第五十四話 拾い者のお話④
そういえば、スーパーの袋の中身もサプリと固形栄養食だったし。なんか、心配になるな……。俺は机の上にあるスーパーの袋の存在を思い出し、其れを指さしてエリザに言う。
「あ、そうだ。そこにエリザの買い物があるから、帰るときには持って行けよ?」
「ええ、分かってるわ。それも含めて、有難う」
「や、それはいいんだが、それよりお前、不健康過ぎないか?」
凄く。すごーく気になるんです。エリザの体調が。大丈夫なのか?
確かに今の時代のサプリは便利で、それのみで様々な栄養が補える。固形栄養食もしかりだ。こっちは俺も時間が無いときとか良く食べるしな。しかし、しかしだ。それらではあまりお腹は膨れないし、万能に栄養が取れるわけでもない。やはりちゃんとした料理を食べるべきだと思うんだ。
俺だって、そこらへんの事を考慮して面倒で仕方ないけど一応自分で料理は作ったりしてるのに。エリザは、これ以上不健康な生活したら、その内早死にするぞ? 俺はエリザの将来がとても心配です――
――俺はその瞬間、背筋に氷を当てられたような、ゾクっとした感覚に襲われた。
そう……早死に……エリザが、死んでしまう……このままだと……
「不健康なのはわかっているけど、どうしても、」
「エリザっ!!」
「はひっ」
突然大声で名前を呼ぶ俺に、びくっとなるエリザ。だが俺は気にせず続ける。確か昼飯の焼きそばの残りがまだ冷蔵庫にあるハズ……っ
「死ぬなよ! 今なんか作ってやるからな!?」
「ええっ!? いや、ええ!?」
「ああ駄目だ、俺の料理じゃ微妙すぎる! くっ、かくなる上は御崎邸に殴りこみをかけて、美味しいご飯を恵んでもらうしか……!」
「ちょ、ちょっと待ってクノ。どうしたのいきなり?」
エリザが立ちあがり、手のひらをこちらに向けて落ち付けと促してくる。
「落ち着いてられるかっ。エリザお前、死にたいのか!」
「いやいやいや! 話が! 話が見えないから一旦落ち着いて!」
「俺は認めんぞ!」
「いや何がよっ!?」
そんなこんなでドタバタとと十分程。
……。
……よし、オーケー落ち着いた。
少し、少しだけ、取り乱してしまったな。しかし、こんな時でも安心安定の表情筋は、もう誇れるレベルではないだろうか?
「いや、このままだとエリザが死んでしまうと言う結論にたどり着いてだな……いてもたっても居られなくなって……」
「不吉なこと言わないでくれるかしらっ」
いやいや、と首を振りながら怒るエリザに、俺は先ほど考えた事を打ち明ける。
エリザが心配だからな。凄く、心配だからな。
大事な事なので二回言いました。エリザは本当に、健康的な生活を送るべきだと思う。
「……心配……私の事が、心配?」
エリザが顔を赤らめながら聞いてくる。ストン、とベッドに腰を落としてからの上目遣いは、威力が高すぎやしませんかね? 俺はその場に立ちつくしつつも、
「凄く、心配だ」
そんなエリザに、万感の思いを込めて、この気持ちが少しでも伝わるように断言する。大事な事なので三回言いました。
「ど、どうして?」
「そりゃ、エリザは俺の大事な……なんだ、仲間?だからな。日頃お世話になってるし、その上リアルでもご近所さんみたいだし、心配しない要素がむしろない。もうちょっとさ、健康的な生活を送ろうぜ? この年からそんな不健康な生活してたら駄目だろ。大体さ、」
「貴方は私のお母さんなのかしらねっ?」
「うおっ」
さっきまでの表情から一転、何故か不機嫌そうなエリザ。
ねっ? のところで足をドン、と床に叩きつけるおまけつきだ。そして打ち所が悪かったのか顔をしかめている。
何故。俺は人として、そして仲間――ゲームでの仲間を現実でもそう呼ぶのは少し迷ったが、構わないだろう――として、当たり前のことを言っているのに。全く、エリザはリアルでは意外に残念な子だな。
「はぁ……もう。わかってはいたのだけれど、そうやって毎回期待させるのは良くないと思うわよ」
「何の話だよ、おい。湿布いるか?」
「自分で考えなさい、この馬鹿。大丈夫よ、有難う」
あっれ。これ俺が正しいよな? どうして怒られてるんだ?
