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第五十五話 戯れるお話



「お。おはようエリザー」

「あら。おはようクノ」


 何故かエリザを保護した?その翌日。

 俺はいつも通りに『IWO』にログインしていた。

 一階に降りるとそこには、これまたいつも通りカウンターの内側に座っているエリザの姿が。昨日は疲労だか栄養失調だかで倒れてたから、家に帰ってから大丈夫かなーとか思っていたが、元気そうで何よりだ。回復力は意外と機能しているのだろうか?

 しかしあの貧弱さ、もしかしてそれが原因で学校行ってないとかありそうだなぁ。


「もう調子は大丈夫なのか?」

「ええ、万全よ。昨日は迷惑をかけたわね。ごめんなさい」

「いや、いいよ別に。迷惑もかけられてないし」


 ホント、ベッドに寝かせて家に送っただけだしな。

 むしろこっちの方が迷惑というか、嫌われてないかと心配なくらい。とりあえずエリザが帰った後、床に頭を打ちつけながら三時間程エリザ家に向かって土下座しといたが……早く帰って来た母さんが、割と引いてた。


「あ、やっほーですクノさ~ん! どうしたんですか昨日は? なんかインして無かったみたいですけど。今の会話、もしやエリザさんとその……なんか、あっちゃったりしたり……とか?」


 どんっ、と背中に何かがぶつかる。そしてそれはそのまま、俺の背中に覆いかぶさったままゆさゆさと俺を揺すってくる。人を揺さぶるのが好きな奴だ。

 しかし背中の柔らかさまで完全再現とは、やるな『IWO』。現実と全く変わらんぞ。


「あっちゃったり……まぁ、会ったな」

「あったんですか! 何が、何がですかっ。お母さん怒らないから言ってみなさい」

「ヤダよ」

「がーん」


 俺の後ろから突然のフレイ登場だ。

「花鳥風月」のメンバーは俺の後ろから現れるのがトレンドなのか? カリンといいフレイといい。この前はリッカなんかも後ろから「わっ」とかやってきたし。

 てか、何がもなにも、会っただけだって。それ以上奥は存在せんよ。

 俺は回答を拒否して、肩に置かれたフレイの手をそっと掴んで――


「きゃっ。ク、クノさん……!」


 何故か熱っぽく手を重ねてくるフレイの両手をがしっとホールド。

 そしてそのまま足が宙に投げ出されるレベルで振りまわしてやった。

 勿論、テーブルとかには当たらないようにな。痛みが大分カットされているとはいえ、フレイも一応女の子だし。


「わわっ。ちょ、クノさん、速い! 速いです!」

「まぁそりゃ、全力で回ってるからな。てか、お前ならこれより速い世界を体験してるだろうに。そんだけAgiがあるんだからさ」

「それとはまた違うものなんですよぅ。普通はこんなにグルッグル回らないですっ」

「へぇ、そんなもんなのか」


「そんなもんなんですよ~……あ、もうちょい速くしてもいいですよ~」


「楽しんでんじゃねえか……」


 とはいえ、俺もなんか楽しくなってきたので続行。力はそんなに込めてないので、もう少し掴んでられるな。それ、ぐるぐる~逆回転~。

 俺とフレイは舞踏会のようにくるくると回りながら移動する。きゃっきゃと子供みたいに喜ぶフレイの声を聞くと、喜んでもらえて嬉しい気持ちと、こんなことで喜ぶフレイはどうなんだろう、という気持ちが同居して俺の心は複雑である。


「わ~。ひゃあ~~。いえ~い~」

「よっ……ほっ……はぁ、はぁ」

「きゃーっ! あははは」

「……はぁ……はぁ……」


「楽しそうね」


「「あ」」


 エリザの冷たい声で、俺達は正気に戻る。急に止まったのでフレイの腕が慣性でぐきっ、と曲がり俺の身体にびたん、と叩きつけられる。思いのほか強い衝撃でよろめく俺、格好悪い。

 こういう時は少しだけVitがうらやましくなったりしないでもない。


 しかし…………はぁ、はぁ。ぜえ、ぜえ。

 やばい、俺狩りに行く前にどんだけ疲れてるんだろうか。ちょっとはしゃぎ過ぎたな……レベルをフレイまで落とすと、どうしても歯止めが効かないんだよなぁ。

 フレイの手を離し、俺は膝に手をつき肩で息をする。ちょっと張り切りすぎたか……てか普通に戦闘するより疲れるって一体なんだよ……いや、俺の戦闘スタイルが動かなすぎるだけなんだろうけどさぁ。


