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第四十四話 御崎邸でのお話


同日中に二話更新


前話をお読みで無い方は、先にそちらをどうぞ



 


 水曜日。

 俺は昨日の約束通り、肩揉みという形で玲花を労っていた。

 学校では躊躇われたので、御崎邸の玲花の部屋で。


「あぁ~。気持ちいいですねぇ、最高ですねぇ」

「そうか、そりゃ良かった」

「九乃さんは家事だけじゃなくてマッサージ方面も上手なんですねぇ。もう一家に一人欲しいくらいですよ~。割とまじで」


 最後だけ声のトーンがまじだった。こえぇな、おい。


「料理はできないけどな。俺が作った料理は全て、“食べられなくもないけど、うまくはない”という驚異の微妙料理になるからな」

「いえ~、女の子的にはそっちの方が……いえなんでもないです」

「んぁ? ……せめて料理長さんから教わることができればなぁ」

「あの人は私でも滅多に姿を見ないぐらいの恥ずかしがり屋さんですからねぇ」

「俺なんか一回しか見たことないぞ? 厨房の掃除中に一回だけ。それ以降は厨房は掃除しなくていい、って言われちゃったけど」


 もはや筋金入りっていうか鉄壁の恥ずかしがり屋さんである。

 玲花が生まれた時から仕えてるらしいんだけど、それでも滅多に見ないとかどんだけだ。


 外見も、このご時世に白いローブ&フードという怪しすぎる格好で、しかも目元は長すぎる前髪で見えないという徹底ぶり。

 あれでどうやって料理してんだろうな。美味しいけど。俺なんかとと比べたら真面目に月とすっぽんレベルで美味しいんだけど。


「料理長……ヘルガとは直接関わらないのが吉で御座いますよ、九乃様」


 玲花が座っているソファーの後ろにいる俺……の更に後ろからメイドさん登場。


「へぇ、料理長ってヘルガさんって言うんだ」

「はい」

「ということは、外国の人だったんだな。あの人日本料理もおいしいから、なんか意外だ。……にしても、関わらない方がいいとは物騒だな」

「詳細を話すことは出来かねるのですが、そのように記憶して頂ければと」

「ふぅん……まぁ、今まででも接触は無かったようなもんだから良いんだけどさ」


 別に、ヘルガさん自身に興味がある訳では特にないんだし。

 それに、あの人程の料理人に俺が教わろうなんて、考えて見ればおこがましいことだしな。


「九乃さんとメイドさんの間に驚きは存在しないのですか……」

「何の話だよ」

わたくしと九乃様の間柄にそのようなものは不要で御座います」

「いや、いいですけども……」


 メイドさんは可愛らしく小首を傾げ、きっぱりと言い切る。

 うん、メイドさんは今日も素晴らしくメイドさんだな。この小首を傾げる感じが、誰かと被る気がするんだが……あー、まぁいっか。


 メイドさんの容姿だが、昨今のメイドブームのようなフリフリミニスカート的メイド服ではなく、貞淑さを強調した、肌面積の少ない紺と白で統一された、清楚なメイド服を着ている。

 バレッタで留められた黒髪は、艶やか、という表現がぴったりだ。

 顔つきは切れ長の瞳をいつも柔和に細めていて、まさにメイド美人。いや、メイド美人ってなんだって感じだけども。


 年齢は多分、俺よりも年上……だと思う。

 初対面で、「私共に対して敬語厳禁で御座います」と言われてしまったので、普通に話してはいるが。


「あふぅ……あ、九乃さん、右の方もうちょい右でお願いしますー」

「はいよ」


 そういや、かなり無意識に玲花の肩を揉み続けてたな。

 要望通り、右肩の方を揉む手をずらして、揉みほぐす。意外に肩こってんのなぁ、こいつ。なんでだろうか? 毎日活発に動いてるのにな。


「あぁ、気持ちいいです~」

「そりゃ良かったなー」


 さっきもしたようなやり取りを繰り返す。まぁ、何度となく繰り返しているんだが。


「そういえばメイドさん、今日はどんな用事なんだ?」


 今日は玲花の肩を揉みに来ただけだから、特に俺が何かをされる、するということはないはずだ。そうすると、玲花関連のことか?


