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第閑話 とある観察記録のお話

零時にもお話を投稿しておりますので、未読の方はそちらもどうぞ。


 


 こんにちは、諸君。

 いきなりですまないが、俺は藍野坂高校一年、御崎玲花ファンクラブ会員No.0024男子A(仮称)というものだ。

 ……何? 会員No.を言ったら仮称の意味がないだろう? ……確かにな。しかし、残念ながら俺はこの会員No.二桁という事を自慢したいだけなので、大丈夫だ。問題無い。


 今日はこれから、玲花さんの学校での一日をじっくりあたたかい目で観察……しようとしたら会長に、「玲花様の傍にいる蟲を調査するのだ」と言われてしまったため、校内でも話題の人物……そして玲花さんにくっつく悪い蟲……藤寺九乃を対象に、観察を行いたいと思う。




 ―――




 朝。

 藤寺九乃の登校時間は、始業の10分前辺りが多い。我が校にはHRというものが無いため、始業までに登校すればいいことになっているが、それでもあまり関心しない登校時間である。そして偶に早く登校しても、やはり開始10分前までは寝ている事が多い。

 ……そう。寝ているのだ。

 藤寺九乃が登校するやいなや、(不本意ながら)真っ先に彼の席へと飛んでいく玲花さんを軽くあしらい、だ。しかも、起きていたらいたで、いくら玲花さんが楽しそうに話していても表情一つ変えないのである。精々、偶に目を細めるくらいだ。


 これが許せることだろうか? 否。断じて否である。この事については会議でも話合いが持たれているが、藤寺九乃についてなんらかの働きかけをする事はご法度となっている。

 何故か。それは、我が御崎玲花ファンクラブの目の上のたんこぶ。女子生徒のみで構成された、藤寺九乃ファンクラブがあるためだ。


 非常に、ひじょーーーーーーに遺憾ながら、藤寺九乃は女子生徒に人気がある。

 確かに男である俺から見ても、顔を見ると思わず爆発物を投げつけてしまうくらいの整った顔立ちをしているのだ、奴は。しかし男は中身。あんな無表情かつ目が絶賛稼働停止中で中身なんかどうせスカスカだろう藤寺九乃のどこがいいと言うのだろうか。


 女子生徒共は揃いもそろって、「理知的」だの「クール」だの「ミステリアス」だのとふざけたことを抜かすが、俺に言わせればあんなのは只の冷凍イカである。爆発しろ。

 俺的に玲花さんの次くらいにポイントの高い、クール系美人の生徒会長、西野先輩をさしおいて、女子の間では「氷の美貌」なんて大仰に言われてるし。

 なんでだお……普通そういうあだ名は女性に付けるものだお……。しかも女子の間というのが、三年も含めてだというのだから、これがどれほど恐ろしいことなのか御分かりいただけるだろうか? 爆発しろ。もげろ。いろいろもげてしまえ。


 そんな訳で、女子生徒に人気のある藤寺九乃に過度な干渉行為を行うことは禁止されているのである。何故か。それは……ホント察してくれ…… 

 あぁ、どうして俺は奴と違ってもてないんだろうなぁ……




 ―――




 授業中。

 奴は授業中、ほとんどノートを取らない。というか、最後の10分くらい以外教科書も開かない。では何をしているかというと、せっせといろんな科目で出された宿題をやっているのだ。実にせこい。

 何故あれで定期テストでは全教科連続学年一位なのかと。この世に神はいないのかと。登校中に犬に追いかけられてボロボロになって授業遅刻しろ。


 以前授業を聞かなくてもいいのかと尋ねた所、「授業は聞いてる。後は教科書をパラパラ見れば余裕でしょ。俺留年してるし」という、凄いのか凄くないのかよくわからない受け答えをされた。

 わけがわからないよ……? 何、どういう頭の構造してんの? 天才君ですかバッキャロー! 等々言いたい事はいろいろあるが、一つ確かな事はそう。――


 ――藤寺九乃は一年留年しているのだ。

 よし諸君、準備はいいかね? さんはい、


 プッギャァァァァァァァァ!!!9


 ……ふぅ。すっきりした。

 これは藤寺九乃と自分たちを比較した時、俺達が誇りを持って勝っていると言える部分だ。心のよりどころだ。これがないと俺は人生に打ちのめされていたかもしれない。しかし、これがあるから俺は今日も飯がうまい!


