第三十九話 荒野でのお話①
門を抜けて荒野のフィールドを少し歩くと、20mくらい先に見えていたモンスターがこちらに視線をよこし、戦闘状態となる。
敵は茶色い荒れた毛並みの狼(大型犬サイズ)、ロゥガルが二匹と、鱗が岩のようになっている蛇(体長1.5mぐらい)の、ガイネークが二匹だ。
両方ともレベルは34。俺が35だから、ギリ格下か。
ちなみに他のメンバーにとっても、とりわけカリンにとっては格下も格下です。なんたって今のレベルは、
カリン:44
フレイ:38
エリザ:37
ノエル:37
リッカ:38
と、全員が+3レベル以上の訳だしなぁ。一応、エリザとノエルにはこのフィールドはギリギリ適正では有るんだけどさ。レベル37なんて奥の方に行かないとでないんですよこれが。
カリンは元々高かったのに、蛾を退治したらまた一つレベル上がったとか言ってたし。
まぁ、数レベルなら、格下も格上も俺にとっては同じことだけど。
じゃあまず、どのくらい強いのかを確かめますかね。
皆の方を向いて、手を合わせながら頼む。
「皆、ちょっと手出し無用で頼めないか?」
「? 一人でやるのかい?」
「駄目もとで腕試しだよ。あ、でも【不屈の執念】……心臓辺りがなんかガラスっぽく弾けたら援護して欲しいんだけど……」
「弾けるて……スキルですか? なんか不吉なエフェクトですねぇ」
「まぁ、妥当なエフェクトだと思うが……どうだろう。大丈夫かな、ギルドマスター? 多分俺一人じゃ無理だろうけど、一回……いや、二回は一人で戦ってみたい」
「あ、ああ。了解したよ。クノ君の実力を見れるのなら、むしろ願ったりかなったりと言ったところかな? ……クノ君は割と謎過ぎるから」
「有難うな。じゃ、行ってくる」
よし。カリンの了承も得られた所で、俺は狼二匹と蛇二匹に向き直る。
「【覚悟の一撃】【狂蝕の烈攻】【捨て身】」
HP1で準備も万端。身体から赤と黒が立ち昇り、後ろではカリン達が小さく驚いたのがわかる。そういや、これもあんまり見せたことなかったか。
あちらも既に臨戦態勢で、今にも飛びかかってきそうだ。
たしか狼の方はスピードタイプで、蛇の方は物理攻撃が効きにくいんだったよな。
狼との距離は10mを切り、蛇との距離は……あんま縮まってないな。鈍足モンスターか。
さて、どうなるか。
まずは普通に、『偽腕』を発現させずに戦ってみる。
俺は右手に「黒蓮」、左手に「長剣」を持ち、軽く体を開いて構える。
ちょいと剣が長いが、二刀流の完成だ。
ガウッ
狼が左右から走ってくる……速いな、やっぱ。
とびかかって来た狼Aに、タイミングを合わせて右手の剣を振る。【危機察知】による軌道予知に沿って、外側から内側にだ。
……地味にこのタイミングを計るというのが難しいことなんだよなぁ。
想像しづらいようなら、野球選手のボールをバットで打ち返す感じのイメージを持ってくれればいい。
いや、バッティングセンターの方が近いか? いくら軌道が分かってるとはいえ、速いもんは速い。しかも、真正面からくるんだぜ?
的がでかい分と不規則な動きをする分で、難易度はトントンになるハズだ。
まぁそこは、結構なんとかなってる訳だが。
こういうことは、元来得意だしな。タイミングの見極めとか、こういうところで爺さんの仕込みとかが生きてくる。
ヒュッ!
