第六十二話 火恐竜のお話②
デスペナルティが解けた所で、俺はすぐさま「熱波の岩山」へと向かった。
上層で少し、【斬駆】の試し斬りをして、これはいけると確信をもってボス前のセーフティーエリアへと戻って来る。ちなみに試し切りの最中にレベルが一つ上がり、現在レベルは41だ。
魔法陣に足をのせ、身体の端からキラキラと粒子に変換されていった先には、炎を纏ったティラノサウルスが待ち構えていた。
しかしこのボスフィールド、上層より更に三割増しくらいで熱いわぁ……冷却符があっても、実質感じる暑さに変わりは無いというのが憎たらしい。
そしてパターン通り、
GYAAAAAAAAAAA!!
と雄たけびを上げ、開幕ブレスを吐き出すボルレクスス。
ふっ。
さて、俺の新スキルの餌食にしてやりますよっと……
「【異形の偽腕】【覚悟の一撃】【惨劇の茜攻】―――」
もはやお馴染みの、開幕スキル発動。
四方に展開された『偽腕』に赤黒い瘴気が纏わりつき、黒い腕の範囲を超えて溢れだす。
スキルフル発動して『偽腕』を出すと、後使えるMPは10%ちょいしか無くなってしまうのだが、まぁ問題無い。
【斬駆】の発動は消費MP10%からということが先の試行でわかり、そして俺のMP事情はと言うと【賭身の猛攻】と【狂蝕の烈攻】の燃費が良くなったので、これで10%に届いた感じなのだが、それでも大丈夫だ。
――なんせ、それで十分だからな。
「―――【斬駆】」
右手の「黒蓮」を、炎がこちらの射程ギリギリにくるタイミングを見計らい振り抜く。
すると、
ヒュッ
という軽く鋭い音と共に俺の剣が、
それも、『偽腕』を出せる範囲よりも少し長いくらいまで。
剣身を伸ばす、というスキルの説明の通りである。といっても、剣自体が引き延ばされた訳ではないが。
俺が剣を振る直前の刹那に、剣身に鈍く赤黒の煌めきが宿り、剣を振るとそれが一瞬で長く伸びて万物を両断する刃となるのだ。幅は、細身の剣身と同じ。
それはまるで、血液を時間をかけて刃の形に凝固させたかのような、毒々しいものだった。
でも伸縮自在の刃……いいよね。
刃の色は“血色の瘴気”の影響である可能性が、非常に高い。
なにせ、先ほどの試し斬りの際【惨劇の茜攻】なしで発動したら、白色透明な刃が出てきたのだから。
瘴気、恐るべしである。他のスキルのエフェクト色を塗り替えるとか、もうね。
しかし、そんな色の話は、今は割とどうでも良くて。
これ一撃で、ボルレクススの太い首をスッパリと落とせるくらいのでかさ。それが、俺の【斬駆】だった……。
本来はこんなにでかくないハズだとは思うんだが。
100%で撃ったら、単純にMP消費が10倍なのでつまり長さは……。
な? これは10%で十分だろ?
威力は正直良くは分からんが、少なくとも赤黒い光剣の部分だけ攻撃力が弱まっているということがないのは、耐久力が高そうなヒノワグマも一刀両断できた事と、
ゴッ! ……シュ―――……
俺から十分に離れた場所で火の粉が舞い散る、この通り。
猛り狂う炎を無事相殺できたことからも、少なくとも通常攻撃レベルの火力はあるらしい……いやこれ、かなり恐ろしいですよ?
近接主体を目指してるはずなのに、遠距離攻撃の手段がなんか充実していく……
まぁ、いいけどさ。
時と場合によってうまく使い分けをすればいいだけだし。
通常攻撃は、近接では安心安定の火力と立ち回り(動いてないけど)で、MPを気にしなくていい。
投擲は火力が落ちるが、遠距離攻撃で手数が多くMPも使わない。
【斬駆】はMPを消費してしまい回数制限もあるが、火力の高い中・遠距離攻撃が可能。
こう考えるとなかなかバランスが良いのではないだろうかね?
いや、極振りでバランスが良いとか、もはや意味分かんないけど。
GYAAAAAA!!