 何故奴――歳は上だが、奴で構わんだろう――が留年しているのか。

 無謀にも聞いた奴によると、理由は「出席日数とテストの点数の不足」だと言っていたらしい。要するに、藤寺九乃は去年一年は学校をストライキしていたそうなのだ。不良である。こんな不良が玲花お嬢様に近づいたら、ギャルゲ―的にフラグが立ってしまう。飯マズである。どうしてくれんだチクショウがァア!? 


 ……とと、取り乱したな、すまない。




 ―――




 昼休み。

 大抵の場合において、玲花さんは藤寺九乃の元でお昼ご飯を食べる。羨ましい。羨ましすぎるぞおらぁあぁああ!? 何なの? 付き合ってるの? 二年でそういう噂が流れてるけど、嘘だよね。だって藤寺九乃本人に確認したもん。そんな訳ないだろ~ってすげー軽く返されたもん!


 ……まぁ、いい。今問題なのはそこではない。

 問題なのは藤寺九乃が、玲花さんが一緒にお昼を食べに来ているというのに……


 ……普通に学食までパンを買いに行くことだ!!


 なんでほったらかしにするんだよおいこらぁ! 馬鹿なのか。死にたいのか。

 もっと自分の幸せを噛みしめろよぉぉぉおお! なんで俺等には許されることの無い桃源郷に入って、そこから速攻離脱していくんだよぉおぉ。

 しかも酷い時は途中で二年の先輩らしき人と学食であって、そのまま昼休みいっぱい話してるからな? 教室でいじらしく待っている玲花さんほっといて、普通に談笑(いや、無表情だけど)してるからな!?

 まさに悪魔。悪逆非道の鬼畜魔王である。

 しかもその先輩がまた可愛い女の先輩だったりしてさぁ……やってらんねぇっすよ。帰り道に側溝に落ちて女子からどん引きされろ。


 しかし、教室に戻ってきたらきたで玲花さんと話しているのだから、本当にもう……この溢れるどす黒い感情はどうすればええのん……?




 ―――




 午後の授業。

 今日の午後最初の授業は体育である。内容は、外がクソ寒いためか何なのか屋内の柔道場で柔道だ。この時間になると、男子は殺気立つ者と震えあがる者の二つに分かれる。

 それは何故か。

 殺気立つ者とはつまり、


「おらぁぁぁああ!!!」

「よっ」

「ぐっはぁあ」

「はい次ー」

「ごほぅっ」


「藤寺。倒した相手を蹴って場外にだすのはやめてください」

「あ、すみません先生。つい」


「次は俺がこらぁあああ!」

「よろしくお願いします」

「はぁぁあああ……ぐほっすぅ!?」

「はい次ー」

「俺がいくぞであぁあああ」


 このように、藤寺を合法的にぶちのめそうと画策する者たちである。

 しかし、この画策が成功したことは一度もない。藤寺九乃が反則並みに「強い」ためである。なんなの、アレ? ホントに人間か? ってくらい強い。

 以前先生の制止を振り切って――や、先生も途中から応援してたな――柔道の時間にルール無用のデスマッチ(1vs46仕様)を敢行した事があるのだが……結果は散々だった。

 最終的に立っていたのは、藤寺九乃一人のみ。しかも、全くの無傷(こちらの攻撃をかすらせもしなかった)でだ。

 アレからというもの、男子においてもう一つの派閥……つまり、震えあがる者が生まれたのである。え? 俺? 俺はもちろん……


「こふー、こふー。でらぁぁ……ぎべらっちっ!?」

「ほぉおお!!……ですたむーあっ!?」

「おいそこー。柔道やれー」

「サー……セン……がくっ」


「あわわわ……」


 後者だ!




