第三十二話 VR酔いのお話
うん。こんなもんか……あぁ“疲れた。頭痛い……
一応、四本同時でのグーチョキパーも慣れ始めて、動きがスムーズになってきた。ミスする確率もかなり減った。
『偽腕』二本に比べてやたらに手間がかかって、気が付いたらなんと時刻がもう23:00を過ぎていた。
何時間やってたよ? 俺の集中力も捨てたもんじゃないなぁ。
「終了終了。今日はもう無理です」
本格的に頭が痛くなってきたので、『偽腕』を解除してメニューを開く。
今日の晩飯は適当に固形栄養食だな。
『偽腕』について今日分かったことは、結構多い。
忘れないうちに、メモっとこ。
・発動時に発現する本数と、座標を
・発動終了は、『解除』と念じる。
・MP消費は一本で約二割(現時点)、要検証?
・黒い靄を起点としていて、そこから動くことはできない。また、靄自体も移動は不可。
・靄から離れなければ、人間で言う肩関節を無視して、縦横無尽にぐるぐると回すことができる。
・使用者と感覚がリンクしていて、ステータスも同等のよう。
・操作は、
と、こんなところか。これはやはり、実戦でも使えるな。
ただ、やはり『空間固定』という性質が厄介か。後は、出現範囲が地味に狭いところとか。
遠距離でがっ、てできると嬉しかったんだがな~。
でもまぁ、MVPまで貰ったんだ、頑張んないとね。
うし、じゃあそういうことで、ログアウトー。
―――
「あ、九乃さん。おはようございますー」
「おは」
教室に入るなり元気よく挨拶してきた玲花に手を挙げて応える。
あー、なんだろう。まだ頭がしゃきっとしないな。
脳に負荷をかけすぎたか? でもアレ結構楽しいんだよな。一つの事に集中する感じは、俺は凄く好きだ。それが良い未来に繋がるならなおさら。
あ、そういえば。昨日言おうと思って忘れてたけど、エリザに追加で剣作ってもらわなきゃな。エリザにはいつもお世話になってんなー。後でなんかお礼でも考えとかないとか。
「九乃さーん。聞いてます~?」
「ん? あー、玲花。悪い、聞いてなかった。なんだ?」
「もー。本格的に体調悪めですか? 保健室行きます?」
「いや、そこまでじゃない。多分まだ脳が適応しきれてないだけだろ。そのうち慣れる」
VRでやってたあのグーチョキパーの並列思考が、現実の強化されてない脳にまで影響を及ぼしている。
俗に“VR酔い”とか言われる現象だが、まぁ慣れればなんともなくなる。ってかこれがVR酔いかぁ。
俺は経験したことなかったからわかんなかったんだけど、こんな感じなのね。脳がだるい感じって言うの?
「ただのVR酔いだよ」
「VR酔いですか? こんな時期に……九乃さん昨日は何やってたんです? エリザさんに聞いても首かしげてましたし」
「ちょいと、新しいスキルを試してた。そしたらそれがなかなか曲者でさぁ」
「九乃さんがここまでVR酔いになるスキルって一体なんですか……私も始めて超高速で移動したときなんかはVR酔いになりかけましたが、寝たら余裕でなんともなくなったんですが」
「んー、玲花。自分に腕が四本あるとして、それを動かせって言われたらどうする?」
「腕が四本ですか? 生まれた時からそうだったのなら普通に動かせると思いますケド……急にそうなったのなら確実に頭ん中がパンクしちゃいますねぇ」
「だろ? 今の俺がその状態」
「腕が、四本? ……あー。イベントの報酬ですか? 九乃さん大概変なもの選びますよねぇ」
「うん、自覚はあるな」
でも仕方ないじゃないかー。
昨日の感じからすると、【異形の偽腕】は使いこなせればかなり便利そうだし。
これから俺の弱点をカバーするいいスキルになりそうだ。
まぁそれでも弱点がなくなるわけじゃないんだけど。でも弱点がない奴なんていないだろうし、俺の場合それがちょこっと突き抜けてるだけだ。
「でもスキル試すだけで、一日丸ごと部屋に引きこもってたんですか?」
玲花の呆れた顔。
そういや、結局昨日はちらっとエリザに顔みせたくらいで、その後は部屋からでてないな。いやー、熱中してたね、俺。そして今日もそうなるかも。
「まぁな」
「ホント大概ですねぇ。意外に研究者タイプというかなんというか。そんなことしてて、大丈夫なんですか? ってか早く第二のボス倒してくださいよ~」
「あ」
「忘れてましたね? 対抗戦の前はあんなにはりきってたのに」
「うん、悪い……」
そう言えば、俺が未だに第三の街に入れないせいで皆に迷惑かけてるってのをすっかり忘れていた。
やべぇ……
しっかしなぁ、第二のボス、ソルビアルモスは俺との相性が悪いんだよなぁ。
ソルビアルモスは、巨大な蛾のようなモンスターで、フィールドは花畑らしい。
厄介なのが、空中に浮いて攻撃してくるという点と、防御の難しい遠距離攻撃をしてくるという点だ。
空中に浮いていることへの対処法は、大半のプレイヤーは【ジャンプ】からの上位変化スキル【多段ジャンプ】というスキルを取っているため、飛びあがって攻撃して離脱、という戦法が一般的だそうだ。
