねぇ。露店のおっちゃんに向かって、『ほう、これは少し相場と違うんじゃないかい? 私達は「花鳥風月」というギルドに所属しているんだが……知ってるよねぇ? あのクノの』……これを凄みながら言いますからねぇ……半分は確実にカリンさんの迫力が原因です)」

「(カリンお姉ちゃんも頑張ってるんだよ。少しでも安い物をてにいれよーと)」

「(あんまり高かった場合に限るけど、それでも只のヤクザよね……大事な事だから二回言うけど、ヤクザよね……そして名前に関しては、カリンも相当なものだと思うのよ)」

「(確かにそうですね……でも、『黒薔薇の姫』で通ってるエリザさんもだと思うのですが……)」

「(天然癒し系なノエルもですよ~? 結構上位陣にファン多いですし)」

「(フレイちゃんもだよねー。正統派元気美少女……とかだっけ? ちょっと違う気がしないでもないかな~、と思うけど。正統派ってなんだっけなー)」

「(貴方もよ、リッカ。爆炎の魔女とか一番物騒に呼ばれてるじゃない……)」



 かろうじて、ヤクザとか魔女とかの単語が聞き取れたんだが……なに話してたんですか。


「まぁこのように、私達は何時もクノ君に感謝しているんだよ。そこのところを、少し自覚してくれるといいんじゃないかな?」

「……了解。ありがとうな。俺も皆には、いろいろと感謝してるよ」

「ふふっそうかい。ちなみにどういったところかな?」


 まぁ、いろいろと感謝は尽きないんだが……気恥ずかしいな。

 語りつくせない程の大きな感謝を代表して、俺はこの一言を贈る。


「……弄れる所、かな。特にカリンさんは美味しいです」


「台無しだよ!?」


 ……じょ、冗談だよ?




クリスマスイベントがアップを始めたようです。

間に幾つかネタは挟まりますが。

ちなみにその文字量は、今書いている所までで驚きの29000文字ですよ奥さん!

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