何、期待させるって。あれか。俺が、このまま不健康な生活をエンジョイしなさいと言うとでも思っていたのか? 全く。不健康が許されるのはロックンローラーだけだろうに。
「でもまぁ、確かに今の生活が不健康だっていうのは分かっているわ。そのせいで、今日はクノに迷惑をかけたようだし……」
「別に迷惑なんかじゃないが……でも、そう思うなら少しは何とかしてみたりしないのか? ほら、せめて食生活だけでも変えようぜ。確かエリザは料理うまかったろ? ……俺と違って……」
自分で言っていて、ちょっとへこむが。日々美味しいご飯に有りつこうと、様々な努力をしているのに。レシピ本大量に買ってきたり、ちょっと良い調味料使ってみたり、食材の下ごしらえに凝ってみたり。
俺の努力が報われる日はくるのだろうか……こなそうだなぁ……
「そうね……貴方の料理の腕前は知らないのだけれど、私の腕はなかなかのものだと自負しているわ。昔から手先は器用なのよ。あのお嬢様のフレイをして、美味しすぎると言わしめたレベルよ」
得意気につんと上を向くエリザ。
玲花は、あんなんでも一応お嬢様。毎日ヘルガさんの料理食って舌が肥えてるだろうに、それをして美味しすぎると……いやでもハンバーガーひとつ食っても、美味しいですねっ! とか言うような奴だしなぁ。玲花をお嬢様の基準にするとか、全国のお嬢様に土下座するレベルだろ、むしろ。
「じゃあ、普通に自分で料理すればいいのに……その方が安くつくだろうし」
料理がうまいのに自分でやらないとか、どうなんだろう? 全く羨ましい、宝の持ち腐れだ。その才能を少しでもいいから分けてもらいたいね。
「残念ながら家はそこそこ裕福よ?」
「自慢か? 自慢なのか? なら言わせてもらうが、それを言うなら家も相当だかんな? ワーカーホリック舐めんなよ? 伊達に朝から晩まで息子ほっぽって働いてねぇぞ家の親はおい」
「い、いえ……そういうつもりではなかったのだけど」
「ん? おっと、すまんな。つい身を乗り出してしまった」
別にそれはいいんだがな。両親はそういう人種だと諦めているし。
しかし、エリザに八つ当たりをしてしまったみたいでなんだか罰が悪いな……しかしエリザの発言も、実は相当な気がする。
働いてるのはメイドさん達だろうしエリザは学校にも行ってない訳で、つまりこれは……ちょっと悲しくなってくるからやめとこう。エリザにだってエリザの事情があるんだろう。今は、そこに突っ込んでいい程の関係じゃないと思う。
「悪いな、エリザ。なんかごめん。……で、だ。じゃあ何だ、エリザはなんで料理しないんだ?」
再度問いかけた俺に対し、エリザは胸を張ってこう答えた。
「面倒だからよ!」
「清々しいくらい言い切ったなおい! もうちょっと頑張れよニート!」
「何よ。ニートの何が悪いって言うのよ! ニートは働かなくても生きていける偉大な種族なのよ!? 世の一億五千万人のニートに謝りなさい!」
「遂に言いやがったっ」
胸の前で拳を握りしめ、俺に力説するエリザ。
……しっかり者のエリザさん、カムバーック。貴方は間違ってもニートを擁護するような人では……人では……あれ?
「と、冗談はここまでにして」
「冗談かよ。分かりづらいわ!」
エリザの冗談は分かりづらすぎる。もっと俺を見習っ……たら駄目だねごめんなさい。
「本当の所は、
「モチベーションの持ち方がえらい極端だな……普通は料理も自分のためなんだから頑張ろう、とか思うもんじゃねーの?」
「そこそこ簡単な栄養食で補える行為ごとき、何故頑張らないといけないの」
「結構突っ込みどころあるけど、あえて言うならむしろ補えてないからな!? 倒れてますからね!?」
「……そうだったわね……」
むぅー、と口に手を当てて考え込むエリザ。何をそんなに考え込む必要があると。もういいじゃん、これを期に自分のためにも料理作ろうって。まだ若いんだしさ。
そして時折、ちらっ、ちらっとこちらを見る。なんだよ。
「料理はモチベーションがね……別に他意はないのだけれど」
「それはさっき聞いたぞ。頑張れよ、おい」
「……」
「……な、なんでしょう」
エリザが、何か駄目な子を見るような眼で、俺をじっと見てくる。
そして、はぁ、とため息をつく。だからなんなんですか……
「……だから、別に貴方に期待なんてしてないわよーだ。当たり前じゃない。そもそも貴方のことなんか別にどうでもいいというか? むしろ眼中にないって言うか? むしろむしろ、ぶっちゃけさっきまで自分は何を大それた事を考えてたんだとか? それだと毎日ご飯とかまるで私とクノが……ごほん、ごほん。ごめんなさい言いすぎたわね。今のは全て忘れて頂戴」
そして口をとがらせながらぶつくさと呟き、最後には早口で謝ってくる。意味分からんな。
「謝るのならいきなり人の事蔑んでんじゃないよ……」
「いえ。ちょっと錯乱してたみたい……そうそう。一つ、解決策を思いついたわよ」
「……なんだ?」
拗ねたような状態から一変、エリザは人差し指をぴんと立て、それを振ってみせる。解決策……というとどういう意味だろう。自分で料理すれば済む話だと……
「今思えば、どうしてそんなことも思いつかなかったのかと、過去の自分を殴ってやりたいわ。この方法なら、私は毎日美味しくて栄養のあるご飯を楽して食べれるじゃない、と」
「ほぅ、その方法とは?」
自信満々なエリザは、一旦ためを作って俺を焦らしに焦らしてから、こう言い放った。
「……」
「……」
「……」
「……おい、そろそろ言えよ。溜め長すぎだろ」
「……」
「おいぃ!?」
「冗談よ」
何が冗談なんだ! 溜めのことなのか、解決法のことなのか?