身をよじって避けようとした狼Aは、しかし剣速に対応できず、頭を右から左にバッサリ。
狼Aより早く走りだし、俺の手前で弧を描いて回り込んで高速で後方からくる狼Bには、右手の剣を振った反動も利用して、無理やり上半身のみ反回転し、左手の剣を迫らせる。
足捌きは……間に合わない。
「く、ぁ」
俺がかろうじて狼のHPを消し飛ばしたのと、狼が俺に突っ込んだのはほぼ同時だった。
……やっぱ、遅れるんだよなぁ……
軽くツイスト状態の俺が狼を避けられる訳も無く。
ドンッ――パリィン
「と、とっ」
【不屈の執念】が発動してしまう。弾けるエフェクト。
勢いに押されて、光の粒子とともに吹き飛ぶ俺。
そしてその直後。
放置していた前方の蛇二匹に向かって放たれる、無数の矢と爆炎と氷の槍。それらは二匹ともを巻き込んで、蛇達に大きなダメージを与える。
更にそこでフレイがスキルを使ったのか、眼にも止まらぬような速さで滑るように走り込み、淡い光を纏う左右の剣で三回ずつ、蛇を切り刻んだ。それが駄目押しとなり、蛇は光となって消えていく。
ガイネークは、移動速度がトロイせいで実質なんもせずに死んでいってしまった。憐れだ。
遠距離系のプレイヤーにはまさにカモだな。実際最初の魔法でHPは八割方削ってたし。
鈍足な上に魔法防御低いとか……どんまいすぎる。
戦闘終了。
やはり、というべきか、『偽腕』を使わない状態ではまともに戦闘をすることは難しいようだ。
レベル一桁台と違って、敵が速すぎる。
まぁ、パーティーを組んで一体ずつ相手にできるのであれば、それでもいいのかもしれないけど。
でもなぁ。そうなると逆に手持無沙汰になる気がするんだよなぁ。向かってくるモンスターは一撃で終わらせちゃうから。かといって他のメンバーが攻撃してるところに入っていくのも躊躇われるし。それなら初めから俺一人でやれば良い話だ。
ギルドの仲間を、モンスターを一匹ずつ仕留めるためだけに利用するってのも嫌な話だし。
パーティーを組まなければモンスターを狩ることは難しい。しかしパーティーを組むと今度は他人の楽しみを奪ってしまいかねない。極振りってのは、そういうものなんだ。
ゲームは楽しむためにあるからな。だから俺は、極振りでもソロでモンスターを狩れるように頑張ってる訳だ。
今回の戦闘……やっぱ素早い敵への対応の遅さがネックだ。知覚はできてるんだけども……
どうしても二方向から来られると、対応がお粗末になってしまう。
今の戦闘でも、仮に俺にAgiがあれば、狼Aを斬った後即座に体勢を立て直して、後ろの狼Bにきちんと対処できていただろう。
やはり両手に剣を持っても、根本的に軸回転とかの動作が遅いからなぁ。それで攻撃が甘くなって、今回みたいなことになる訳だ。
が、しかし。
そんな状況を打破するため、ここで【異形の偽腕】が登場する。
身体を反応させるのが難しいなら、最初からそれに対応できるように、後ろや横の攻撃にもノータイムで剣を振れるように『偽腕』を増やせばいいんだ。
『偽腕』は空間固定のため、位置取りが重要となるが、そんなことは瑣末なことだ。全方位360度回転もする訳だし。
ちなみにこの回転、地味にかなりのスピードで回せる。
『偽腕』が移動できるなら、剣を持たせて半自動で高速回転させ続けて即席回転カッタ―ができるかもな。固定されてるから、さほど利用価値がなさそうなのが悲しい……わざわざ突っ込んできてくれる敵もいないだろうしなぁ。
まぁ、いっか。そんなことは一旦置いといて。
今は、先ほどからうるさいフレイに対応するのが先だなー。
「ちょっとクノさーん! 普通に危なかったじゃないですかっ。なんであの程度避けられないんでs……ああ、Agi0のせいですね」
「自己完結してくれたようでなによりだよ」
「うんうん……ってそうじゃないのですよっ。あんだけ自信満々だったんですから、もっとこう華麗に敵を殲滅してくださいよ!」
「お前は俺をヒーローかなにかと勘違いしてないか? 言ったろ、【不屈の執念】が発動したら援護頼むって。別に自信満々でもないし」
「いや、言いましたけど……なんかこう、違うじゃないですかぁ。クノさんはもっとこう……ね?」
フレイは何故かふくれっ面でだだをこねている。しかも結構しつこい。
なにが不満なんだよ……俺は駄目もと、あくまで戦力確認的な意味で戦闘に臨んだのに。流石に、『偽腕』なしで最初から一人で全部片付けようとは、思って無いよ。
だから「一人じゃ無理だろうけど」って予防線張っといたのに……
「ほら、ガイスネークなんか結局私達が倒したじゃないですかぁ~。もう、もうちょいしっかりしてくださいよ。クノさんなんですから」
「いや、んなこと言われてもなぁ……」
お前はホント、何に期待しているんだ。
ちらっ、とカリンやエリザの方を見る。
“諦めろ”そんな声が聞こえてくるようだった。なんだろう、フレイは思い込み?が激しいことがあるからなぁ……こうなったら。
「はぁ。よしわかった。そこまでいうなら、もう一回チャンスをくれよ」
「……ぶー。さっきと何か変わるんですか?」
「ちょいと本気でやってみる」
「さっきのは本気じゃなかったと?」
「そうとも言うな」
「むぅ、わかりました……今度こそちゃんと倒してくださいよ?」
フレイの声は、何故か、割と真剣に頼んでる感じだった。ホント、なんだってんだろうね。
俺はどんだけフレイのなかで強いイメージなんだろう。
まぁ、ここまで言われて引き下がるのは男じゃないし、ここはびしっと『偽腕』を使いこなしてフレイを黙らせてやろうじゃないか。
まぁ、投擲ができて剣を振るのができないなんてことはまずないだろうしな。
『偽腕』なら体勢によって剣撃が不安定になることもないし。
なんせ、俺の身体からは独立してるからな。肩関節の概念もないから、
そしてその思考操作も、じゃんけん訓練法で慣れはばっちりだ。ナイフ投げのような割と複雑な事もできるくらいにはな。
ふん、むしろ負ける要素が見つからんな! ……あれ? フラグか?
まぁいい。フラグはへし折るものだ。
パーティー戦と見せかけ~のソロ。