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第五十二話 拾い者のお話②

 



「……そういえば九乃君……今日用事とか、あった……?」

「俺はスーパーに行くくらいですかね」


 ゲームは用事に入らないだろう。いつでもできるし。

 俺がそう言うと、三宅さんは目に見えてしょんぼりとした。


「……もしかしなくても、スーパー行く途中だった……よね」

「あ、いや。気にしなくても大丈夫ですよ?」

「……ごめんね……そうだ。じゃあわたしが代わりにお買い物行ってくる……」


 ぱん、と手を合わせてそんな事を言う三宅さん。


「いやいやいや。どうしてそうなりますか。悪いですって。夜までに行ければいいですし、この子の眼が覚めたら自分で行きますって」

「……夜まで起きなかったら?」

「いや、それはその……。……じゃ、こうしましょう」


 良い案を思いついた。


「俺が買い物に行ってる間、三宅さんがこの子を見ててください。そっちの方がいいです」

「……でも、いや……ここ九乃君のお家……わたし、いいの?」

「三宅さんなら信用できそうですしね」


 少なくとも、見ず知らずのこの子を助けようとしてる時点で、悪い人でない。

 完全に善人の部類だろう。俺はさっさと立ち上がり、ドアノブに手をかける。


「じゃ、そういうことで、行ってきますね?」

「……あ、うん。いってらっしゃ、い……」

「電話が鳴っても出なくても良いですからね? 誰か来てもドアを開けたら駄目ですよ? お腹すいたら下のキッチンの、冷蔵庫の横にクッキーの袋が有るんで食べて下さい。後、トイレは部屋でて左の突きあたりのドアです。……あ、暇だったらそこの本棚の本とかよんでても……あ、てかすみません、お茶も出さずに……」

「……わかったから、行ってください……」

「あ、はい。じゃあ、お願いしますね」


 そうして俺はスーパーに行くのだった。

 三宅さん抜けてる感じがするからなぁ……早めに帰ってこよ。




 ―――




「ただいま帰りました―」


 走ってスーパーに行って、速攻でとって返してきた。

 買って来たものを冷蔵庫にしまい、カップ麺はきちんと山積みにした後、俺は自分の部屋へと向う。ドアを開けると、暖かい空気が流れ込んでくる……早く閉めないとっと。


「……おかえりなさい……」


 三宅さんが読んでいた本を置いて、わざわざ立ち上がってくれる。


「や、座ってていいですって。その子はどうでした?」

「……全然起きない……生きてるよね……?」

「不吉な事言わないでください。生きてますって」

「……だと、いいね……」

「いや、確定ですって。ほら、胸も動いてますよ」


 申し訳ないが、少しだけ毛布を取らせてもらって三宅さんに見せる。

 ちゃんと薄い胸が上下しているでしょう? 死んでるとか縁起悪すぎる。ちょっとあり得そうな辺りがまた洒落にならないというか……嫌だよ!? 自宅で少女死亡とか、嫌すぎるからね!?