炎を防がれたボルレクススは、人間には理解のできない大音量の雄たけびを上げ、身体の炎をブースターのように噴出しながら突進してきた。
頭を低くし、鼻先の角で相手を串刺しにするように。
その身に纏っている炎は、触れただけでもダメージ+状態異常〈火傷〉を引きおこす厄介なものなので、俺は絶対に触れないようにしないといけない。
なんせ、あれが少し掠っただけでもお陀物だもんなぁ。その近くではとてもじゃないが戦えない。だって炎の挙動とか流石に読めないし。【危機察知】があるにしても、どうにか出来る気がしない。
炎はボルレクススの背中と発達した後ろ脚、そして尻尾を重点的に覆っている分、頭はノーガードなので近接戦をするとしたら常にボルレクススの前に立たなければだ。
……その意味では、突っ込んできてくれる気性は有り難いかな。
ドドドドドドドッ!!
ただ走るだけで地が揺れる。
なんて非常識なんだ……まぁ、それにたった一人で挑もうとする俺も大概だがね。
ボルレクススに対抗するため俺は、その手に掴んだ六本の剣を全て振りかぶり―――
「っらぁ!」
GYAAAAAAAA!!
ガッゴンッッ!
突進してきたボルレクススの角と、一度に振るった俺の六本の剣が火花を散らす。一応言っておくと、別に今のは一撃にカウントされる事を狙った訳ではなく、単にダメージを与えるためだ。相殺なら多分一本でも十分。
しかし、この角は角で、刃物のような鋭さを持っているな。分厚い大剣のようだ。全身凶器のボルレクススさんかー。炎の噴き出す鱗も鋭そうだし。
角は部位としては武器判定されるから、ダメージも大幅減だね……
ボルレクススはぐいぐいと押し込んでくるが、その勢いを全て殺し切る。短い時間なら俺はまず負ける気がしないな。事実、ピクリとも動いてないし。
ソルビアルモスの時は残念ながら吹っ飛ばされてしまったが、『偽腕』がある今なら互角以上に打ち合えるようだ。
そして剣が角に触れた事によって、俺の六本の剣に纏わりつく血色の瘴気がボルレクススに染み込んでいく――いや、
刃から際限なく放出される瘴気は、禍々しく脈打つようにうねり、ボルレクススの角を赤黒く染め上げていく。
押し合いをしながらボスのHPバーを見ると、三本の内の一本目。その半分以上が減っており、更に今も目に見える速度で減少中だった。
「へぇ……」
瘴気意外に強いな……単純に鍔迫り合いだけじゃ、ボス相手に目に見えたダメージは見込めないだろうし。
剣が触れている間、追加で大きな継続ダメージを与えられるこれはかなり高性能だ。
しかも、無条件で。この瘴気でなら、盾の上からでもなんでも、変わらない継続ダメージを与えられるって事だな。
まぁ、与えたダメージの大半は、衝突時の攻撃力で俺が勝った分だろうが。
勿論、俺には全くダメージが入っていない。
もうこれなんて理不尽? ってレベルだが、そういうゲームなんだからシカタガナイ。極振りの脅威を見誤った運営に合掌しておく。
それにしてもこのボルレクスス、全然後ろに行かないな……俺が必死に押しのけようとしているのに、
ダンッダンッダンッ!
と必死に地を足で掻いて抵抗してくる。くそ、少し離れてくれればいいのに、誤算だ……
こんな事続けてると……ほら……
……腕が。疲れてきた。
『偽腕』からも脳にダイレクトで疲労が伝わってくる。うあー。
ギリギリと両者一歩も引かないかの様に見えた俺とボルレクススはしかし、耐久力の問題でボルレクススに分が有ったらしい。
そして俺の腕がそろそろ限界に達し、「あー、やっぱ流石にボス舐めてたか……」なんて思って、甘んじてその攻撃を受けようと腹をくくったその時――
バキンッ……
という音とともに、ボルレクススの角が
半ばから真っ二つなんてもんじゃ無く、根元からバキバキに粉砕されている。
折れた破片が、キラキラと光る粒子になって虚空に消えていった。
GYAAAAAAA!?
