第四十五話 騎獣のお話①
ようやく出てきます騎獣。
「ロビアス」にある「花鳥風月」ギルドホームにて。
「クノ。“とりあえず”じゃない長剣ができたのだけれど、どうかしら?」
「おおエリザ、悪いな。有難う」
エリザが俺に声をかけてくる。一昨日に密かに頼んでおいたもので、数が数なのでもう少しかかると思っていたんだが……流石はエリザ、と行ったところか。
エリザがメニューを操作して、そこに収納していた長剣を実体化。
「黒蓮・壱式改」もついでに耐久値を回復して貰ったので、
どうせ今後も増えるだろうということで、いちいち元から作るよりは楽だというエリザの言から、インベントリの仕様限界である十本を、まとめて作ってもらった。
「おお! 剣がいっぱいです! コレ全部クノさんが使うんですか?」
「そのつもりだよ」
とはいえ今はMPの関係で『偽腕』を五本しか出せないから、自分の両手を使っても三本は実質投擲用と化してしまうが、後もうちょいレベルが上がれば、全てを余すことなく使えるはずだ。
「凄いですね……」
俺の対面で、フレイがしげしげと長剣を眺める。
カリンその他のメンバーは、まだインしていないようだな。
「こんなに多いから、いっそデザインは全て統一したのだけど……良かったかしら?」
「ああ、有り難いな」
エリザが実体化させた十本の長剣は、どれも「黒蓮・壱式改」と同じ見た目だった……いや、正確に言うとちょっと違うのかな? なんとなく装飾が増えて、心なし豪華になってる気がする。全面黒なのは相変わらずだけど。
デザイン統一に関しては、エリザGJと言ったところだな。
俺の戦闘スタイルで言うと、おそらくこの剣は全て同時に操ることになるだろうから……二刀流とかなら色違いでも良いんだが、流石にこの数でデザインバラバラだったら微妙だし。まぁ、この辺は美的感覚のうんぬんだな。
そして性能の方だが……
「黒蓮〈壱〉」(長剣)Str+225
「黒蓮〈弐〉」(長剣)Str+214
「黒蓮〈参〉」(長剣)Str+221
「黒蓮〈肆〉」(長剣)Str+224
「黒蓮〈伍〉」(長剣)Str+211
「黒蓮〈陸〉」(長剣)Str+216
「黒蓮〈漆〉」(長剣)Str+219
「黒蓮〈捌〉」(長剣)Str+222
「黒蓮〈玖〉」(長剣)Str+217
「黒蓮〈拾〉」(長剣)Str+220
という感じだ。武器は普通、細かい攻撃力にはどうしても差違が出るらしい。では先の「長剣」は何だったのかと言うと、アレは耐久値を犠牲にして“複製”という技術を使ったようだ。本来なら投擲アイテム等に使う技術だと言っていたな……あの投げナイフが一本一本手作りじゃなくて、本当にホッとした。
「あれ? なんたら式ってのが消えてる?」
「あぁそれ。クノの注文が多いものだから、数字が被るのよね。それだとなんか美しくないじゃない? だから、識別番号の方を優先させた結果そうなったわ」
「そっか。なんか悪いな」
「いえ、いいわよ……このままだと数字の大きさが大変な事になりそうだったし……」
名前の美しい美しくないは正直、気にしてなかったんだが……まぁエリザが納得してるのならいっか。確認の終わった「黒蓮」シリーズを、インベントリにしまい込む。
インベントリ内が一気に華やいだな~。「便利ポーチ改」の効果の及ぶ十枠もちゃんと有効活用できて、俺も一安心だよ。
「エリザ、本当に有難うな。武器だけじゃなくて日頃の諸々も含めて」
「いえ、いいわよ。私にとっては楽しみでやっているんだから」
「……そか。いやでも助かってるしな。今度お礼したいんだけど……なんか要望とかある?」
ホント、エリザが居なかったら俺はゲームをする上でなかなかに苦労していただろうからなぁ。今回の剣十本注文なんていう無茶なお願いも聞いてくれた辺り、そろそろ本気でなんかお礼をすべきじゃないかと思うんだ。
そう俺が問いかけると、「そうね……」と言って考え込むエリザ。
フレイが視界の端でぴょこぴょこしているが、今はスル―だ。
一番最初にパッと思いつくのはお金――ゲーム内通貨「
俺(達)は手に入れた素材を全てエリザに献上しているんだが、装備を作って余った素材は全て、エリザが売りさばいて懐に入れているからな。
このギルドで一番の金持ちはエリザだろう。まぁ、このことに関して不満は無いけど。俺達は装備の対価を支払っているだけだし。むしろ、エリザには対価を超えて無茶なお願いばかり聞いてもらってるからなぁ……俺は特に。いくら装備作成自体がエリザの趣味とはいえ、流石に何か、特別な感じのお返しがしたいと思う訳ですよ。
装備作成関係でレアな素材とかでも、俺個人に頼む道理がないしなぁ……普通にギルドで取ってくれば良いだけの話だから。
「あまり無茶な話でなければ、なんでも言ってくれよ。大抵のことはこなせる自信があるぜ?」
「貴方の場合、見栄ではなく本当にそうなんでしょうね……」
「あっ、でも料理はちょっと苦手かもしれん……」
って、エリザに俺の料理を食べさせることもないか……いや、先日に見たクッキングセットをみるに、可能性が無いとも言い切れない?
