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第閑話 黒薔薇の姫のお話

ボス戦終わって『ロビアス』編がひと段落したので、ちょっとした栄養素を補給しようと書いた閑話……のはずが、何かが違う気がする。


※作中の問題ですが、読者様にギリギリわかるか分からないかのラインを私なりに頑張って考えたのですが、盛大にチョイスをミスったようです。

やはりヒントの表裏一体が大きかった……


悔しいので、少し修正をしておきます……とはいえ、改悪か改善かは微妙なところですが(笑)


加えて【解呪師】関係の設定も一部変更


 



 その者の容姿は気高く可憐。

 処女雪のように真っ白な肌と、吸い込まれるような紅の瞳を持ち、艶やかな黒髪を揺らす妖精。

 その細い体躯には、無限の可能性。

 少女の危うさと、女性としての妖艶さを兼ね備えたまさに至高の女神。

 常に不敵な雰囲気を身に纏い、見る者全てを虜にする。


 その者の名は、『黒薔薇の姫』エリザ。

 その二つ名の由来は、常に黒い薔薇を想起させる豪奢な衣装を身に纏っているためである。


 『IWO』βテストにおいて、凄腕の職人として名をはせ、


 『最強』

 『虹の魔道士』

 『戦乙女』

 『氷刃』

 『綺霊の巫女』


 らβテスターPvP上位陣と共に、その二つ名を轟かせるプレイヤー。今回はそんな『黒薔薇の姫』の日常を、少しだけ見てみよう。



 ―――



「あぁ、面倒ね……」


 時は月曜日の3時頃。普通の学生なら学校に通っている時間帯に、エリザは『IWO』にログインをしていた。現在いる場所は、ギルドのカウンター奥にある工房内だ。


 そこの椅子に座り、なにやら怪しげな短剣をもってため息をついている。


 短剣は全面が紫色にテラテラと輝いており、非常に趣味が悪い。おまけに剣身は酷くねじ曲がっていて、本当に物を切る気が有るのかと疑わしくなる形状だ。


 それを片手で掲げながら、もう片方の手で、目の前に展開した数個のウインドウを操作している。

 何をしているのかといえば、呪具の呪いを解除しているのだ。


 この『IWO』において、解呪はパズルを解くような形式だ。

 呪具にスキル【解呪師】を使うと、パズルの問題とヒントが表示される。それはそのまんまジグソーパズルであったり、クロスワードパズルであったり、はたまた水平思考ゲームに出てくるような問題であったりと様々だ。


 それをヒントを元に解いていく訳だが、そのヒントの数を左右するのが、【解呪師】のランクである。

【解呪師】には他のスキルには滅多に存在しない“ランク”という概念が有る。このランクが高ければ高いほど、与えられるヒントの数が多くなるのだ。


 解呪に当たって、このヒントはとても重要なものである。なにせ、前述したジグソーパズルのような問題は、ヒントがダイレクトにパズルのピースとなっていたりもするからだ。


 これは、【解呪師】のランクが一定以上ないと絶対に解けない類のパズルであり、他の問題にしても流石は呪いと言うべきか、ヒントが無ければ問題の意味すら理解できないものもざらである。


 ところで、エリザの【解呪師】のランクは現在Bというランクだ。

 ランクはF-~S+まであり、現時点でBといえば、文句無しで最高ランク。しかしそのエリザをしても、目の前の短剣を解呪することは容易ではないようだった。


 呪具の出す問題は、固定されている。そのため、一部界隈で知名度の高い呪具などは、【解呪師】のスキルさえあれば誰でも解呪ができるようになっているのだが、この短剣は全くの初見であった。

 と、言うか、基本的にエリザは初見の呪具の解呪しかしないのだが。


 短剣の出す問題は、このようなものだった。


『白と黒のものを答えよ』


 これだけである。

 問題だけなら、解かせる気が全くもって微塵も存在しない不良品なのだが、ヒントを手掛かりに正しい答えを見つけていくのが解呪師である。

 このくらいの問題なら、いままでいくつも解いてきた実績が、エリザにはあった。


 しかし、今回は行き詰っている。理由は、呪具の呪いのレベルの高さによるヒント不足である。多い時はもうこれ答えだ、という末端のヒントまでずらっと表示されるのだが、今回の呪具から出たヒントは、僅かに三つのみであった。