「出前でも頼めばいいんじゃないかしら?」
「……お、おう。おう?」
溜めの方だったか。てか、出前?
……いや確かにそれはそこそこ良い解決策だろうけど、それだと一日の食費が馬鹿にならない気がするんだがなぁ……頑なに自分で料理をしたがらねぇな。
「それは……大丈夫なのか? 主にメイドさん達に迷惑がかかる気がするんだが……」
「家には元々、死ぬまで姉妹全員毎日三食うな重(特)を食べてもまだ遊んで暮らせる程のお金があるのよ。なんでかは知らないけれど、まぁ両親関係なんじゃないかとは思っているわね。正直、どうでもいいけど……ということで、全く問題ナシよ」
「どうしよう……エリザの家の家庭事情がなんか怖い……」
明るく話すエリザの後ろに、何故か黒い影がちらつくぞ……エリザの両親って一体……
これは突っ込まない方がいいと思うんだ、うん。
「そ、そうか……」
「ええ。という訳で、私は明日から弁当マスターを目指すことにするわ!」
「なんだそれは」
「いえ、普通にお弁当の出前を頼もうかと思って」
お弁当の出前……そういえば、学校の近くにお弁当屋さんがあったな。確か出前的なサービスもやっていたはずだ。老舗らしいが、最近リフォームしたそうで外見は綺麗な……あそこのことだろうかね?
てかあそこの出前は凄いぞ。なんたって、昼休みに堂々と生徒にお弁当を届けにくるからな……俺が不審者なら、学校に忍び込もうと思ったら絶対弁当屋に化ける。
「あー、そっか。まぁいいじゃないか?」
「何よ。さっきまでわーわー五月蠅かったくせに、急に適当ね」
「いや、俺はエリザがちゃんとご飯を食べるのならもうなんでもいいよ。エリザの意思が固いのは分かってしまったから……後は適度な運動とかかな?」
「……まぁ、善処してあげるわ」
「おう、頑張れ」
これでエリザの生活が改善されれば、俺は安心だな。よしよし。
と、話がひと段落したので窓際に行き、カーテンを開けて外を見る。
「暗っ!?」
「あら、もう七時ね。冬なら妥当な暗さかしら」
エリザが掛け時計の時間を告げる。
あらら……俺が起きたのが何時かしらんが、早くエリザを家に送り届けないとヤバいな。
「そろそろエリザは帰らないとだな。送っていくが、家はどの辺だ?」
「ここからでも見える位置よ?」
俺が場所を尋ねると、エリザは悪戯っぽく笑って言う。
が、しかし。ここから見えるって言われても……ご近所さんの名字くらい知ってるつもりだったんだが、近衛なんて家近所にはないぞ?
俺は窓の外を見て……そして思いあたる。
「もしかして……あれか?」
「あら、正解よ」
俺が指さしたのは、俺が道に迷った時に目印にしていた、あの大きな洋館だった。あそこ、人住んでたんだ……めっちゃご近所さんじゃん。
「案外近くにいたのな……驚きだよ」
「私もよ……運命かしらね?」
エリザが冗談めかして言うが、耳が赤い。恥ずかしいならそんなクサい台詞言わなきゃいいのに……俺は苦笑……しようとして失敗し、無表情で肩をすくめる。
「さぁな。じゃ、早速行くか。いくら近いとはいえ、夜道は危ないからな。一応送るわ」
「有難う、クノ」
一緒に階段を降りる俺達。そして玄関に行き、ドアを開けようとしたところでエリザが呟いた。
「……あ。買い物袋……」
「……とってこい……」
なんだろうね、この残念な感じは!
トトト、と小走りで階段を上がるエリザを見ながら、脱力。
が、その後は何事もなく、無事エリザを洋館に送り届けられたし、まぁいっかな。
なんだかんだいって、充実した一日でした、まる。