「むぅ……急に言われると難しいわね……」
「そうか……じゃあ、なんか思いついたら遠慮なく言ってくれよ?」
「そうさせて貰うわ」
エリザが特に何も思いつかないようなので、この件はいったん保留に。流石に、急に言われてぽんと出てくるような事でもなかったか。まぁ、エリザが何か思いつくまでいつまでも待つとしよう。
「それじゃ、俺はそろそろ行くわ」
「ええ、いってらっしゃい」
「ええ~。一緒に狩りましょうよぉ」
カウンターの内側から落ち着いた様子で送り出してくれるエリザと、俺の目の前にピョコン、と現れ(スキルでも使ったか?)ぶんぶんと腕をとって左右に振ってくるフレイ。
その様子はまるで、飼い主にじゃれついていつ子犬のようだった。くりくりとした瞳を輝かせ、上目遣いでこちらを見てくる。あぁ、この子はホントに……
「フレイ……エリザを見習ってくれ。いや割とマジに」
台詞の言いだしは同じなのに、どうしてここまで違ってくるのか……
フレイ……残念な子……
そしてそんなフレイを一瞬でも、ペットみたいで可愛いとか思ってしまう俺はもういろいろとヤバいのだろうか。ほっとくとその内、自分でも知らない内に首輪とか買ってきそうだ。 ……や、それは本当にヤバいか。犯罪臭的に。
―――
「花鳥風月」のギルドホームを出た俺は、「ロビアス」の中央広場に向かう。ギルドホームは中央広場に近い場所にあり、距離にすると200mくらいだからな。すぐにつく。
広場と通りの境界線を示す、埋め込まれた周りより濃い黄色のレンガを踏み越え、俺はメニューを開いた。するとメニューのトップ画面に、
街門へ転移しますか? 南/西/東/北
という表示が。
おお……本当に広場から移動できるんだ……
実は、広場から各門に転移できるという情報は、昨日玲花から聞いたばっかりのものだったりする。俺が広すぎる街に対して、移動に関する不満を言うと、玲花は呆れながらこの機能を教えてくれたのだった。ちなみに街の中にあるお店も、その店で個別に登録しておけば広場から店、店から広場に直接転移ができるらしい。便利ですねちくしょう!
てか、いままでの俺の苦労は一体何だったというのか……ちなみに広場から各門までの距離は約1kmだ。地味に遠い。俺のスタミナだと走るのも微妙なので余計遠く感じる。
ゲームヘルプぐらい読め、と言われたが……面倒なんだよなぁ。
ちなみに各門から他の門までも、転移が使用できるらしい。ホント、こんな便利機能があったとはねぇ……
ということで、俺はメニューから 北 を選択する。
目指すは北門……の近くにあるという、騎獣専門店だ!
