第三十四話 vs巨大蛾のお話①
第二のボス「ソルビアルモス」
それは、全長10m程の巨大な蛾だった。全体的に黄色っぽい毛でおおわれていて、腹の部分は毒々しい紫とまだらな緑模様という気持ち悪さだ。
俺達がボスフィールドに入ると、ソルビアルモスは中央の一際大きな花に止まっていたその身を、そいつには似合わない澄んだ青空へと羽ばたかせる。
フィールドの半径は100mほどとかなり広めだが、その端にいた俺達にまでゴォ、と激しい風圧が届く。
……うん。こりゃあ確かに、一人じゃ無理かも。
前の熊と、明らかに威圧感とかが違う。や、単に飛んでるからかもだけど。
飛ばれるとなー。攻撃の勝手が違ってくるから、苦手意識が芽生えるんだよ。
「じゃあ、さくさくいくよっ!」
おー!
と、全く怖気づいていない頼もしすぎるカリンの号令によってパーティーが二つに分かれる。
カリン、フレイが前衛。
エリザ、ノエル、リッカが後衛だ。手慣れてるなぁ。
俺の役割は一応前衛だが、フレイやカリンのように直接斬り込みに行きはしない。
ボスの攻撃が当たらないであろうギリギリ……30mくらいか……で足を止める。
ん? これじゃどっちかというと後衛か?
あー。まぁ、いいや。じゃ中衛ってことにしよう。
とにかく、俺はこのパーティーで、自分にできることをするだけだ。
そんなことを考えながら、俺は背中に「黒蓮・壱式改」の重みを感じ、
「【捨て身】」
お馴染みのスキルを口にして。
「【異形の偽腕】」
昨日猛特訓したスキルで、二本の『偽腕』を発現させる。
俺の両脇に現れる、光を吸い込む黒々とした偽腕。
そうして増えた計四本の腕によって、実体化させた四本の
ビュン!
俺の馬鹿高いStrで投げられたナイフは高速で大蛾に迫り、根元まで深々と刺さる。
……二本だけ。
『偽腕』でイメージして投げた二本は、真っすぐ飛ばずに途中で落ちてしまった。
もうちょい正確にイメージしなきゃかなー。
でもまぁ、最初はこんなもんか。
的はでかいし、ここはいっちょ『偽腕』によるナイフ投げの練習とさせて頂きましょうかね。
俺達の、対巨大蛾用作戦。
ギルドを出る前に考えたものだが、それは、いたってシンプルなものだった。
つまり、フレイとカリンがモンスターを押さえ、その後ろでエリザ達がひたすら遠距離攻撃+妨害をするといういつもの「花鳥風月」の戦闘に、俺を加えるだけ。
まぁ、そうころころ戦闘の基本が変わる訳もないよな。俺のプラスワン扱いも納得だ。
で、その際で問題になったのは、俺の役割なんだが。
俺は防御力が屑すぎるせいで、カリンは前に出したくない、と言ったのだ。
いや、実際に屑と言われたわけではないけれども。
まぁでも、言いたいこともわかるけどね。なるべく俺が死なないようにっていう配慮だろう。素直に感謝するべきだな。
じゃあ、俺はどうする? ということになって、俺はカリンにこう言った。
「俺は俺でナイフでも投げてるよ」って。
前にも言ったが、俺はスキル無しでもある程度の距離ならナイフ投げで戦える。普通の人にとっては、それだけでも割と反則級かもしれんな。
射程距離は大体50m弱ってところか。確実性を期すために、30mで投げているが。
威力もStr極振りだけあって、申し分ない。命中性だってスキル無しでもそこそこはいく。こうなればもう、投げるしかないよな?
で、そんなことを言ったらカリンが即採用して、エリザに投擲用アイテムを用意させて、今に至っている。
カリンの指示に二つ返事で工房に入っていき、すぐに「投げナイフ」×99をもってくるエリザはホント万能だと思う。
しかも使い捨て(実体化から30秒ほどで消える)の癖に色はやっぱり黒で、良く見ると刃に装飾が施してあるという凝りっぷり。
なんちゅう努力だよ。こういうアイテムは、一つ元となるものを作れば量産できるんだろうか? そうだと信じたい。
まぁ、そんな訳なので。
どんどんいくぞー?
俺は左手でメニューを操作してナイフを実体化させ、四本の腕で掴んで投げつけていく。
この時に素早くメニューを操作することが必須。ナイフを実体化させる座標を四つ同時に指定しなくてはいけないので、意外と疲れる……と思いきやそうでもない。
『偽腕』の操作で脳がこういうのに慣れたのかね?
ビュン!