「いえ、特に用事は御座いませんが。九乃様がいらっしゃっているようでしたので、挨拶を、と思いまして」

「それはわざわざ、悪いね、なんか」

「いえ、九乃様にはいつもお嬢様共々お世話になっておりますから」

「いやいや、むしろお世話になってるのは俺の方だよ。玲花にはいつも、」

「あぁああ~」


 俺は絶賛くつろぎ中の玲花を一瞥し、そのどこかおっさんみたいな声を聞いて


「……いつも、お世話に、なってるよ?」

「当主様に代わりまして、御礼申し上げます」


 深々とお辞儀されてしまった。

 あれぇ? おかしいな。なんとなくメイドさんの心労が増えた気がする。


「メイドさん……俺、いつでも御手伝いしますからね?」


 思わず敬語になってしまう。


「有り難く頼らせて頂きますね、九乃様。それと、敬語は厳禁で御座いますよ?」

「あぁうん、悪い。なんかつい、ね」

「いえ、謝って頂く事では断じてないのですが……」

「ん。そういえばさ、雑務担当のメイドさんと園芸担当のメイドさんは?」


 今俺の前にいるのは、掃除担当のメイドさんだ。メイドさんは三つ子で、この屋敷には他に二人のメイドさん達がいる。

 ちなみに俺が一番親しいのがこの掃除担当のメイドさんである。そしてそのことから、三姉妹の中で一番じゃんけんが強いのもきっと彼女だ。だからなんだという話だけど。


「と、言いますと? 私のみがこの場にいることはおかしいでしょうか?」

「んー、おかしいっていうかさ。メイドさんは俺に挨拶に来たんだろう? ということはメイドさんは自分の仕事がひと段落してるんだよな? だったら他の二人を手伝うなりするハズだろ?」


 メイドさん達はそれぞれの得意分野で役割分担をしているが、それは別に他のことができないという意味ではなかったはずだ。だとすれば、手の空いたメイドさんは“基本的に”他のメイドさんの手伝いをするはずなんだ。

 ちなみに“基本的に”と強調したのは、イレギュラーである俺の存在のせい。俺が手伝って空いた時間だけは、他のメイドさんを手伝わずに、完全な休憩時間となる、と聞いたんだ。


「しかしメイドさんは、特に仕事という風もなく、ここにいる。このことから察するに、この屋敷のメイドさん達の仕事は、全てひと段落しているんじゃないか? そしてもしそうだとすれば、メイドさん一人ではなく、他のメイドさんも一緒に挨拶に来るんじゃないかな、と思っただけだよ」


 確かに俺は掃除担当のメイドさんと親しいが、一人だけ丁寧にも挨拶にくるほど好感度を上げた覚えはないからな。


「……成程。素晴らしい推理力で御座いますね。感服致しました」

「当たってるのか。じゃあ、他のメイドさんは何処へ?」

「いえ、私共の仕事がひと段落した時に九乃様がいらっしゃったので、ちょっとしたお茶目な悪戯を仕掛けさせて頂こうと思ったのですが……残念、九乃様のことを過小評価していたようです。申し訳ございません」


 そう言うとメイドさんは、部屋の外へ声をかける。

 すると音もなくドアを開けて、中に入ってくる二人のメイドさん。

 掃除メイドさんと、何から何まで一緒で、三人並ぶと壮観だな……


「私が一旦出て行った後、」

「私が何食わぬ顔で戻り、そしてまた理由をつけまして出ていき、」

「最後に私がなり変わって部屋に入る」

「そしてそれに気付かない九乃様をにやにやしながら見守るという完璧な作戦だったのですが、根本から崩されてしまいましたね」


 ちなみに喋ったのは、掃除メイドさん→雑務メイドさん→園芸メイドさん→掃除メイドさんだ。

 ていうか、おい。


「なんだにやにやて……地味に悪質な悪戯企画すんなや」

「「「てへぺろ」」」

「こんなに心がこもっていない上に壮観なてへぺろ初めて見たわっ」


 何その無駄過ぎるシンクロ率!?


「ていうか、俺は普通にメイドさんぐらい見分けられるんだが?」

「「「え……それは、本当で御座いますか?」」」

「うん、本当。あれ? 言って無かったけ」


 てか、会話の流れ的に察してると思ったんだけど?