「おっとと。大丈夫ですかクノさん。滅茶苦茶疲れてますけど」

「……いや……大丈夫……」


 実際少し動かなければすぐにスタミナは回復するしな。街の中では尚更だ。


 それよりも気になるのは、


「「「じー」」」


 階段横でじとーっと俺達を見ているカリン、ノエル、リッカの三人だ。

 や、やめろ……そんな何やってんだこいつ的な目で見るな。


「……珍しく、随分とはしゃいでいたね」


 カリンがこちらに近寄りながらそんな事を言う。


「いや、遂な……今となってはなんで俺あんな事してたのかねぇ、と」

「クノさん! もう一回! もう一回やりましょう!」

「やらんわ阿呆」

「クノくん! あたしもして~!」


 どん、と腹にぶつかってくるリッカ。下から丸い瞳で見上げておねだりをされる。

 二歳差なのに、全くもって完全完璧に子供という認識しかできないのは、逆に凄いわ。ノエルはリッカと同じ歳で、フレイよりも落ち着いてるってのに。

 ……かなり天然入ってるけどな。


「リッカ……そんなキラキラした目で見ないでくれ。なんとなくやらんといけない気になるから。後ノエルも、俺を凝視するのはやめような?」

「いえ、クノさんは優しいお兄さんって感じですね、と。そういうの少し、憧れるんです。わたしはずっと兄が欲しかったもので」


 俺からリッカを引き剥がしながら、そう言ってはにかむノエル。

 リッカはともかく、いつも大人しいノエルがこういうことを言うのは珍しいな。俺は、中学生二人とは交流の機会が少ないんだが……お兄さんポジでいいのかねぇ。

 よっぽど兄が欲しかったんだろうか? これは何か、責任重大な気がするぞ……


 そしてそれは、暗に自分もやって欲しいと言っているんだと思うんだ。


「ふむ、じゃあここは私も……」

「カリンさーんっ? 流石に貴女は駄目でしょう」

「なんでだい? フレイはやってもらってたのに、私は駄目なのかい?」

「いや……なんというか、キャラ的に……」

「じー……」

「な、なんだよ」

「差別も区別も、良くないと思うんだ。私は私であって、君にキャラクターの事をとやかく言われる筋合いはないよ」

「……た、確かに……すまなかったな、カリn」

「と言う訳だから、私も回したまえ!」

「やっぱなんか納得いかない!」

「……えー……」


 限りなくじとっとした眼を向けてくるカリン。

 なんで俺が聞き分けのない子みたいになってんだろうな……!?


「「「「「じー」」」」」


 五つの視線が、びしばしと突き刺さる。エリザは一人だけ、涼しい顔で高みの見物か。


 ……くっ。まぁいいや。

 こうなったらどうとでもなれ。


「……ハッ! よっしゃじゃあこいや! 全員まとめて回してやんよ!」


 短く哄笑をし、気合いを入れる。

 さて、ここはきっと地獄の一丁目。俺の体力よ、さらば……


「いえー! 流石クノくん廃筋力!」

「よっ、世界一です!」

「やったらぁ!」




 ―――




 そして10分後。


 そこには完全なスタミナ切れでピクリとも動けない俺と、水をかけて看病するエリザの姿があったとさ。他の皆は、なんか満足して狩りに出かけていった。

 レベル上げも大変だからな。北側は下層がレベル上げにはあんまり向いてないから、東で回すとか言ってたか。


 皆が出ていくまで倒れるのを持ち堪えた俺の頑張りをちょいと評価してほしい。エリザだけは生産でレベル上げ出来るとかで残ってるけど。誤算である。また地味に迷惑がー……はぁ。


 しかし。

 あー、疲れた。ギルドの床と水がひんやり気持ちいい……

 この世界の水は地面に落ちたはしから消えていくから便利だねー。そして微量にスタミナ回復効果があるそうな。


「貴方……もしかしなくても馬鹿ね」

「言うな。なんとなく抗えない雰囲気だったんだよ」

「ふぅん……で、どうだったかしら? 美少女四人に抱きつかれた感触は」


 エリザの眼が冷たい。

 なんだ? なんか怒ってらっしゃる?

 バシャバシャと、500mlのペットボトルから溢れだす水が俺の顔面にこれでもかと浴びせられる。冷たい! エリザさん冷たいです! そして中身が無くなると、すぐさま代わりのペットボトルが……エリザは一体、いくつ持ってるんだ?


