第五十一話 拾い者のお話①
土曜日。
寝過ごせる上に明日が休みという、俺が一週間で最も好きな曜日だ。
まぁ、それはともかく。
昨日、wikiを見てみた所、第三のボスの情報が確かに載っていた。
炎の恐竜ボルレクスス、なかなかに厄介そうである……
あと仕入れた情報と言えば、第四の街は「ホーサ」という名前で、中央広場のまん前には巨大な円形闘技場があるらしい。またベタだなぁ、とは思うがおもしろそうだ。
公式のアナウンスでも、この闘技場でのPvPトーナメントを開始していく、とかプレイヤーごとにPvPでのランクやランキングを定める、とか発表されて『IWO』は新たに盛り上がりを見せている。昨日はオルトスさん祭りの余韻に公式の発表が合わさって、掲示板が凄いことになっていたそうだ。
俺は必要なことはwikiに整理されてから見る派なので、無関係だったが。
玲花あたりは眠れぬ夜を過ごしたかもな~。
まぁ、そんなんで気分一新、ではないが今日は朝から『IWO』にログインして過ごそう……と思ったのだが……冷蔵庫の中身がからっぽだったことを思いだした。
昨日買い物に行かなきゃ、と思いながら寝たんだよなぁ。
ついでに言うと、カップ麺もない。数週間サイクルでこういう日がくるんだよ。まぁ、休みの日なのが幸いか。
という訳で俺は、近所のスーパーに出かけることにした。
―――
スーパーは徒歩15分の距離にあるので、普通に歩いていく。
寒風が吹きぬけ、俺は長丈のカーディガンのポケットに手を突っ込み背を丸めた。うう、寒ぃ。やっぱクローゼットから出す手間を横着せず、普通にコートとか着てくればよかったかな……
先ほど朝から、とか言ったが俺が起き出す時間からして遅いため、今はもうお昼くらいの時間だ。
土曜なので、行きかう人々の量は割と多い。尤も、この辺りは住宅街+生活に必要なものがほぼなんでもそろう大規模なスーパーのお陰で、大抵はいつも人が歩いているような状況だが。
しかしそんな人通りの多い場所は避け、大きな道を外れてなるべく裏道的な場所を進む。
複雑に入り組んだ住宅街を早足気味に歩いてスーパーを目指すのだ。最初の頃はここでよく迷ったなぁ。そしてそんな時には背の高い建物を目印にしたもんだ。
この住宅街の中心辺りには、一際大きな洋館があるんだ。というか、俺ん家のすぐ近くなんだけど。御崎邸には及ばないが中々の大きさだ。
誰が住んでいるのか、はたまた無人なのかは今まで生きてきた中で一つの謎となっているがね。
「……あら九乃君、こんにちは……」
「っ!? あーどうも。こんにちは」
家を出てから五分くらい。
ここら辺で良く会う大学生くらいのお姉さん、
電柱の陰から急にでてきたので、少し驚いたな。
三宅さんはもの静かな女性だ。眠そうなトロンとした眼と左目の下の泣きぼくろ、灰色の髪が特徴的。いわく、地毛らしい。
びっくりするくらい遭遇率が高いので、お互い名前を覚えてしまった。いつもは挨拶をしてそれで終わりなのだが、今日は少し違ったようで。
「……九乃君、こっちこっち……ちょっと、来てくれる?」
「あ、はい」
三宅さんが俺を手招きする。電柱の傍に立っているのだが、その陰になにかあるのだろうか? 俺の位置からだと何も見えないが。
三宅さんは何やら、むー、と考えこんでいる様子だった。
疑問に思いながらも太めの電柱の裏に回ると、そこには電柱に寄りかかるように何かが存在していた。
いや。
否――そこには、驚くほど綺麗な人形が捨てられていたのだった。
ちょっと一瞬理解ができなかったわ。
その人形は、白磁のようなすべらかな肌と、肩口で切りそろえられた艶やかな黒髪を持っていて、長い睫毛の眼は閉じられている。
服は黒い豪奢なドレスを着ていて、袖から覗くほっそりとした手は驚くほど白い。そして薄い胸のあたりが微かに上下していて……
……悪い、もう一回訂正。
これ、人だわ。
それもこの顔、どっかで見たことあるような……
「……三宅さん。これはどういう状況でしょうか」
俺を手招いた本人である三宅さんに、状況を確認。
「俺には、人が行き倒れているように見えるのですが」
流石に捨てられている、は自重だ。
や、ちょっと観てみたところ行き倒れっていうか、単純に眠っているだけかな。
「……この現代においてそれはない……と思うけど。……実際にこうして存在する以上、やっぱり行き倒れなのかな……」