『地球上に存在している』


『肉眼で可視である』


『呼吸を必要としない』


「これだけで、一体何を導けっていうのよ……」


 再度、疲れたように嘆息するエリザ。


 呪具の問題は、特別に専門的な知識を必要とするものは無いが、とにかくヒントありきのものが多い。

 幸いにして回答回数の制限は無いが、その代わりに答えを打ちこめるのは30分に一回。これだけのヒントに当てはまるものを延々打ちこみ続けるのは骨が折れる。


 そんな優雅さの欠片もない作業を嫌うエリザにとって、この呪具はすでに「解呪不可能」の烙印を押すにたりるものであった。いかんせん、博識なエリザにとっては候補が多すぎてピン来るものが無いのだ。


 工房の棚には、すでにそのような呪具が多く並んでいる。偶にランクが上がれば解呪できるようなものもあるが、持ち主が手放した後なのでエリザの呪具の所持数は増えていく一方である。


 尤も、本人が呪具に美を見出して積極的に収集しているという面もあるのだが。しかしこの短剣はエリザの琴線に触れるデザインでは無かった。

 何とかして持ち主に返す事が望ましいのだが、最悪「捨てる」という選択肢も視野に入れるか……とそう考えていた所で、エリザに”コール”が掛かって来た。


 メニューを開くと、そこには「ジャヴォック」という名前が。


「……こんな時に間の悪い……」


 即座に拒否を選択するエリザだが、しつこくコールはかかってくる。

 相手は誰かというと、職人組合でそれなりに付き合いのある人物だ。あまり話したい類の人物ではないのだが、稀に良い情報を持ってくる事を思い出し、三回目のコールでやっと応答をするエリザ。


「……もしもし」


「もしもし、エリザさんですか? 今日も清楚で可憐な、聞くものの魂を揺さぶる素晴らしいお声ですね。よろしければ、今度一緒にディナーなどいかかです?」

「切るわよ」


 第一声から耳元に蟲が這ったような感覚を覚えるエリザ。この男はいつもそうなのだ。びっくりする程女好きで、そして腹黒い。


「まぁまぁそう言わずに。耳寄りな情報を入手致しましたので、聞かせて差し上げようと思いましてね。いやいや、礼など結構ですよ。どうしてもというのなら、今度――」


 ブチッ――ツーツーツー


 一昔前の電話機のような電子音を相手に響かせ、エリザは通信を拒否する。

 するとすぐに送られてくる一通のメール。送り主は勿論ジャヴォック、内容はこうだ。



 ”【解呪師】スキルについて新たに分かった事があります。是非とも教えて差し上げたいので、ただいま『ロビアス』の「花鳥風月」ギルドホーム前に居ます。

 早く扉を開けて下さらなければ、オレは通りの真ん中に立ち、貴方への思いを【拡声】して伝えたい衝動に駆られてしまうかもしれませんが、いかがでしょう?”



「何がいかがでしょう、よあの男……」


 エリザは頭が痛くなるが、あんなのでも一応優秀な職人かつ情報屋。GMコールをしたい気持ちをぐっと抑えて、工房の扉を蹴り開けるのだった。




 ―――




「で? 新たに分かった事って何なのかしら?」

「はは、まずは客人をもてなすのが先ではありませんか? そうですね……例えば貴方がこちらへ来て、オレへ手ずからお茶を飲ませぼばへっ!?」


「要件を言いなさい。あと貴方の前にあるそれはただのお湯だから、勘違いしないで頂戴」


 暗い緑の長髪をうざったらしく掻き上げながらのたまうジャヴォックの顔面に、熱々のお湯が掛けられて消えていく。

 しばらく顔をひくつかせていたジャヴォックだが、気を取り直したようにコホンと咳払いをすると、本題に入り始めた。


「エリザさんは、【解呪師】のランクがどうやって上がるのか、勿論ご存じですよね?」

「誰に向かって言っているのかしら? 呪具の解呪をすれば、その呪具の呪いの程度によってランクの経験値が積み重なる。そしてそれを一定以上溜めると、ランクが上昇する。私達のレベルと同じね」