 普通に掃除メイドさん特定したりしてたじゃん。


「「「はい、初耳で御座います。ということは、私共が仕掛けてきた日常の些細な入れ替わりネタは、全てスル―されていたということで御座いますか?」」」

「あぁ、偶にメイドさんが入れ替わってると思ったら、そういうことだったんだ。後、メイドさん凄いね。どんだけ長台詞ハモってるのさ……」

「「「三つ子ですので」」」


 成程。三つ子なら仕方ないな。

 というかこの姉妹、わかってて楽しんでるっぽいか。声の調子が若干巫山戯てら。


「うぁ~、んー。ちょっと寝てましたね……ってうおっ!? メイドさんが三人!?」

「落ち着け玲花。メイドさんは元から三人だ」

「あ、そうでしたね。しかし三人そろってる所を見るのはレアなのです」

「「「お早うございます、お嬢様。先ほどはお楽しみでしたね」」」

「おおっ! 凄い、ハモってます! ……って、お楽しみってなんですかっ!?」


 ソファーの背もたれから真っ赤な顔を半分だけだして、ぅううう、とメイドさん達を威嚇する玲花。


「お楽しみて……楽しかったか、玲花?」

「ぅううう……ん……? なんか、私達と九乃さんの間でちょっとした齟齬が生まれてる気がしますね。いや、別にそれはそれでいいのですが」

「齟齬……? いや、別にいいんならいいけど」

「「「そうで御座いますね。放置でよろしいかと」」」

「そか」

「それより九乃さん。九乃さんってメイドさん達を見分けられます? ちなみに私はできますよ! なんと確率1/3でピッタンコですぜっ」

「其れを見分けてるとはいわねぇよ。ちなみに俺は確率1/1で見分けられるぞ」


 というか、普通は見分けられないもんなのかね?

 割と分かるんだがなぁ。


「なぬっ。流石九乃さん……」

「「「そうですね……では、九乃様が本当に見分けているのか、試してみましょう」」」

「わー、おもしろそうです~」

「いいだろう、受けて立とうじゃないか」


 俺もメイドさんも、ノリノリである。


「……その前に、私共の名前をお教え致しますね」


 お、遂にメイドさんの個人名か。地味に興味あったんだよなぁ。


近衛このえ 理恵りえで御座います」

「近衛 理莉りりで御座います」

「近衛 理呼りこで御座います」


 上から、掃除メイドさん、雑務メイドさん、園芸メイドさんだ。


「「「では、名前をお教えした所で、試練の内容ですが」」」

「流石に試練言うほどのことじゃないと思うが」

「「「ルールは簡単で御座います。私共は一旦部屋の外へと退出し、その後戻って来ます」

「ふむふむ」

「「「戻って来た私共の名前を、左から順番に三回連続で当てることができれば試練達成、私共からのご褒美が待っていますよ?」」」

「いや、ご褒美は却下で」

「「「つれないですね……では、失礼致します」」」


 メイドさんが部屋から出ていく。

 最初から見分けられるのに試練も何もない気がするんだけどなぁ。

 まぁ、なんとなくイベント的でおもしろいから良いけど。メイドさんとこういう絡みをするのは新鮮だし。


「頑張ってくださいね、九乃さんっ」

「これ、どっか頑張る要素あるっけ」

「くっ。気分に水差さないでくださいよぅ」


「「「はい、では九乃さん。左から順にどうぞ」」」

「うわおっ!? びっくりしましたよっ」

「理恵さん、理呼さん、理莉さん」

「「「……正解で御座います」」」

「全く動じないですね九乃さんっ!?」


 メイドさん、退出。


「「「さぁ、どうぞ」」」

「およっ!? 今出ていきましたよね!? あれ? あれ?」

「理莉さん、理呼さん、理恵さん」

「「「……正解で御座います」」」


 メイドさん、退出……しない。


「「「さぁっ」」」

「理呼さん、理恵さん、理莉さん」

「いや九乃さん。メイドさん動いて無いですよ? さっきと同じなんじゃ、」

「「「…正解で御座います」」」

「なんでですかっ!?」


 えええぇー!!


 と玲花が騒いでいるが、何だというんだろうか?