「いや、どうなんでしょうか。もしかしたら偶々ここで昼寝をしているだけとか?」
「……それこそ無いと思う……女の子だし、危険……」
行き倒れは流石に冗談です。三宅さんのノリがいいのか、天然なのか……
まぁ、そらそうだわな。こんな道路の脇でのんきにお昼寝なんてことはないか。
危険、というのも賛成だな。邪な輩が湧いてこないとも限らないし。
この辺、基本的に治安は良いんだが偶に不良とか出没するし。パツキンのにーちゃんが、偶に子供にヨーヨー教えてたりな。
「……後、こんなものが近くに落ちてた……」
そう言って三宅さんが取り出したのは、俺が今目指しているスーパーの袋である。中身がそれなりに入っているようで、見せて貰うと全てサプリメントと固形栄養食だった。
不健康ッ、と突っ込みを入れたかったが、誰に入れればいいかわからなかったので言葉を飲み込む。おそらく持ち主であろう寝ている少女に突っ込むのも虚しいし……
「……その子のものだと思う……買い物帰りに、行き倒れ?」
「あー、どうでしょうね。その行き倒れってのも微妙ですが、そんな感じなんでしょうか?」
「……とりあえず、どうしようか……?」
「え、そこで俺に振ります?」
三宅さんは俺の方を困った瞳で見つめる。そのトロンとした瞳には不思議な魔力が宿っているようで、そんな眼で見られたら、どうにか力になってあげたい気になる。
天然魔性だね、この人。
「……九乃君だったら、どうにかできるかな……と思って……」
「あー、はい。そうですね……選択肢としては、幾つか考えられます」
「……教えてほしい」
ぐっ、と両手を握られる。ふむ、では早速提案をば。
「一つ目は、このまま見なかったことにする」
「却下」
三宅さんが強い調子で即答した。珍しいな。
まぁ、何も考えずにいった冗談の類だが。流石に放置はしのびない。
「二つ目。ここで、この子が眼を覚ますまで待つ」
「……寒いよ……? 流石に、わたし達にとってもこの子にとっても酷だと思うの……」
わたし達……俺も一緒に待つこと前提なんですね。俺一応スーパーに行くっていう用事があるんだが……まぁ、今日中に行ければいいか。
俺はしゃがんで、少女の手をそっと握ってみる……冷たッ!?
思ってたよりも冷たいな。もう少し触って、軽く少女の状態を確かめる。
むぅ、単に眠っているだけ……今すぐ救急車を呼ばなくてはいけない程ではないと思うが……早急に暖かい場所に移動した方が良さそうかも。
今日の最低気温は、確かマイナスだったはず。今は少し寒いくらいだが、放置しておくと命にかかわるかもなぁ。ゆすってみても全く起きる気配が無いのが厄介だ……相当眠りが深いね。ぐっすりだよ。
「じゃあ三つ目。三宅さんの家に運んでやる」
いつもこの辺りで会うという事は、三宅さんの家はこの近くのはずだ。
一番の有力候補だな。
「……わたしの家……? 遠いよ?」
「え?」
「……ここから一時間はかかる……ごめん」
まじですか。
じゃあなんでいつもこの辺りで会うんだよ……新たな謎が生まれたんだが?
「……いつも九乃君とここで会うのは、わたしの散歩のコースだから……決して、やましい考えはないよ……?」
「あ、そうですか」
散歩ね。健康的でいいじゃないか。
むしろやましいこと考えて散歩する人なんてそうそういないだろうに……何故三宅さんがそんなことを付けたしたのか謎だ。新たな謎が……ってどうでもいいか。
しかし参ったな……そうなると、どうしようか。
「んー、じゃあ俺が走って家帰って毛布とかとってきましょうか。それで暖まりながらここで待つってことでいいですかね?」
「……ちょっと待って。九乃君の家って、ここから何分くらい?」
「ん? 歩いて五分ですから、走ったら三分かからないくらいですよ。すぐ戻って来ますから」
これも駄目なら、仕方ない素直に救急車だ。この子には少し悪いけど、できることならあんまり大事になるのは避けたいんだけどなぁ。俺としては。
ぐっ、と親指を立ててそう言うと、三宅さんがトロンとした眼にジト成分を足してこっちを見てきた。え? 俺なんか変なこと言ったか?
「……九乃君……だったらもう、九乃君家に運んだ方が良い」
え?
……いや、それは不味いだろ。
家は今、俺しかいないし。そんなところに女の子を連れこむとかアウトじゃね。もの凄い勢いで犯罪臭がプンプンするんだが?