―――
中央広場から北門に向かって、真っすぐ伸びる大通り。
北門を背にして右側、視認できる位置に、騎獣専門店「ライドゥオン」はあった。
早速そこまで移動し、ドアを開けて中に入る。チリンチリン、という涼やかなベルの音が聞こえた。しっかし騎獣か……やはり先日見たような、馬タイプのものが主流なんだろうかね~。
期待に胸を膨らませる俺は店内を見渡す、が。
アレ? ここ騎獣専門店だよね? 騎獣がいないんだけど。
有る物といえば店の奥のスペースとこちら側を区切る、大きな金属カウンターが一つと、その奥に見える本棚、そして店の入り口から向かって右側にも有る本棚、のみ。並んでる本のタイトルは……「騎獣大百科」?
騎獣専門店っていうからには、もっとこうでかい馬小屋みたいで、騎獣がずらぁ~っと並んでいるものかと思っていたんだがなぁ。
いや、店の外観は普通だったから、それはそれで違和感あるんだけどさ。でもゲーム的な異次元空間でも採用してるのかと思ったら、普通にコレ旅行代理店みたいな雰囲気なんですけど……
店内はがらんとしている。そういえば、騎獣の需要は意外にも少ないらしいな。
なんでも騎獣に乗るためには、まずその騎獣を完全に従えなくてはいけないらしく、更に苦労して従えても移動手段としては走っても変わらなかったり、戦闘でもあまり役に立たなかったりと、騎獣を使うことはこのゲームではあまり一般的ではないんだとか。まぁ、そもそも「ロビアス」まで来ているプレイヤーの数自体が単純に多いものでもない、というのもあるだろうけどさ。
良いと思うんだけどなぁ、騎獣。
とりあえず俺は、カウンターに座って何かの資料を読んでいる風な店員の男(NPC)に声をかけることにする。
「すみません、騎獣が欲しいんですが」
すると店員は読んでいた紙の束をばっ、と後ろに放りなげ、凄い勢いで顔を上げるとにこやかに微笑んで口を開いた。
「ああ、よく来たね。騎獣専門店「ライドゥオン」へようこそ。ここはイノセント王国でも屈指の騎獣専門店でね、きっと君の気に入る騎獣も見つかると思うよ」
ちなみに「イノセント王国」というのは、このゲームの舞台となっている世界である。国一つのくせに、大陸まるごと支配している設定である。尤もこのゲームは世界観よりもスキルを使っての自由度の高い戦闘や生産等に重点を置いているので、俺も今の今まで忘れていたことだが。偶に「ストーリークエスト」とかいうクエストが発生することもあるそうだが、俺はそれ自体発生していないことから、どれだけ運営が世界観をおざなりにしているかがよくわかるな。うん。
ちなみに各種クエストと呼ばれるものは、街などに居るNPCから受諾可能。面倒だから俺はやってないけどな。
「じゃあ早速だけど、このカタログを見てくれるかい? これで大まかな騎獣の種類を知って欲しい。その上で、何か要望があれば僕に言ってくれ。必ずや君の期待にそう騎獣を当てがってみせよう」
「ああ、これはどうも。では失礼して」
店員が、後ろにあった本棚から一冊の厚いカタログを取って渡してくれる。
厚さは100p分くらいか? ……割と多いな。カタログっていうか、軽く図鑑だろこれ。紙が一枚一枚ぶ厚いんだよ。無駄に良い紙使ってんじゃねぇよ。読み辛いだろうに。
「このカタログって、絶対読まなくちゃですか?」
もっとこう、店員さんが説明してくれると嬉しいなぁ、なんて。
「それはもう、絶対さ。僕の語りでは君に騎獣の魅力をわかって貰えないかもしれないだろう? 僕は口下手だからね」
しらんがな。
「だから、万人に騎獣の素晴らしさを分かってもらおうと、僕はそのカタログを作ったのさ。騎獣の写真と、細かい解説を漏れなく載せておいたからね。まずはそれをみて、騎獣の素晴らしさを知った上で僕を頼ってくれたまえ」
くれたまえ、って……何様だお前こら。
なんだろう、騎獣が好きなちょいうざ店員、というキャラ設定なんだろうかね。 もっと普通に説明してくれる普通の店員でいいじゃん……面倒くせぇなぁ。
店員は何故か、このカタログを作るのにどれほどの苦労が有ったかを語り始めるが、もう無視することにしてカタログに眼を落とす。
こいつのどこが口下手なんだろうなぁ。