「そう、そうなんです。が……それがもし、違うとしたら、どうしますか?」


「はぁ?」


 目の前の男は何を言っているのだろう。この方法については、もはや疑問を挟む余地すらない程検証されているはずだ。エリザのジャヴォックを見る目が一気にゴミを見る目に変わる。


 するとジャヴォックは片手をキザったらしくチッチとふり、一瞬瞑目して言った。


「いえ、違う、というのは正しくありませんね。正確に言うと、もっと楽な方法がある……といったところでしょうか?」

「楽な……方法?」

「はい」


 そこでジャヴォックは、微妙に修正を加え、整形した自らの顔を笑いの形に歪ませ、そしてエリザにずいと近寄る。


「……」

「ぎゃぁ”!?」


 手元にお湯の出てくるポットを呼び寄せ、蓋を開けて中身をドバドバと振りかけるエリザ。ちなみにこれは、中に入れた「水」を「お湯」に変えるアイテムである。

 堪らず後ろにひっくり返るジャヴォック。このやりとりは過去にもあったのだが、呆れる程学習しない男である。


「もったいぶらないで教えてくれるかしら?」


 ポットに水を継ぎ足しながら、にっこりと笑うエリザ。その笑みは、ぞっとする程冷たく、一欠けらの友好性も宿ってはいない。

 しかしそれにもめげずに、ぶるぶると髪を振って乾かしたジャヴォックは再度エリザに近づく。

 繰り返される惨劇。


 床に倒れる馬鹿に、追撃が降り注ぎ床にうっすらと白い湯気が立ち始める。


「……頭は冷えたかしら?」

「冷えるかぁこのアマァ!?」


 素に戻って口汚く怒鳴った後、コホンと咳払いをして何事も無かったかのように立ちあがるジャヴォック。流石に今度は、お湯を警戒してすぐに飛び除ける体勢を保ったまま、距離をおいてちゃんと話を続け始めた。


「その楽な方法というのは、ですね。全くもって単純なのですが、高レベルの呪具の問題をひたすらに展開し続ける、というものです」


「……なにかしらそれは?」

「勿論普通に呪具を解呪することに比べて、遥かに効率が悪い方法なのですが、それでも問題のウインドウを展開しているだけで、僅かながら経験値が入る事が発見されたのですよ。手元に解ける呪具が無い場合の繋ぎとでも申しましょうか、開いているだけというお手軽さなので、なかなかに便利な新発見だと思いますよ?」

「……なるほど、ね」


 この男は、こうやって偶に良い情報をもってくるから侮れない。

 とはいえ、エリザがそれで靡く事は全く無いのだが。なにせ彼女の心はもう――


「やっほー」


 ギルドの二階から、無表情かつ平坦な声でやっほーなどとのたまう黒衣の男が現れる。


 それを見て、エリザの顔が僅かにほころんだのを、ジャヴォックは見逃さなかった。


「……っち」


「おい、なんか初対面の奴に舌打ちされたんだが」

「御冗談を。オレの名前はジャヴォックと言います。エリザさんの友人でしてね、以後お見知り置きを」

「そうなのか?」


 黒い手袋をはめた指で、無遠慮にジャヴォックを指してエリザに問うクノ。ふるふると首を振るエリザ。ジャヴォックを見るクノ。


「……知り合い、ですね、はい」


 その深淵のような瞳にさらされたジャボックは、たちまち前言を訂正する。エリザがグッジョブと親指を立て、それに親指を立て返してから、この男がなんとなくエリザに嫌われていることを察するクノ。


「……あれだけ心の広いエリザさんに嫌われるとか、どんだけだよ」


「なにかいいましたか、クノさん?」

「や、なんでも」


 クノの名前の部分を嘲るように強調するジャヴォックと、興味がなさそうに視線を外すクノ。

 彼は今、「こいつ早く出行かないかな……今俺が出ていくと、何か分かんないけど負けた気分で嫌なんだよなぁ」などと考えている。


 そしてしばらく腕組をした後、エリザに向かってこう問いかける。


「用件はもう済んだのか?」

「ええ。だから、この男はつまみだしてくれて構わないわよ?」


 自身の願望が七割、クノの意を汲み取ったことが三割のエリザの言葉。

 その言葉に頷き、クノはジャヴォックを見据えてドアを手で示し、


「御帰りはあちらです」


 と言う。


 ジャヴォックはしかし、そんなクノを余裕の態度で、文字通り見下しながらこう言い放った。


「はっ。ほざけよ、おチビさ――」


 否。彼がその台詞を言い切る事は叶わなかった。

 途中でぺたん、とへたり込み、目を見開くジャヴォック。


 原因は、目の前の黒衣の魔王から発せられる圧倒的な黒い波動である。心臓を抉りだされるかのような、物理的な痛みさえ伴うほどの激しい殺気。とめどなく溢れだすそれは、しかし広がらずに真っすぐにジャヴォックのみを捉えていた。