「いや、それは不味くないですか?」
「……人命がかかってる……九乃君家が近いのだったら、そちらに運ぶべき」
「ええぇ~」
「……九乃君」
ずずい、と三宅さんが俺に迫ってくる。身長は俺の方が高いが、年上故なのか妙な威圧感が……セーターの上からでも存在感を主張する胸のせいか? とと、これはセクハラだね……
「……じー……」
「……あー、はいはい。わかりましたよ。じゃあ俺の家に運びましょう」
結局折れてしまう俺。どこぞの誰かに通報されないことを祈ろう。
そうと決めたら早速、俺は少女を抱きかかえる。急いで移動しないとな……
―――
「……お姫様抱っこ……わたしもして欲しい……」
「いや、流石に三宅さんは無理じゃないですかね……物理的に無理ってか、精神的に無理です」
「……差別だ」
「区別です」
そんなことを言い合いながら、あっという間に俺の家に到着する。すれ違う人に訝しげな眼で見られたが、大丈夫だと思いたい……俺一人だったらアレだったが、三宅さんが居てくれて良かった。
……いや、そもそもこうなったのが三宅さんのせいとも言えるか……
少女を一旦おろして玄関の鍵を開け、中に入る。
ここまで運んできても、一向に目覚める気配がないな。
「……お邪魔します……ここが、九乃君の家……」
ドアをくぐって立ちつくす三宅さん。
「三宅さん、ぼーっとしてないでこの子の靴脱がせてやってください」
「……あ、うん」
俺も靴を脱ぎ、とりあえず向かったのは俺の部屋だ。
俺の部屋は暖房をつけっぱなしにしてたから、リビングとかより遥かに暖かいだろうしな。ベッドもあるし。
少女を抱えているので、少し苦戦しながら階段を上る。後ろから、三宅さんがついてくる音がする。部屋は、いつも片付けるようにしてるからまぁ大丈夫か。
どこぞのお嬢様(笑)とは違うのだよ。
足で俺の部屋のドアの取っ手を引き下げ、ドアを開ける。おー、という三宅さんの声が聞こえるが、そんなに大げさに驚く事はしてないだろう。
てか……今思ったが、ちょっとした知りあい程度の三宅さんを家に上がらせてる時点で俺も相当不用心だな。まぁ、彼女なら信用はできると思うしいっか。
「……ふわ……あったかい……」
部屋をあけた途端、温度が一変する。ふぅ、暖かいな~。
とと、呆けている場合じゃない。
「三宅さん。そこのベッドの上のギアどけてくれません? でもってそこの押し入れの上の段にある棚の一番上からシーツ、一番下から枕だして、セットしてください」
「……はい……」
「どうも」
土曜日なので、シーツなども洗ってマットレスのみとなっているベッドから物をどけて、人が寝られる状態にする。枕は気分によって変えるために替えのものを三つ常備しているし、シーツも毛布も替えがあるから、清潔に眠ってもらうことができる。
少女をベッドの上にそっと横たえ、押し入れの下の段から出した毛布をかけてやる。
「ふぅ、こんなもんですかね」
「……用意いいね……うん、上出来……有難う、九乃君」
「いや、三宅さんにお礼言われるような事はしてないですよ」
ベッドに寝かせた少女の規則正しい寝息を聞いて、俺達はひとまずホッとする。
そしてそれと同時に、俺は重大な見落としに気付いた。
「三宅さん」
「……なに?」
「これ、警察に行った方が良かったんじゃないですかね……」
「……その発想はなかった……」
「……俺もですよ」
とはいえ、ここまでやっといて今更って感じだがなぁ。交番クソ遠いし。
とりあえず、起きるまで様子見かな。三宅さんと、特に何をするでもなく少女の寝顔を見る。しかしこの子、やっぱりどっかで見た気がする……というか、滅茶苦茶似てる人に思いあたったんだが……まさかなぁ。
眼を閉じてるから、余計確証が持てん。
「いや、まさかねぇ」
「……どうしたの?」
「いや、この子がちょっと知り合いに似てたんで……」
「……そうなんだ……不思議なこともあるものだね……」
「ですねぇ」
いやでも、そういえば、玲花の家から割と近くに住んでる、とか言ってたな……これはもしかすると、もしかする、のか? 黒いフリフリドレスといい、そうっぽい要素が多すぎるんだが。本人は顔を弄ってないって言ってたし。
……まぁ、いっか。起きたら確認することにしよう。
三宅さんは、あくまでもちょい役。
たとえ書いている内に少し気にいってしまったとしても、あくまでちょい役……のはず。