「うわぷ……いや、ゲーム内だし、疲れてたし、どうもこうも何も無いが」

「本当かしら? その無表情の奥では、にやにやと笑ってるかもしれないわね」

「酷いな。信じろよ」


 人をそんな下種みたいな人格に仕立て上げるな。

 割とマジで、美少女との触れ合いを楽しむとかそういう余裕はなかったし。


「そうね……じゃあ」


 床に正座していたエリザは、よいしょ、と俺の頭を持ち上げ……そして自らの膝の上に乗せた。

 洋服の生地越しに、柔らかいフトモモの感触が伝わって、筋肉が弛緩する。そういえばクリスとも膝枕したなぁ。アレは俺がする方だったから、されるのは新鮮だ。


 ……じゃなくて。


「何してんの?」

「どうかしら? これでも何も無いって言えるの?」


 ニヤニヤと、こちらの反応を楽しむように笑っているエリザ。

 あークソ、そういうことね。確かに、何も思わないとは言えない……てか、さっきは本当に余裕が無かったから何も思うところが無かった訳なんだがね……『IWO』はリアルすぎるっての。


「……まぁ、何も無い事は無いな。ただ、さっき言った事も嘘じゃないんだが」

「えっと、それは……え? 私だけそう、ってこと? え?」

「まぁ、そういうことだな」


 やっぱその場の雰囲気とかシチュエーションって大切だよな~。うん。

 まぁ俺は紳士だから、邪な気持ちには決してならないが。やっぱりゲームだし。


「そそそっそういうことなの!?」

「ん?」


 ぼふん。とそんな擬音が聞こえた気がした。

 エリザの顔を見上げると、頬が真っ赤だ。あわわ、と口の端を振るわせ、ぺたぺたと手を頬に当て熱を冷まそうとしているが、そういう時こそ水の出番だろ。


 や、その前に、なんで赤くなってんだ。俺、なんか恥ずかしがらせるようなこと言ったかな……いや、言って無いよな?


「どうしたよ?」

「なにゃ、な、どうしたじゃないわよ!?」

「……いやごめん。さっぱりわからん」

「え?」


 大分回復したので、このまま動きたくないと主張する身体を気合いでねじ伏せ、膝枕状態から起きあがってエリザの顔を覗き込む。

 んー、観た所体調が悪いようではないようだが……昨日の事もあるしなぁ。


「まぁ、なんだ。体調が悪いなら無理してログインすんなよ?」

「いえ、そういう訳ではなくて……って、ああもう! まだるっこしいわねこの馬鹿!」


 バシャバシャと、ペットボトルを激しく振って俺をびしょ濡れにするエリザ。すぐ乾くとはいえ冷たいのですが。


「うおう!? ちょ、どうした落ちつけ、」

「何なのよ、もう! そういうことってどういう事なのよ!」

「そりゃ……今は何も感じないことはないけど、さっきのフレイとかのは別に楽しんだりしてた訳じゃないぞってことだ」

「だからそれはどういう意味なのよ~~!? はっきりしないわね! 貴方も! 私もっ!」


 エリザさんが壊れた……


 その後エリザをなだめるのに30分以上かかって、更にその後「ふんっ」とへそを曲げて仕舞われたエリザ様の機嫌を直して、仲直り? をするまでに一時間以上かかりました。


 いやでも、なんだったんだろうな……?

 最近エリザとの意思疎通がうまくできていないことが目立つ気がするんだが……俺が悪いんだろうか? むう。




 ―――




「ロビアス」の北側フィールド。


「熱波の岩山」と称されるそこには、名前の通り巨大な、巨大すぎる岩山があった。街門から1km程の、荒野の真ん中にそびえるソレは、中に掘られた緩やかな上りのトンネルを進んでいくことになる。

 とはいえ一本道ではなく、わき道抜け道がそこら中にあるのでちょっとした迷路である。オルトスさんとかは、この地形に随分と苦しめられたそうな。


 下層と上層に分けられていて、特に上層はモンスターが一段と強くなっていて苦戦は必至らしい。あと、地形効果でスタミナがどんどん奪われる。そこは「冷却符」という俺御用達の「魔法符」系アイテムで相殺できるが、こういうアイテムを持っていないと詰むらしい。


 なんかこの辺から、徐々に難易度が本格的になってるな。言うなれば、今までの北側フィールドは前座だった的なね。この先は一筋縄でいかないぜ的なね。

 ……まぁ、何が来ても力でねじ伏せる気満々だけども。


 例のごとく俺は岩山までレイレイをとばして辿り着く。そしてトンネルの入り口でレイレイを送還。そのまま乗っても良かったんだけど、ここはレベル上げもかねて歩きで地道にボスを目指そうと思った次第だ。

 幸いセーフティーエリアの数は多いらしいから、焦らずゆっくり探索していくとしますかね。


 それじゃ早速、レッツラゴー。




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