 ―――




 放課後。

 藤寺九乃は、最近週に二、三度くらいの割合で、玲花さんと一緒に帰る。

 今日は丁度その日らしいので、スト―キングしてみようよ思う。決してやましい事ではないぞ? スト―キングというのは。

 むしろ、相手の事を深く思う気持ちと常人をしのぐ忍耐力、どこぞの特務機関に合格できる程の隠密性があってこそ初めて完璧に成し遂げられる崇高な行為とも言えてだな……


「九乃さ~ん。かーえりましょーそーしましょー」

「ういうい。じゃ行くか」

「んふふふ~」

「今日はどこも寄ってかないで良いのか?」

「そうですねぇ。折角九乃さんと一緒なので、またマキュドにでも行きますか?」

「それは奢れと言っているんだ」


 危ない危ない。

 危うくスタートから見失う所だった。

 ちなみにマキュドというのは、マーキュリードーナツの略。れっきとしたドーナツチェーン店であるので、注意。……って、はぁ!? おま、二人で帰り道に寄り道だとこらあぁあん? 

 まじか……レジの所で財布に金が全然入って無くて、玲花さんにお金借りて幻滅されろ。でもってそれを可愛い店員さんに底辺を見るような目で見られて、今後マキュドに入りづらくなれ。


 俺が当たり障りのない、至って健全な呪詛を吐いていると、あっという間にマキュドに到着。玲花さんが奴の腕をひき、スキップで店内へ入っていった。

 間の会話? 聞きたくもねぇよっ。


 俺はぼっちでマキュドに入るなんて難易度の高いミッションはこなせないため、路上から二人を観察だ。……あぁああ!! 藤寺九乃の奴、玲花さんのマキュ・ド・リングをいやしくも貰ってやがる!? そしてお返しにゴールデンマキュレートをだとぉ!? ドーナツのシェアとは……なんて高度なんだ……見ているだけで網膜が焼き切れそうで、しばし路上をのたうち回る。


「のぉぉぉぉんっ」

「君。ちょっといいかな?」

「ひゃいっ!?」

「さっきからあそこのお店を見てるけど、どうしたのかな?」

「え、あ。な、なんでも、なんでもなっ、あっ、いや。失礼します!!」

「あ、待ちなさい!!」


 助けてー!

 任意でもなんでもない任意同行でしょっぴかれるぅうう!!




 ―――




「はぁ、はぁ、はぁ、巻いたか……」


 国家権力の狗から逃げ回ること数十分。ようやく撒いたと思い顔を上げると、そこはマキュドの前だった。どうやらぐるっと一周コースを爆走したらしい。よし俺頑張った!


「いや、九乃さんすみません。お財布にお金入って無くて、結局奢ってもらっちゃいました……明日お金は返しますので、」

「いや、いいって別に。大した額じゃないし。それより、玲花からは謝罪じゃなくて感謝の言葉が欲しいかなぁ、なんて。それで十分だよ」

「あ……九乃さん、有難うございました!」

「よきにはからえよ~」


 何アイツ。無駄にイケメンなんだけど。

 むしろ殺意が湧いてこないレベルだわ。帰り道に犬のフン踏んづけて靴汚せ。しかも犬は犬でも国家権力の狗の方な。

 そうしてスト―キングを続行すること20分で玲花さんの家の前に到着。

 藤寺九乃と二、三言葉を交わして、立派な鉄門扉の向こうにさっていく玲花お嬢様……美しやー。


 さて、じゃあ後は……ついでに藤寺九乃の家も突き止めて帰るか。

 のこのこと歩いている奴の後方を、電柱の陰にかくれながら移動する俺。


 ……って、アレ?

 帰る方向、おかしくないか? 


 マキュドの前を通り過ぎ、学校に向かう交差点を渡り、そして学校の近くの名物弁当店の近く……つまり、学校の目と鼻の先まで戻って来てしまった。

 そしてそのまま、学校を迂回して……って、コレまさか。

 藤寺九乃家って……玲花さんの家と全く逆方向じゃねぇ?


 真冬の午後6時過ぎ。外はすっかり暗い。

 そんな中、藤寺九乃は一人で元来た道を逆に引き返し、そこからさらに歩き……結局奴の家についたのは学校から徒歩40~50分のところだった。俺ん家もこの方面だが、もう少し学校に近い。何故自転車を使っていないのか……


 なんだかなー。

 別に男が苦労するのは当然の事だけど、あの藤寺九乃がこんなメンドクサイことをしてるなんて、意外だ。そして電気のついていない真っ暗な家に、奴は消えていった。


 ……明日の朝、ちょっと寝坊して慌てろ。

 そしたら俺がチャリに乗っけてやっても……いいかもな。



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