おし、今度は三本刺さった。
一本は投げ方が悪かったんだろう、ボスにあたったのは柄の部分だった。
おしおし、投擲は慣れてるからイメージしやすいってのもあるんだろう、かなり様になってきたな。
俺の投擲によるダメージは、直接攻撃したときに比べると遥かに劣るが、蛾のHPは一撃で5%程は減っている。
ボスのHPバーは三本あり(ブラウグリズラーは一本だったが、やはり一番最初のボスだからだろう)、そのうちの最初の一本の5%だが、それでもこれは【投擲】スキル持ちの投擲と遜色ないどころか、かなり上回ってるレベルのダメージ量だと思う。
というか、さっきから見てる限りカリン達の素の一撃と一本一本のダメージ量が変わらんぞ……これ、もしかすると投擲ソロでもいけたんじゃね? ってレベルだ。
極振りなめんなよ? あと、やっぱここでも〝非情の断頭者〟がかなり効いてるよう。1.5倍ですからね。
ビュン!
よしっ、こんなもんかね。
失敗点を即座に洗い出して、最適なイメージで投げた結果、四本のナイフがソルビアルモスに深々と突き刺さった。
が、……あら?
ダメージは二本分のものっぽいんだが……それは仕様かね?
うーん、やっぱゲームだから【投擲】スキルとか持ってないとダメージが不安定になるとかの補正があるのだろうか。
凄い勢いで飛んで行って、ざっくり刺さってるのに。
やっぱ【投擲】の取得は必要不可欠っぽいかなぁ。
だがまぁいい。投擲がちょいと不安定だろうが、そのくらいで俺はめげないよ。
それでも充分なダメージを与えられているしな。
俺は今回、俺の戦闘の要とも言える【狂蝕の烈攻】と【覚悟の一撃】を発動していない。それでもこのダメージ量だぜ? 割と真面目に自分が怖いわ。
まぁ、発動しないのはこのメンバーがいるならHP1のリスクを冒すまでもないだろ、ということなんだが。
HPさえあれば、範囲攻撃の風はともかく、毒霧はなんとかなるからな。
【不屈の精神】も発動してないし、結構余裕か?
俺の後方からは、大きな火球がミサイルのように尾を引いて飛んできては爆発を起こし。
光球が複数、ランダムな軌道をえがきながらもボスの複眼に殺到して視界(視覚情報で敵の位置を補足してんのかどうか疑問なとこだけど)を眩ませ。
分裂する無数の矢が降り注いで来ていた。
そしてその攻撃は、全く途切れることなく続いている。
お互いがお互いの攻撃のペースを読んで攻撃をしているようだ。連携の練度高ぇな、おい。
流石は、数々のVRゲームを共にプレイしてきたと言っていただけのことはある。
そこに入りこむ隙は既に無さそうなので、俺は俺で、自分のペースでやらせて貰うけど。
てか、うちのギルドがメンバーを増やさない理由はこの辺りにあると見た。
これ下手な奴いれたら、連携が完璧崩れるだろうし。そういう意味では、俺はギルドに入っても基本ソロだから良かったかもしれんな。
前衛も前衛で、かなり凄い。
フレイは素早い動きで
カリンは急所(首の付け根)を狙った鋭い剣閃と、派手なエフェクトの氷の魔法で、これまたボスの動きを止めている。……おお、蛾の頭上に水色の魔法陣が展開して、氷の雨が降ってる……かっけー。
対するボス、ソルビアルモスは、背中から何やら毛の生えた触手をだして応戦、その数の多さから流石のフレイやカリンもダメージを負ってはいる。
だがしかし、どうやらそれが精一杯のようで、さっきから同じ場所でホバリングしたまま、wikiに書いてあったような大技を使う気配すらない。
一定以上ダメージを喰らうと、すぐさまノエルの光球(ぼんやりした優しい光を放っている)が近くまでふわふわ飛んでいき、弾けてフレイやカリンのHPを回復させてるしなぁ。
地味にあの光球、凄いと思う。
ふふふ。我が軍は圧倒的だな!
……って、ああ。そっか。
このボスの羽ばたき攻撃と毒霧攻撃は、俺には回避不可能だからな。
だったらいっそボスに大技を使わせまいとしてくれてるのか。
仲間ってのは、有り難いもんだな。俺一人じゃこんなスムーズにいかないだろう。
「ああっ!」
「ちっ!」
って、ちょっと余裕こきながらナイフを投げ続けていたら、ソルビアルモスが身体をよじらせながら空高くへと舞い上がった。
残りHPは、一本目と二本目のバーは黒く染まり、三本目に入ったところか。減りがボスとは思えないレベルで早いな。
フレイは危険を察知してソルビアルモスから飛び降り、カリンは美しいバックステップでこちらに下がってきた。
「気を付けて! 風の刃だ!」
「クノさん、頑張って耐えてくださいっ」
げっ。
風の刃っていうと、あの回避不能の強風を巻き起こすっていう……やばくね?
まぁ、このHPで耐えきれることを信じて、とりあえずは本命の攻撃の方であるカマイタチを防がないとなんだがね。
割とどうでもいいですが、最初の羽ばたきでの風圧は、演出の一環。
それ以後はゆったりと羽ばたいていて、何故か無風状態です。