たまらずよろよろと後退していくボルレクスス。
その隙に剣を下ろして、腕の疲労を回復する俺――よし、オッケー。やっぱ回復早いな。
「ふぅー……」
ボルレクススは俺の目の前5m程で、小さな目をしばしばとさせて、地に垂れた首を振っている。十数m大の巨体が首を振るだけでもちっぽけな人間にとっては脅威だが、そんなもんにわざわざ当たってやる馬鹿はいない。
よって今は――アタックチャンスだ。
「……くははっ!!」
『偽腕』の剣が届く範囲から少しでていたので、『偽腕』からは投擲コンボを放ち一人援護射撃。
ドスドスと剣が刺さっては、思考によって『偽腕』に舞い戻っていく。実体化可能範囲ギリギリかな。そして“瘴気”は『偽腕』から離れた武器にも纏わりついたままだった。まぁ、刺しっぱなしよりも投げる方が全然強いんだけど。
そして俺は単身(……元からか)斬りかかり、両手の剣でボルレクススの顔を容赦なく切り裂く。血霧を靡かせ、その色合いが反射した赤黒い斬撃を繰り出す。
ヒュヒュ――ザシュ、ザシュッ!
こういう時、ミカエルみたいに必殺技で決めたいよなぁ。
100%【斬駆】とかやりたいけど、MP的に無理かー……なんて思いながら二回剣を振るった所で……案の定と言うべきなのか、何と言うか。
GYAAAAAAAAAA!!??
まともに俺の剣を喰らって、ボルレクススのHPは残酷なくらいガクン!と減り、そしてその色は全て黒を示し――
――ボルレクススは、光の粒子へと還元されたのだった。
半ば無意識で射出をしていた「黒蓮」が、俺の脇の空気を鋭く貫いて、ボルレクススの居た空間のその先へと消えていく……“戻れ”っと。
むぅ、攻撃さえできればびっくりするほどあっけないな。
電子音のファンファーレが鳴り響き、ジャッジさんの声が聞こえてくる。
おお、前のボス戦では聞き逃したんだよな。
『ボルレクススを討伐 第四の街へと進むことが可能となりました おめでとうございます』
感情の読めない、無機質な声。
決して合成音声のような拙さはないが、不自然さはある。
ただ元の声が可愛らしいし、純粋に綺麗だとは思えるね。
『……最近 あなたが本当に人類なのか 疑わしいところではありますね』
『しかし【斬駆】とはまた 随分と相性の良いスキルを……これまでの傾向から見ましても 貴方は何か スキルの良し悪しを見分ける眼でも持ってらっしゃるのでしょうか?』
『いずれにせよここまできたら ご自分の道を突き進まれますよう ……その方が私達も面白いですし』
『そうそう 貴方のおかげで 一部の運営チームの方とAIは軽く悟りの境地へと入っていますよ』
『貴方が何か為すたびに 会議室が奇妙な笑いで包まれます これは良い事なのか悪いことなのか 一概には判断しかねることではありますが』
『私といたしましては 視野を広げて頂き有難うございますと 貴方に感謝したいですね』
『と まぁ 少しばかりお時間を頂いてしまいましたね 申し訳ありません』
『では ゲートオープン このゲートの先が第四の街「ホーサ」となっています どうぞ先に進まれますよう』
『この先も 楽しんでくださいね!』
ジャッジさんの声が止み、フィールドの中央に光の門が現れる。
その先は、第四の街「ホーサ」の中央広場に繋がっているはずだ。
しかし……ジャッジさんが何かコメントを残してくれるなんて感激だな。これだけでも、極振りプレイをしてきてよかったと思う。そりゃもう、突き進ませて頂きますとも!
特に最後の。あそこだけ、声が少し弾んでいた。
それは、『IWO』を代表するAIだし自分たちの世界を楽しんで欲しいからなのか、なんなのか。とにかく、レアな声が聞けてラッキー!
ふんふ~んと無表情で鼻歌を歌いながら、俺はゲートをくぐったのだった。
斬駆の威力・長さは、消費MP量(10%なら10%に含まれる、MPの量)+基礎Strも考慮されます。
普通なら消費MP10%で+50cmいかないくらいなんですが……余裕で+500cmのクノさんの明日はどっちだ。
そしてボルレクススさんの炎技のお披露目の機会がなかった……連続火炎弾とか、火炎スピン突進とか、超噴火とか一応考えてたのに……