「今、なんつった?」


 一層その不自然さが強調される無表情さで、再度ゆっくりとドアを示し、凍った声音でクノは言う。


「……帰れよ、三下」


「は、はい! 失礼しましたぁ!?」


 咄嗟に動物的な本能が、ジャヴォックの抵抗しようとする意思すら叩きつぶし、その指示に全力で従う。ドアに向かって猛ダッシュで駆けていき、荒々しく開閉をして彼は「花鳥風月」から去っていった。


 その時彼の脳裏に浮かんでいたのは、「花鳥風月」の黒一点、その人物にまつわる様々な噂の事である。


 挙げだしたらきりが無いのだが、しかしそれらはだいたいにおいて、人外のモノについて述べている。


 曰く、人を人とも思わない冷酷非道な悪魔であるとか。

 曰く、人の道を踏み外した虚無の化物であるとか

 曰く、森羅万象を根こそぎ刈り取る狂おしき死神であるとか。

 曰く、世界最高の人工知能が搭載されていて、感情がないのは不必要と判断されたからだとか。


 はたまた、このゲームの最終討伐目標がプレイヤーに偽装しているだとか。


 言いたい放題なのだが、ジャヴォックはいままでこの噂をまともに取り合っては居なかった。

 否。ネタとして扱っている人間は多かれど、それを真に受ける者など現代では絶滅危惧種だ。


 しかしジャヴォックは、今回の件で確信をした。


「花鳥風月」には、魔王が君臨している、と……


 あれだけ見目麗しいギルド「花鳥風月」。

 事実β版ではカリンやエリザに近づく男は山ほどいたのに、製品版ではメンバーに自分以外の者が近づいている様子が無かったのは不自然だと思っていたジャヴォックだったが、これで腑に落ちた。


 あんな番犬が居たのでは、こちらの心臓が先に果ててしまうだろう。


 中央広場で大きく息をつきながら、ジャヴォックは、今後エリザに狙いを定めるのは諦めようと心に誓うのだった……尤も、そう決めたら即座に違う女の事を考え出すのがジャヴォックなのだが。


 ギルド「グロリアス」参謀兼専属職人ジャヴォック。


 女好きと腹黒さで名をはせる、チャラ男の鑑のような男である。




 ―――




「ところでクノ……この問題なのだけど、もしかして分かったりするかしら?」

「あ? んー……白と黒? オセロの石とか?」


 少し考えて、答えを出すクノ。納得して答えを入力していくエリザ。


「ええと、オセロの……『パァーン』……。」

「おお、なんか華やかな音が」


「……」


「どした? そんな呆けた顔して」


「あぁいえ、何でもないわ。有難う。お陰で、この呪具は無事持ち主に返せそうよ……」

「呪具? ふぅん……まぁいいや、お役にたてたなのなら何より。じゃ、フィールド行ってくるな、エリザ」

「ええ、いってらっしゃい、クノ」


 お互いの名前の部分に、特別な想いを込めて挨拶は交わされる。

 ただしその想いが、双方で同じものであるとは、限らないのだが……


 バタン


 そのささやかな充足感、達成感と、一抹の寂しさにしばし浸っていたエリザは、パチリと目を開いて先ほどの件への感想を述べる。


 それは勿論、


「……ランクを上げるのが馬鹿馬鹿しくなってしまうくらい、恐ろしい勘よね……」


 そうしてため息を吐いて、今日もエリザは黒衣の彼に想いを巡らせるのだった。




済まぬ……思いのほかチャラ男が出しゃばってイベントが発生しなかった……済まぬ……


次回からは、『ホーサ』編。ご無沙汰なあの人も、そのうち登場。



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