「……そうだね……九乃君……えっち……」

「確かにこれはセクハラ的にアウトかもですが、なんか納得いかないですね!」


 毛布をかけ直す。

 しっかし、全然起きないなぁ。今の時刻は、三時ちょっと前……まだ焦るような時刻でもないか。というか、お腹空いたな。そう言えばまだ昼飯食べてなかった。

 今から適当に食べるか……


「三宅さん、お昼食べました?」

「……まだ……」

「じゃあ何か食べますか?」

「……え? わたしも……一緒に?」

「勿論。あ、それとも、もう帰りますか?」

「……! 食べる……!」


 了解です。

 食材はかなり買い込んだから、割となんでも作れるが……


「俺がなんか作るのとインスタント、どっちがいいですか? ちなみに俺のオススメはインスタントの方ですが」

「……どうして……?」

「そっちの方が断然美味しいでしょうから。俺の料理は微妙すぎるんですよね~……ちなみに三宅さんは料理とかします?」

「……しない!」


 元気に言い切ったな。まぁ、なんとなく予想はしてたけども。


「……九乃君の料理……食べたい……」

「そうですか、了解です……じゃ、ちょっと作って来ますね」


 意識すると、お腹の空き具合が半端ない。きゅう、って感じ。

 さっさと作って、さっさと食べよう、そうしよう。


 ……きゅうぅ……


「……」

「…………」

「あー、では」

「……ぅ、うん……」


 ドアをばたん、と閉めて階下へ向かう。

 どうやら三宅さんもお腹が空いてらしたご様子でした、っと。


 麺買って来たから、焼きそばでいっかな~。




 ―――




「……うん……なんというか……その……」

「思ったままの事を言って頂いて構いませんよ」

「……これは、可も無く、不可も……なく?」

「疑問形ですかい」


 遅めの昼食を口に含んだ三宅さんの第一声は、困惑の声だった。いや、だからいったじゃん。微妙だって。俺嘘ついてないよ? ホントに微妙だもん。


「……不味くは無い……けど……美味しくもないというか……味が、希薄……?」

「そうですかね?」

「……んー……でもこれは……濃い、薄いで表現できない……レベルかも?」

「どっちですか」


 別段薄味というわけでもないと思うんだけど、何かが足りないというか。味の多様性が抜け落ちてるというか……ね。

 まぁそんな俺の飯マズ?事情はどうでもいいが。そもそも俺自身この味に慣れてるから問題ナシだ。そしてだからこそ、偶に食べる御崎邸の食事が美味しく感じられるってもんだ……あれ? なにかが違う気がするな……


「……ごちそう様、でした……」

「はい、ホントお粗末様です。そういえば三宅さん、何時までいます?」


 先に食べ終えていた俺は、自分でやろうとする三宅さんを座らせ、食器を洗いながらそんなことを尋ねる。あんまり遅くまで居られると、ちょっと困るかなーなんて。親が帰ってきたら説明が面倒そうだ。そういう意味では、あの子にも早く起きてほしい。


「……実は、もうそろそろお暇しようかな、なんて……」

「あ、そうですか」

「……さっき電話があって……あの、わたしが声掛けておいて、申し訳ないんだけど……その……」

「あの子のことですか? 任せてくださいって。ちゃんと眼を覚ましたら住所聞いて、家まで送り届けますよ」


 もしくは警察さんの出番です。


「……ありがとう……九乃君はやっぱ、凄く優しい人だよね……」


 優しい? 俺が? 

 ……むぅ。


「冗談。俺は別段優しくなんてないですって。三宅さんの方がよっぽどですよ」

「……そんなこと、ない。初めて会った時も、助けてくれた……」


 三宅さんと初めて会った時……あぁ。

 買い物袋ぶちまけた上に足を挫くという、素晴らしく可哀そうな状態だったからな……三宅さんが美人だってこともあり、男なら助けない方がおかしいだろう。


「誰でもすることです。俺が飛びぬけて優しいって訳でもないですよ。普通です」

「……そう、なのかな?」

「そうなんです」

「……だとしてもやっぱりわたしは、九乃君は優しい人だと、思う……」


 頑固だな。というか、ここまで来るとまず優しい人って言うのがどの程度からなのかを、明確にしなくちゃならんな。面倒くさい。


「あー、わかりました。よく考えたら別にそれで俺が困る訳でもないですし、それで良いですもう」

「……適当……わたし、不満」

「はいはい」

「……むー……じゃあ、帰る、けど……あの子に変な事したら、駄目だよ?」

「しませんよ……」


 いくらあの子が可愛くて知りあいに似てて俺のタイプっぽいからって、そんなこと……おい、自分で言っててちょっと自信無くなって来たぞおい。今からでも三宅さんには残って頂けないだろうか。


「……じゃあ、ちょっと急ぐね。お邪魔しました……」

「あ、はいさようなら」


 時計を見ると、急にバタバタと帰り支度(といっても小さな手提げ鞄を持つのみだが)をして、出ていく三宅さん。急ぐのなら仕方ないか……三宅さんも、散歩とか言ってたけどなんか用事の途中だったのかもしれない。だとしたらお昼で引き留めたりなんかして、申し訳なかったかな……


 バタン、と玄関の扉がしまる音がすると、それっきりシーンと静まり返る我が家。まぁつまり、いつも通りってことだな。

 俺は洗い終えた食器を拭いて、乾かすために水切りカゴ(で伝わるか?)に並べ、さっと手を洗って二階へと上がる。少女が起きていないようなら、ちょっとだけ『IWO』にログインして確かめたいことがあったからな。