【多段ジャンプ】。うん、便利そうではあるから多くのプレイヤーが取っているというのも頷けるんだが、残念ながら俺は持ってないんだよなぁ。
スキル枠はつい先日全て埋まってしまった所だし。
となると、俺がソルビアルモスに攻撃するタイミングは、攻撃のために地面に降りてきた時と、最初に飛びあがるまで、となるわけだ。ちなみにカリンによるwiki情報。
攻撃タイミングがシビアすぎるんだがなぁ。
あと、厄介なのが羽ばたきによる全方位への風の刃……に付随しておこる強風で、この風は範囲内のプレイヤーのHPを微弱に削るらしい。
普通なら無視するレベルらしいが、残念ながら俺の場合は死活問題だ。防御力0を舐めんな。
でもって強風の範囲はフィールド全域。回避不可能とか、酷過ぎる。
あとは、これまたフィールド全域を覆うという毒霧を使ってくるようだ。
これも完全に回避不可能の状態異常攻撃。いや、正確にいうと、風の属性魔法なんかで吹き散らすことはできるらしいけど、俺はそんなもの覚えてないし。
付属効果は状態異常発生、毒Ⅱ。ちなみに状態異常の段階はⅠ~Ⅴまである。
俺はMin0により、状態異常にかなりなりやすい。そして毒状態になったら俺は普通に死ねる。
毒Ⅱは毎秒HPを0.5%ずつ削る状態異常だ。持続時間は最大で30秒だったかな? 自分のMin値によって、状態異常の持続時間は変動する。
そして俺はその持続時間最大を喰らう訳だが、そうでなくても毎秒のダメージはえーと……約4かな。
俺の常のHPである1を超えてる訳ですね。一秒でお陀仏です。
そうなるとHP1にするのは控えなきゃか。火力がもの足りなくなるなぁ。
ってか俺、根本的に状態異常との相性悪すぎだな……Min0だから仕方ないんだけども、状態異常は【危機察知】でも予知できないから厄介なんだよなぁ……毒霧自体にダメージはないようだし。
んー、どうやって倒そうか。
とりあえず何回も死ぬ気で挑んで、対策を立ててみるしかないかなぁ。
でもそれだと時間がかかりそうだし……出来るだけ早く倒さないと、皆に迷惑が重なる。
むむむ。
「九乃さーん。なんか凄い考え込んでる所悪いんですが」
「ん、あぁすまん。なんだ?」
「今回のボスは流石に九乃さん一人では荷が重いと思うので、ギルド皆で倒しに行きますよ?」
……え?
皆で?
「その発想はなかった……」
「なんでですかっ。同じギルドなんだから、少しぐらい頼って下さいよっ」
「あー、そうだな、スマン」
皆で。皆でかー。
「わかればいいのですが。全く、九乃さんは一人で何でも抱えすぎですよ? そも九乃さんがパーティープレイをしないのは、それが不必要なことだと思ってるからですよね?」
「そうだな」
それに、必要不必要で考えなくても、俺みたいな極振りがいるとパーティーの和を乱してしまうだろうし。だったら最初からソロプレイを心がけた方がいい。そのために『腕』を手に入れたんだから。
「でも、今回のボス戦は、正直言って九乃さん一人だと時間かかりますよね?」
「まぁ、確かに時間はかかるかもしれないな」
攻撃タイミングと、回避不能攻撃をどうするかって問題がなぁ。
「時間がかかると、私達が困りますよね?」
「……まったくもってその通りです」
「だったら、今回はパーティ―を組んで下さい。一緒にボス討伐しましょう!」
「いやでもなぁ。迷惑じゃないか? お前らはもうソルビアルモスは倒してるんだろ?」
「迷惑じゃないですよ! 私達はギルドなのですから、ちょっとは頼ってくれても罰はあたりませんよ。それに、一緒にボスを倒す迷惑より、九乃さんのせいで最前線に拠点をおけない方が大きな迷惑です」
「ぐっ……それを言われると弱いな」
「さぁ、九乃さん、さぁさぁ」
玲花が畳みかけてくる。
じゃあ俺を置いて第三の街に拠点を移動させろよ……とは言えない。
流石に不謹慎すぎる。厚意を無下にする行為は駄目だろ。
そうなると……やっぱボスは皆で倒す方がいいよなぁ。いや、割と最初からそうするのがベストだとはわかっていたんだけどさぁ。
ぐむ。
しゃーなし、今回はパーティ―を組むとするか。
折角頼れって言ってくれてるんだし、たまには人と一緒に狩りをしてみるのもいいかな。
ボスなら流石に一撃で沈んだりはしないだろうから、皆で戦えるし。
ってか、逆に俺が足手まといになってしまいそうだ……それも嫌なんだが、そうならないように頑張らないと……
……よし、じゃあ今回は皆に頼ってみることにするかー。
あ“ー。
それにしても、脳がだるい……いろいろ考えたせいで、症状が悪化した気がする。
まぁ、どうせ放課後までには治ってるだろうけど。丈夫さが取り柄だし。
……それより、キラキラした眼でこっちを見てる玲花に、返事を返さないとだな。そんな眼で俺を見るなー。
実際にボス戦するのは、次週になりそう。
それにしてもこの小説、タイトルの割に戦闘少ないですかねぇ……