「「「流石で御座いますね……ここまで完璧に見分けられたのは九乃様が初めてで御座います」」」

「そんな凄いのか?」

「「「はい、それはもう。“識別の眼”持ちかと思うほどで御座います」

「“識別の眼”?」

「一種の超能力のようなものと捉えて頂ければよろしいかと」

「へぇ?」


 意味わからんな。

 わからんが、メイドさんが言ってることだし、そういうもんなんだろう。


「おお! 九乃さん超能力者ですかっ」

「そんなけったいなものになった覚えはないがな」

「「「……ふむ……九乃様の素性は私共もとても興味があるのですが……そろそろ時間のようですね」」」

「素性て。そんな大層なこと言われる覚えはないんだが。てか、時間?」

「「「はい、仕事に戻らなくてはいけませんので」」」

「あぁ、成程な」

「「「では、失礼致します」」」

「ん。無理しない程度に頑張ってください」

「いつも迷惑かけますね。有難うございます」


 おお。

 玲花が珍しく淑やかに、華麗な所作でメイドさん達に頭を下げる。

 レアだ。超レアだ……まるでお嬢様みたいじゃないかっ。


「「「九乃様、敬語。そしてお嬢様、身に余るお言葉、恐悦至極でございます。では」」」


 そう言って音もなく部屋から出ていくメイドさん達。

 最後まで、素晴らしいハモり具合だったな。世界ハモり選手権で優勝できそうだ。


 っと。

 俺は今までずっと立ちっぱなしだったことを急に思い出し、玲花の対面のソファーに座る。

 玲花が隣をバンバン叩いているが、無視だ無視。

 そのソファーは一人用だっての。狭いわ。


「なぁ、玲花ー。メイドさんの本名って、知ってた?」

「いえ~。ぶっちゃけますと、私も今日初めて知りましたね」

「へぇ。玲花もか……謎の多いメイドさんだね」

「なんか九乃さん、嬉しそうですね」

「ん? そうか?」


 思いっきりふくれっ面な玲花。

 まぁ。確かに神秘メイドさんの本名をやっと知れたからな。

 ちょっと浮ついてるかもしれない。


「くっ……敵は身内にありですかっ……」

「ん? 敵?」

「いえ、なんでもないですよー」


 玲花は、あははー、と乾いた笑みを浮かべる。敵ってなんだろうかね?



 ―――



 家に帰って来て、温かい紅茶を淹れて飲む。もち、インスタントです。

 そして二階に上がり、『IWO』にログイン。


 一階に顔を出して、エリザと少し話して自分の部屋に戻ってくる。メイドさんの事を軽く話したらやけにびっくりしていたが、なんだったんだろうかね?


 まずすることは、【長剣】と【アーツ威力強化】の削除だ。

 『腕』がしっかり使えるとわかった今、この二つは無用のスキルだからな。そして早速スキル原石を使って【投擲】を取得。


 後一つ枠が空いている訳なんだが……どうしよっかなぁ。

 スキル原石で、取得可能なスキルを見てみるが……【異形の偽腕】取得で、俺の中で要求が高くなった感があるから、前々から考えていた【付加魔法】を素直に選べない。


 これ以外の火力アップのスキルは今のところ二つだが、数値がどちらもStr+10%。【付加魔法】も+10%なんだよなぁ。微妙だ。せめて20%だったら……上位変化させるしかないのか? 

 とりあえず【付加魔法】だったら確実に上位変化はあるようだが(wiki情報)。確か上位変化すると+20%だったかな。

 いやでも他にいいスキルが出てきそうな気もするし……あー、とりあえず、保留にしとこう。


 決めきれずに、ウインドウを閉じる。なまじ切羽詰ってないだけなぁ。


 時間が中途半端だったので、その後はフィールドには出ずに部屋の中でひたすら『腕』の訓練をする。

 そうだな、今日は一本、増やしちゃおうかな。三本『腕』……

 いや、外見の美しさを考えて、一本といわずシンメトリーに二本増やして四本『腕』……ふふふ。



 そして、そのまま没頭して翌日軽い頭痛に襲われる俺だったとさ。





玲花回

マッサージしてもらってますもんね! 

メイドさんにくわれたとか言わない


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