 自分の部屋に戻ってベッドの上を見るが、依然として少女が起きる気配はなし。ただただ規則正しい寝息を立てるのみだ。

 安らかな寝顔なので、自分で起きるまではそっとしておこうと思う。


 俺は机の上に置いてあったVRギアを被り、床に寝転がる。本来なら床は非推奨なんだが、ちょっといってスグかえってくるだけなので問題は無い。

 では、ログインっと。




 ―――




「……ふぅむ」


『IWO』にログインして戻って来た俺は、回転イスに座って考えていた。

 キーキーとイスが軋んで、くるくると回る。


 俺がログインしてやったことは、一階に降りたことと、ギルドメンバーのログイン状況チェックのみである。それにより、普段と変わったことに気付いたのだ。

 尤もそれは、半ば予想していたことではあるが。


「エリザが、ログインしてない」


 そう、そうなのだ。

 いつも俺がログインしているときには必ずログインしているエリザが、今日は居なかった。花鳥風月の他のメンバーは全員ログインしていたことを考えると、不自然だ。

 まぁ、エリザにもリアルの都合があるだろうから、別に言うほどおかしくも無いわけだが……俺は、ベッドの方をちらっと見る。


 そのリアルの都合、とやらがもしかして……なんてことを考えている訳である。

 それくらい、ベッドの上の少女とエリザは似ていた。エリザであれば特徴的な瞳を閉じているから、微妙な所なんだが。それでもほぼ毎日エリザの顔を見ている俺は、やはりこの子がエリザなんじゃないかと疑ってしまうのだ。


 もしもそうだとしたら……


 ……いや、そうだとしても特に何も無いか。俺はそんなことに、はたと思いあたった。そうだよな、何も無い。ただ偶然って凄いな、で片づけられる話だ。


 いままで悩んでいたのも、馬鹿らしくなってくる。どうして俺は昔から、こういうことでいちいち長々と考え込んでしまうんだろうなぁ。たかが女の子が倒れてて、その子が現在俺の部屋で寝てて、更にその子がもしかするとエリザかもしれないってだけ……


「悩むわそらっ!?」


 俺は少女が眠っている事も忘れ、全力で叫んだ。

 そして直後、身じろぎした少女を見て慌てて口を抑える。そのまま身を固くする事数秒……少女は落ち着く体勢を見つけたのか、また寝息を立て始める。

 ふぅ、と胸を撫で下ろし、別にここで起きて貰えたらそれはそれで良かったんじゃね? と思いあたるが、まぁいいだろう。


 ゴロゴロと回転イスに乗ったまま枕元まで移動して、なんとなく少女を眺める。


 今は所どころほつれたようになっているが、それでも艶やかに広がるしっとりとした肩までの黒髪。その髪に縁取られる、つるんとしたキメ細かい処女雪の肌。それでいて、頬なんかはもちもちと柔らかそうだ。

 小ぶりの鼻と桜の花びらみたいな口がとてもキュートで、長い睫毛がその持ち主の得も知れぬ美しさ、幼さの残る妖艶さを引き立てる。半開きの口元にかかる髪の毛がなんとも言えない……っておい!


 駄目だ。

 暇だから思わず長々と描写してしまったが、これでは只の変態だ。自重自重。

 頭を振った俺はとりあえず、少女がむず痒そうだったので口元の髪をそっと払ってやる。その際触れた肌がまるで赤子の肌のようにすべすべで驚いた。どんな美容法を……っ、と柄にもなく慄いてみる俺。

 まぁ、意味のない照れ隠しだが。


 しかし、少女が起きる事を考えると『IWO』にログインすることもできないから、やることが無いのだ。本を読むにも、ゲームをするにも、どうにもそんな気分じゃないし。

 毛布をかぶっていたら、少し蒸し暑いかもしれない、と思いあたり、暖房の設定温度を少し下げる。そしてベッドの脇に体育座りをし、またぼーっとする。


 ふぁあ……俺も眠くなってきたなぁ……でもこの子がいつ起きるかも分からないし、我慢我慢……ふあぁあぁ……んー…… 




まさかの週またぎです。

次週はなにか栄養素的なものを補給できるかも。

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